シンカー: 景気と政治に対する不安が継続する中で、グローバルに中央銀行は「忍耐強い」姿勢を維持している。ただ、同じ「忍耐強い」姿勢をもっているFRBとECBの金融政策のマーケットへのインプリケーションは違うようだ。企業貯蓄率と財政収支の和であるネットの資金需要は、資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力となる。しっかりとしたネットの資金需要が存在する米国では、「忍耐強い」FRBの姿勢は、マネーの拡大を促進し、インフレ期待を上昇させる可能性がある。一方、日本と同様にネットの資金需要が消滅してしまっている欧州では、ECBが緩和的なスタンスを維持したり、流動性供給を増加させても、マネタイズするものが存在しないため、マネーを拡大させる力はほとんどないと考えられる。インフレ期待は抑制され続けるだろう。米国ではイールドカーブにスティープ化の圧力が、欧州ではフラット化の圧力がかかることになろう。グローバルな景気と政治に対する不安がある中で、両者の動きには連動があるだろうが、米国と欧州のスプレッドは拡大する方向になるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・フォーカスの解説

●TLTRO

3/8のECBミーティングで明らかになったTLTRO IIIについて、弊社は4月に新たな情報が発表されるとみているが、現時点で判明していることと、そして過去のTLTROを振り返る。。

・TLTRO III

1.2019年9月から開始で、期間2021年3月まで四半期ごとに、それぞれ満期2年で資金が供給される。
2.借入金利はメインリファイナンス金利。
3.2019年2月28日時点で対象となるローン残高の最大30%の資金を供給。

・TLTRO II (アナウンスメント:2016年3月10日、期間:2016年6月‐2021年3月、総額:EUR740.3bn)

  1. 2016年1月31日時点で住宅購入目的を除く非金融部門への貸出残高の最大30%の資金を満期4年で供給。
    2.借入金利は借入時のメインリファイナンス金利 (0bp)。貸出実績に応じて優遇措置が取られ、最大で‐40bpの金利が適用される。つまり、0コストか、借入により最高で40bpの利息を受け取ることができる。
    3.TLTRO Iを期限前返済し、好条件のTLTRO IIに借り換えが可能で、TLTRO Iのような貸出実績に応じた早期返済罰則はない。

  開始日 満期 当初額 (EUR bn) 借入コスト 参加金融機関数
TLTRO II.1 2016年6月29日 2020年6月24日 399.3 -40bp - 0bp 514
TLTRO II.2 2016年9月28日 2020年9月30日 45.3 -40bp - 0bp 249
TLTRO II.3 2016年12月21日 2020年12月16日 62.2 -40bp - 0bp 200
TLTRO II.4 2017年3月29日 2019年3月27日 233.5 -40bp - 0bp 474

・TLTRO I (アナウンスメント:2014年6月5日、期間:2014年9月-2018年9月、総額:EUR 432bn)

1.2014年4月30日時点で住宅購入目的を除く非金融部門への貸出残高の最大7%の資金を満期4年(2018年9月26日)まで供給。
2.3回目からは貸出実績に応じて融資増加分の3倍まで借り入れが可能になる。
3.借入金利は2回目まで借入時のメインリファイナンス金利+10bp(2014年9月時点でMRO金利5bp+10bp=15bp)

  1. 3回目以降はMRO金利。2016年3月の利下げまではMRO金利の5bp、利下げ後は0bp。
    5.2014年5月1日から2016年4月30日までの間の非金融部門への貸出額が基準を下回った場合、2016年9月に資金を返済する罰則が設けられる。

  入札日 満期 当初額 (EUR bn) 借入コスト 参加金融機関数
TLTRO I.1 2014年9月24日 2018年9月26日 82.6 15bp 255
TLTRO I.2 2014年12月17日 2018年9月26日 129.8 15bp 306
TLTRO I.3 2015年3月19日 2018年9月26日 97.9 5bp 143
TLTRO I.4 2015年6月18日 2018年9月26日 73.8 5bp 128
TLTRO I.5 2015年9月30日 2018年9月26日 15.6 5bp 88
TLTRO I.6 2015年12月16日 2018年9月26日 18.3 5bp 55
TLTRO I.7 2016年3月24日 2018年9月26日 7.3 0bp 19
TLTRO I.8 2016年6月23日 2018年9月26日 6.7 0bp 25

●Brexit案修正と今後の動向

メイ首相は11日にBrexitに関するEUとの協定に法的拘束力を持つ文章を追加することでEUと合意に至ったと発表した。変更のポイントは、以下の通り。

1.離脱協定に法的拘束力のある共同文書を追加。この共同文章により、EUは英国を意図的にバックストップ内にとどめることができず、もしEUがそれに反した場合は英国は正式に仲裁を求めることができる。

2.共同声明(法的拘束力なし)により、2020年12月までに英国とEU双方がバックストップの必要性をなくすための努力を行うとした。

3.さらに、英国は「一方的宣言」により、EUが離脱後に新たな貿易協定を締結する際、誠実な対応をしなかった場合は、英国は一方的にバックストップから離脱するとした。

だが、この変更後も英国がバックストップ内につなぎとめられるリスクは変わらないと判断されたことで、12日のMeaningful voteでメイ首相案は再び否決された。1月のMeaningful voteではメイ首相のBrexit案に対して賛成202票vs反対432票だったのに対し、今回は賛成242票vs反対391票と賛成がやや増えているものの、離脱強硬派にとってはやはり不十分だったようだ。続く13日のNo dealに賛成かを問う投票では、法的拘束力はないもののNo dealが否決され、本日は離脱を6月30日まで延長するかを問う採決が行われる。期限延長にはEUの合意が必要になるが、離脱期限延長の可能性が高まる中、今後は21日、22日のEUサミットでEU各国がどのように出るかがBrexitの方向性にとって重要になるだろう。EU側は延長のためには、正当な理由が求めており、サミットで英国はEU各国を説得することができるかが注目される。

