次に、総客室数を2017年から固定した場合の2020年、2030年の客室稼働率を試算した。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

ホテルの稼働率は2020年時点の大阪、2030年時点の東京、京都、大阪で100%を上回っており、現状の客室数では不足する状況にある(図表16)。仮に稼働率の上限を85%とすると、2020年時点で東京は2.2万室、大阪は1.4万室、京都は0.3万室、福岡は0.1万室の客室数が必要となり、2030年時点では北海道や千葉や沖縄でも追加で客室が必要になってくる(図表17)。過去の客室数の増加ペースを考えると、大阪や東京は明らかに客室不足に陥る可能性があるが、すでに大阪は2.0万室、東京は3.0万室のホテルが2020年までにオープンする計画が見込まれており、2030年時点で必要となる客室数に匹敵している。ただし、オープン計画を加味しても東京、大阪の稼働率(2020年)は80%前後と高水準を維持しており、急増する需要に見合った計画といえる。2030年にかけても需給が逼迫した状況が続きそうだ。一方で、京都は2017年の客室数2.7万室に対して、41%増に相当する1.1万室のホテルが2020年までにオープンする計画となっており、供給過剰となる恐れがある。計画を加味した稼働率は67.9%と7割を割り込む水準まで大幅に低下しており、競争環境の激化が見込まれる。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、奈良、島根は客室不足にはならないが、過去のペースを上回る客室数の増加が予定されており、ホテルオープン計画を加味すると稼働率が大幅に低下した(図表17)。ただし、奈良はホテル・旅館の客室数が全国最下位の47位、島根は42位と宿泊施設が少なく、魅力的なホテルを建設することで宿泊需要を取り込む狙いもある(14)。特に、奈良は近畿2府4県の中で訪日外国人の滞在時間が最も短く、奈良市を訪れた訪日外国人のうち奈良県に宿泊するのは7.9%に留まり、約7割は大阪府、約2割は京都府に宿泊している(なお、京都市を訪れた訪日外国人は約7割が京都府、約3割が大阪府に宿泊している)(15)。利用客室数の増加も見込まれる上(図表17)、受け入れ態勢が充実し他府県への流出に歯止めがかかれば稼働率が大幅に低下する事態には至らないと思われる。一方、島根は利用客室数の減少が見込まれ(図表17)、受け入れ態勢を充実させるだけでは取り組みとして不十分だろう。

旅館の稼働率は北海道、東京、大阪、大分、沖縄で稼働率が上昇し、2030年時点で大阪が81.1%で最も高く、東京が70.7%、大分が58.8%の順となった(図表18)。東京、大阪、沖縄で訪日外国人が旅館を選択するシェアは1~3%程度に過ぎず、ホテルの客室数が今後大幅に増加することもあり、旅館の客室数が不足する事態には陥らないだろう。一方、北海道、大分はシェアがそれぞれ20%台、40%台と高く、訪日外国人に一定の人気がある一方で、客室数の減少が続いている。客室数の減少が過去5年間でそれぞれ稼働率を5.5%ポイント、6.7%ポイント押し上げており、このままのペースで続けば稼働率は一段と高まる可能性があり、増加するインバウンド需要を取りこぼすことになる恐れもあるだろう。なお、山形と和歌山は訪日外国人の宿泊シェアが5割を超えるが、和歌山の稼働率は上昇する一方、山形はそもそも訪日外国人の宿泊者が少なく、稼働率が低下している。また、茨城、新潟、福井、長野、徳島、福岡などは20%台の低水準が続いており、客室数の減少を加味しても2030年時点で30%台までしか稼働率が高まらないだろう。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

