エナジー・ドリンク
(画像=Ash Pollard/Shutterstock.com)

はじめに

米国で10年前から消費量が右肩上がりの飲料がある―エナジー・ドリンクだ。今年(2019年)4月に米国予防医学会機関誌「American Journal of Preventive Medicine」で発表された研究によれば、エナジー・ドリンクの消費量が高いのは若者、成人の若年層及び中年層であるという。たしかに筆者が2010年代前半に米国の大学にいた頃も、課題やプレゼンの準備に追われて疲れ切った男子学生たちが眠気覚ましにこぞって「レッドブル(Red Bull)」を飲む光景が日常茶飯事だった。そもそもエナジー・ドリンクで元気をチャージするという発想自体は、昔から栄養ドリンクが人気を集めてきた我が国にとって特段珍しいものではない。

他方でカフェインや砂糖などが大量に配合されたエナジー・ドリンクを過剰に摂取すれば、健康に悪影響を及ぼす恐れがあると懸念する声もある。果たしてエナジー・ドリンクを取り巻くマーケットは今後いかなる方向へと向かうのか。本稿ではエナジー・ドリンクが勢いづく米国の現況を押さえ、懸念されている健康リスクに言及した上で、今後のビジネスの展開及びそれがグローバルに及ぼす影響について議論したい。

エナジー・ドリンクの人気上昇 ~健康リスクに懸念も~

エナジー・ドリンクの成分にはカフェインやアミノ酸、ガラナ、ハーブなどと一緒に大抵の場合、大量の砂糖が含まれている。アルコールは含まれず、疲労感やメンタルの不調に効果的であるとメーカー側は宣伝している。米国で発売されたのは1997年。我が国では近年「レッドブル」や「モンスターエナジー」などの米欧系飲料メーカーによる炭酸系の商品が人気を集めており、過去10年で売上が倍増した。コンビニなどでも気軽に買うことができるお馴染みのアイテムになっている。

統計によれば、米国におけるエナジー・ドリンクの売上は2016年に28億ドルに到達し、出荷量は前年比5.13パーセント増加した。マーケットを独占しているのはオーストリア系飲料大手レッドブル、米飲料大手モンスター・ビバレッジ及びロックスターである。主な購入場所はスーパーマーケットやコンビニエンスストア、ガソリンスタンドで、顧客が重視しているのはブランド、味、求めやすい価格だという。

しかしエナジー・ドリンクには大量のカフェインが含まれており、缶またはボトル1本当たり50-500ミリグラムに上る。なおコーヒー1杯当たりに含まれるカフェインの量は約90ミリグラムである。我が国にも米国にも、一日に摂取可能なカフェインの上限を定めた基準は存在しないが、欧州食品安全機関(EFSA)は大人も子供も体重1キログラムにつきカフェイン3ミリグラムを上限とするよう推奨している。過剰に摂取すれば自らを危険にさらす行為や鬱症状などメンタルの不調、高血圧や心臓病を引き起こすリスクが高まる。エナジー・ドリンクに添加されている砂糖を過剰摂取すれば、肥満や2型糖尿病になるリスクも高まるとされる。

年齢、性別、人種、学歴の異なる人々による1日当たりのエナジー・ドリンクの摂取量の違いに注目すると、データを集計した2003年から2016年の間に増加が特に目立ったのは思春期の若者(0.2パーセントから1.4パーセント)、若年層(0.5パーセントから5.5パーセント)及び中年層(0.0パーセントから1.2パーセント)であった。その中でも特にメキシコ系の中年層と低学歴の若年層が、エナジー・ドリンクを最も多く摂取していた。

実際にここ数年、米欧諸国の政府はエナジー・ドリンクの飲み過ぎによる健康への悪影響について注意喚起を行い、未成年に対する販売を禁じる動きも出るなど、エナジー・ドリンクに対する懸念は国内外で共有されつつある。そうした逆風にもかかわらず、大手メーカーはエナジー・ドリンクの売上を着実に伸ばすことに成功しているのが現状である。

おわりに ~エネルギーの過剰摂取をなくすために~

実際、創業31年となるレッドブルの昨年(2018年)の売上高は55億4,100万ドルに達し、過去最高益を記録した。すでに世界171か国に進出し、西欧及び米国を主なターゲットにしながら中国を含む東アジアでのビジネス拡大を視野に入れている。昨年はインド(30パーセント増)、ブラジル(22パーセント増)、東ヨーロッパ(22パーセント増)、北ヨーロッパ(12パーセント増)及びドイツ(12パーセント増)でも売上を伸ばした。

そうした好調な業績の影で懸念すべきなのは、すでに指摘されているような健康への悪影響が今後の人類にとって何を意味するかである。米国では肥満と2型糖尿病が生活習慣病と位置付けられ、長らく警鐘が鳴らされてきた。米国疾病予防管理センター(CDC)によれば、2015年において糖尿病は米国人の死因7位であった。それに関連する医療費は2012年時点で総額2450億ドル、糖尿病と診断された患者の医療費は一人当たり年間13,700ドルにまで上った。

これだけの医療費が発生するリスクをほぼ確実に高めることとなるエナジー・ドリンクが今、米国をはじめとする世界各国を席巻していることは、今後のグローバルな医療や薬品開発に少なからず影響を及ぼすものである。具体的には栄養やエナジーという耳触りの良いキーワードの影で、今後糖尿病などを発症してしまう愛飲者がグローバル規模で増える可能性は否定できない。恐らくそうした批判が過熱する前に、メーカー側は無糖やカフェインレスなどの品ぞろえを充実させるなど、対策を講じることとなる。いずれにせよ、エナジー・ドリンクの終焉後に待ち受ける展開は、エネルギーや食品の過剰摂取からの人類の解放ではないだろうか。もっと言えばその段階まで待たずとも、過剰なエネルギーを摂取しようと思わなくて済むようなゆとりある社会の実現こそ、我が国の一人ひとりが今すぐ優先して取り組むべき課題であるというのが卑見である。疲労の最高の味方はエナジー・ドリンクでも薬でもなく、最上の食事と睡眠、運動、そして人との繋がりなのだから。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

河原里香 (かわはら・りか)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット・リサーチャー。神戸市外国語大学卒業。一般企業に勤務後、2012年よりフルブライト語学アシスタント(FLTA)プログラムを通じ、米国・University of Scrantonで日本語講師、2015年に同大学教育学部修士課程修了。2019年4月より現職。