トランプ大統領は、5月10 日に対中輸入に対する関税率を10%から25%に引き上げるとツイッターで表明した。青天の霹靂だ。この表明は、単なる交渉上のブラフにすぎないとの見方もある。もしも、それが実行されれば、日本経済にも大きな打撃になる。何が焦点かを考えてみたい。

米中協議
(画像=PIXTA)

トランプ大統領の不満

 5月5日にトランプ大統領は、対中輸入額2,000 億ドルへの制裁関税を10%から25%へ引き上げる措置を5月10 日に実施すると、ツイッターで表明した。現在、米中貿易協議は第11 回の閣僚級協議を5月9・10 日に再スタートさせる直前である。この協議中は、2,000 億ドルへの制裁関税率の引き上げは行わない方針だったはずである。観測報道では、中国が協議中止、短縮を検討しているとされる。トランプ大統領の表明はそれに真実味を与えるものである。

 トランプ大統領の表明を受けて、5月6日のNYダウは一時△471 ドル安となる場面もあった(終値△66 ドル安<△0.25%>)。上海総合指数は同日△5.58%の下落、ハンセン指数も△2.90%ほど下落した。5月7日の日本株は△335 円安(△1.51%)だった。米中交渉への楽観的な見方が打ち砕かれた。ほんの数日前まで、米中間で関税の段階的撤廃で大筋合意すると思われた。あとは首脳間での調整を待つばかりと楽観していた。残された課題は、合意内容の履行確認とみられていた。トランプ大統領は、知的財産権の保護や技術移転の強要に不満を感じていたという。輸入拡大や知財問題について、数十日後あるいは1、2年後の履行確認で貿易戦争再燃があるかと思われていたが、よもや入口でつまずくとは予想外である。

 もうひとつ、伏線があるとすれば、北朝鮮への対応である。中国は、金正恩体制の後ろ立てである。2月27・28 日の米朝首脳会談が事実上物別れに終わり、ここにきて短距離ミサイルの発射を行ってきた。トランプ大統領は、金正恩委員長への個人的信頼を訴えるとともに、中国に対しては不満を強めていたと考えられる。対中強硬姿勢は、北朝鮮の瀬戸際外交の再開ににらみを効かせるとともに、中国には譲歩を求めるメッセージでもある。

単なる交渉術か?

 トランプ大統領の表明は、単なるブラフであるとの見方もある。これで協議は決裂という訳ではなく、いずれにしろ米中協議は継続すると考える方が自然であろう。焦点は、本当に10 日に25%への関税率引き上げを行うかにかかっている。もしも、それが実行されたならば、次は残りの対中輸入額3,250 億ドルへの制裁関税である。中国側の報復関税を併せて考えても、もはや品目を選んで課税することができない点でより深刻である。

 この表明が単なるブラフであった場合、今後のトランプ大統領の神通力はかえって低下するだろう。おそらく、トランプ大統領もそれをわかって使っていると思える。深読みすると、中国との合意があと一息のところまで来ているからこそ、1回切りのちゃぶ台返しを使ってきたのだ。チキンレースの極意は相手に対して自分が何をするかわからないと思わせることを計算ずくで行うことである。筆者は、5月10 日に関税率を上げたとしても、間を置かず引き下げると考える。

 今後の予定では、5月25~28 日にトランプ大統領の来日がある。その先、6月28・29 日は大阪でG20 会合が開かれて、トランプ大統領と習近平主席は顔を合わせる。関税率引き上げが行われた場合、一旦上がった25%の引き下げと残りの輸入額への適用回避がそこでは論じられることになろう。

不確実性が再び

 マクロ経済には、米中貿易戦争の再燃が著しく悪い影響を与える。まず、中国経済は3月の製造業PMIが底入れ感をみせていて、1月以降の中国の金融緩和などの対策効果が表われてくる期待が高まっていたところだった。それをくじかれたことは、中国リスクの再浮上を意味する。

 米経済は、1-3月期のGDPが前期比年率3.2%と好調であり、4月の雇用統計も前月比+26.3 万人の雇用増と勢いが強い。トランプ減税が息切れする懸念も、一頃に比べて後退している。貿易戦争の再燃が、こうした前向きの見方に影を落とす。貿易戦争は、たとえ実体経済が強くとも次に何が起こるかが見通せない不確実性を台頭させる。

 株価の動向は、こうしたセンチメントを顕著に反映している。2018 年10 月から崩れ始めた株価は、2019 年1 月に底入れして、このところ回復基調を鮮明にしてきたところだ。前向きの予想をあまりに強く反映させてきた米中株価には反動も大きいだろう

 もっとも、不安に襲われていた2018 年秋に比べて良くなっていることもある。それは、米中ともに金融緩和の効果が思いのほか速効性をみせていることである。中国の株価への効果は先に述べた通りである。FRBは、今のところ利上げを停止して、次の展開はニュートラルだとしている。仮にダウンサイド・リスクが顕在化すれば、FRBは利下げをほのめかすだろう。この間、トランプ大統領は、FRBに1%の利下げを求めている。しかし、FRBは材料もなしに利下げに応じることはできない。その点、米経済に悪化の徴候が表われたならば、FRBは動くことができるようになる。パウエル・プットへの期待が、今後の株価を支えることだろう。

日本への影響

 日本経済にとっても、貿易戦争の再燃は非常にタイミングが悪い。消費税増税を10 月に控えていて、未だにその延期を口にする人がいる。7月初発表の日銀短観には、今後の展開によって悪化が織り込まれる。5月20 日の1-3月期のGDPが悪くなると、その次は7月の短観がどのくらい悪化するかに衆目の関心は移っていくだろう。

 仮に、米中協議がうまい落とし所を見い出していれば、日本経済はGWの旅行需要や改元効果によるマインド改善が増税への不安を後退させていたはずだ。そう考えると、実に悪い展開になってきた。

 米中貿易戦争がリーマンショック級かと問われれば、ほとんどの人はNOと言うだろう。ならば、増税の見送りを安倍政権が決めないと言い切れるかと問われれば、怪しいと思う人は少なくないだろう。6月のG20 を議長国として仕切る安部首相には、世界経済への危機感を人一倍感じることだろう。

 筆者が注目するのは、株価と為替である。為替は、米経済の不安が高まれば米長期金利が低下して、円高になるリスクがある。北朝鮮要因も、米朝対立が鮮明になると円高に傾く。トランプ大統領はドル高を問題視しており、米経済が悪化してくると、何らかの口先介入をしてくる可能性もある。逆に、円安が維持されて、日本株もそれほど大きく低迷しなければ、10 月の増税不安も台頭してこないとみられる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生