最後に簡易宿所の稼働率は2020年、2030年とも大阪が最も高くなるが、いずれも50%台後半であり、客室不足はどの地域でも生じないだろう(図表19)。また、他の宿泊施設と比べて変動幅は小さいが、岐阜、京都、大阪、香川など稼働率が大きく上昇する地域も一部にみられる。これら地域は延べ宿泊者数の2割を訪日外国人が占めており、拡大が続くインバウンド需要を取り込むことができている。ただし、簡易宿所が急増している京都では、競争激化を背景に値下げの動きが広がり収益性の悪化を受けて廃業件数も急増(18年度は前年の2倍のペース)しているようだ(16)。国内旅行客、訪日外国人ともに簡易宿所を選択する割合は低く、供給増が続く一方でシェアが高まらなければ淘汰が進む可能性が高いだろう。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(14)奈良では、日本初進出となる外資系ホテル「JWマリオットホテル」(2020年春)や旧奈良少年刑務所の建物を保存活用したホテル(2020年)などが計画されている。
(15)出所は、国土交通省近畿運輸局、関西観光本部、関西経済連合会「訪日外国人向けの関西統一交通パス「KANSAI ONE PASS」の利用実績等のデータ分析結果(2017年4~12月利用分の約13.4万枚分のデータ)」。滞在時間は中央値であり、鉄道乗降駅の所在地で府県を特定し、鉄道出場と次回入場が同一府県の場合に、出場時刻と次回入場時刻の差分を当該府県での滞在時間としてカウントしている(大阪府:61.4時間、京都府:30.2時間、滋賀県:10.5時間、和歌山県:8.0時間、兵庫県:6.6時間、奈良県:4.6時間)。宿泊については、日中観光した旅行者がその日の最後に降車したエリアで宿泊したとみなしている。具体的には、昼間(10時~17時)に奈良市(JR西日本奈良駅、近鉄奈良駅)で降車したサンプルについて、同日の最終降車駅を抽出し最終降車駅が所在する市区町村別に降車客数を集計している(京都市はJR西日本京都駅で降車したサンプルについて集計)。
(16)「京都新聞」2018年12月15日

おわりに

2020年に訪日外国人4,000万人、2030年に6,000万人を前提にすれば、人口減少や高齢化による国内旅行客の減少分を上回る宿泊者数の増加が期待できる。また、宿泊施設については、大阪や東京のホテルはそれぞれ2020年までに2.2万室、1.4万室の客室数が追加で必要になるものの、すでにこの規模を上回るホテルの建設が見込まれており、宿泊施設が不足する事態には陥らないだろう。また、今後のホテル建設を加味しても稼働率は高水準で推移しており、急増する需要に見合った計画となっている。一方で、京都も2020年までに0.3万室の客室数が追加で必要となるが、この規模を大幅に上回るホテル建設が予定されており、供給過剰に陥る懸念がある。他にも、奈良、島根では過去の増加ペースを大幅に上回るホテル建設が計画されており、一段と宿泊者を取り込む必要がある。

また、旅館は国内旅行客の落ち込みを訪日外国人の増加が補い、稼働率は横ばい圏で推移するが、客室数の減少が続いており、訪日外国人のシェアが高い地域では稼働率が大幅に上昇する可能性がある。それでも、ホテルと比べれば稼働率は低位にあり、客室数に余裕のある状況が続くだろう。

現在、訪日外国人の旅館利用は1割程度(図表9)だが、訪日外国人旅行者の約7割が旅館での宿泊を希望しているという調査結果(17)もある。訪日外国人の宿泊シェアの高いホテルや安価な簡易宿所の増加を受けて厳しい競争環境下にあるものの、ホテルの需給が逼迫した際の受け皿や、あるいは日本独自の宿泊体験を求めて旅館を利用したいと考える訪日外国人の潜在的な需要は高いと考えられる。受け入れ態勢を整え、稼働率が低水準に留まる旅館を有効に活用することがインバウンドの地方への広がりや客室数不足の解消につながるだろう。

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(17)株式会社日本政策投資銀行・公益社団法人日本交通公社「DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査」

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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白波瀨康雄(しらはせやすお)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究員・総合政策研究部兼任

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