グローバル・レポートの要約

●欧州経済(3/10): ECB3月理事会:「欧州化」に向かいつつある

ECBは本日(7日)、弊社が見込んでいた多くのことを実行した。金利フォワードガイダンスは現在では「金利を今年中は変更せずに据え置く」となった。新しいTLTRO3が9月に始まることになり(ただ弊社の見方とは逆に、バランスシート拡大が許容される)、無制限の資金供給が2021年3月まで延長された。融資伸び率目標や最低金利は後に発表される。これによりドラギ総裁は、8年間の任期中に利上げを実施しなかった史上初のECB総裁になるだろう。

弊社は、ユーロ圏の今後のインフレは弱いとみており、来年の米国のリセッション入りも予測している。これはECBがインフレ予測を比較的大きく調整したことで支持された。弊社は現時点では、ユーロ圏の利上げは2021年に入ってようやく始まるとみている。コアインフレ率の上振れサプライズが今秋に発生した場合は(弊社はその可能性があるとみる)、来年の1月か3月に15BPの小幅利上げが実施されると考えている。だが2020年第2四半期には米国景気が減速すると見込まれ、ユーロ圏利上げの「窓」は非常に素早く閉まるだろう。利上げ可能性が低い中で、ユーロ圏が「日本化」する可能性があるのではないか、というECBに対する疑問が強まるとみられる。

●アセットアロケーション(3/5): 「フローなき回復」でアセットアロケーションの中心的役割が鮮明に

アセットアロケーションが鍵:過去2ヵ月間でミューチュアルファンドとETFのリターンは力強く回復しているが、各資産クラスからの寄与には大きな差が見られる(下左図)。いずれの場合も、改善はほぼ完全に価格効果によるもので、純資金流入はほとんど寄与していない。12月の底以降、週次ベースで報告を行っているファンドからなるユニバースの総運用資産額は8%増加している(18.8兆ドルから20.3兆ドルに)。この資産増加のうち純資金流入による部分は4.2%に過ぎない。言い換えると、全体的なパフォーマンスは適切なアセットアロケーションを選択したかどうかに大きく依存している。これはさして目新しい所見というわけではないが、非常に重要な意味合いを持つため、もう少し深く掘り下げてみよう。

インプライド・アセットアロケーション:キャッシュをUW、株式をOW:下右図は、ファンドの保有資産の最新の資産クラス別内訳である。株式は突出して最大のウェイト(54%)を占めており、2018年の後退にもかかわらず、現在の株式のウェイトは2010年以降の平均を上回っている。弊社はこれを株式に対するインプライド・オーバーウェイト(OW)ポジションと呼んでいる(MAPで公表している弊社の推奨アロケーションと混同しないため)。同様に、マネーマーケット(キャッシュ)のウェイトは21%と、インプライド・アンダーウェイト(UW)となっている。株式に対するインプライドOWとキャッシュに対するUWは2018年の市場調整のネガティブインパクトを増幅させた一方、それ以降の市場反発から恩恵を受けるのに適したポジションでもあった。

株式の中では新興市場株と欧州株があまり保有されていない(UNDER-OWNED)模様:上記のインプライド・アセットアロケーションのアプローチは、それぞれの資産クラスの中でも適用できる。株式の中では、ファンド投資家は新興市場株と欧州株に対してインプライドUWポジションを取っている一方、米国株と日本株は多く保有されている(OVER-OWNED)ようである(英語レポート19ページの図参照)。セクター別では、テクノロジーが著しいOVER-OWNEDの状態にある一方、エネルギーが最もUNDER-OWEDとなっているようである(33ページ)。本稿では債券とクレジットについても同様の分析を行っている(8ページ)。

実務におけるアセットアロケーション:調査会社EPFRが週次ベースでカバーする運用資産規模20.3兆ドルのファンド業界にとって、リターンは主に上述したインプライド・アセットアロケーションによって決定され、後者は時間と共にごく緩やかにしか変化しない。オーバーレイ戦略を別とすれば、アロケーションがよりアクティブに管理されていたなら、フローを通じてそれを観察できたはずである。黙示的であれ明示的であれ、アセットアロケーションは重要な役割を担う。

●債券市場(3/10):政策金利据え置きの長期化

欧州中央銀行(ECB)がハト派寄りに旋回したため、弊社エコノミストはもはや2021年までユーロ圏の利上げはないと予想している。債券利回りはより長期にわたって低水準にとどまる可能性が高く、世界経済の成長鈍化に伴って米欧間の連動性を回復していくだろう。我々はデュレーション中立型のスタンスで臨むが、オプションやスワップションを活用したコンディショナル・ポジションとして、ユーロ圏ではフラットナーを、米国ではスティープナーを推奨する。

過去の翻訳レポートを弊社のリサーチサイト( https://insight.sgmarkets.com/#/page/japanese )に掲載しています。

また、原文の英語レポートもご覧いただけます。

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ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司