シンカー:製造業の業況感が悪化した一方で非製造業が改善した短観の結果は、日銀に追加金融緩和を迫るものとはならなかった。グローバルな景気持ち直しの動きと、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く現行の金融緩和の枠組みを維持しようとするだろう。年末までにフォワードガイダンスの長期化のみの対応をするのがメインシナリオで、それを除いて追加金融緩和には踏み込むことはないと考える。追加金融緩和が必要となる強弱のリスクシナリオとその手段も考えてみる。
製造業の業況感が悪化した一方で非製造業が改善した短観の結果は、日銀に追加金融緩和を迫るものとはならなかった。グローバルな景気持ち直しの動きと、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く現行の金融緩和の枠組みを維持しようとするだろう。日銀は必要に応じて、フォワードガイダンスを、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性への備えを含めた表現(2020年度末)に長期化する可能性もあろう。しかし、三つの理由で、フォーワードガイダンスの長期化を除いて追加金融緩和には踏み込まないと考える。
一つ目の理由は、日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気の減速に対して著しく頑強になってきているとの判断である。短観は景気が拡大しているという日銀の判断を裏付けた。二つ目の理由は、日銀がフォワードガイダンスで早期出口論を封じながら現行の金融緩和を継続していれば、自動的に緩和効果が強くなっていくメカニズムが存在することである。グローバルな景気減速が強くなれば、2025年度にプライマリーバランス黒字化目標を先送りしたことにより制約の弱くなった政府は、秋の臨時国会で補正予算による大規模な経済対策で、財政拡大に打って出ると考えられ、現在は消滅しているネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支、マネー拡大の源)の復活が、それを日銀がマネタイズする形となることで金融緩和効果を著しく大きくするだろう。
三つ目の理由は、FEDの利下げがあったとしても予防的なものであり、それ以降の景気モメンタムを改善させ、円高圧力は一時的と予想できることだ。既にマーケットはFEDの利下げを織り込んで、イールドカーブはフラットニングしてきた。FEDの実際の利下げの後、景気見通しが好転すれば、米国の長期金利はリバウンドしていく可能性がある。マーケットが日米の実質長期金利差の拡大に徐々に注目していけば、円高圧力は一時的にものとなり、まだ円安に転じ、2%の物価目標へのモメンタムは維持される。テクニカルな円高を短期的に受け入れることは、G20での自由貿易促進に対するイニチアティブを日本がとったことへのコミットメントや、現行の金融緩和の枠組みが為替や貿易収支への影響を考慮したものではないことを証明し、今後の日米の貿易交渉などで日銀の金融政策が問題視されるリスクを軽減するとみられる。もちろん、ドル・円で100円を下回る加速度的な円高がグローバルな景気見通しの著しい悪化とともに起これば、2%への物価目標へのモメンタムが維持できないと判断し、日銀は追加金融緩和に踏み切る可能性はあるが、メインシナリオではないだろう。
年末までにフォワードガイダンスを長期化のみの対応をする確率は60%程度とみられ、現在のところメインシナリオだ。FOMC参加者の見通しでは2021年中には利上げに転じている可能性が示されている。日銀は、FEDの利上げ見通しが生まれるとみられる2021年初になっても、辛抱強く緩和政策を維持することを示し、ビハインドカーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとするだろう。9月にFEDが二回目の利下げをし、10月に消費税率が引き上げられた後、1日前のFOMCでの政策見通しを確認し、10月末の決定会合で展望レポートの改訂とともにフォワードガイダンスを2020年度末まで長期化するとみられる。FEDの利下げ後のマーケットの動き次第で、長期化のタイミングは前後する可能性がある。一方、日銀が年末までにまったく動かない確率は20%程度とみる。
グローバルに在庫・生産サイクルが多少悪化しても、日本経済は拡張を続けることができるまで、強い信用サイクルに支えられた内需を中心に頑強になってきている。信用サイクルをうまく示すのは日銀短観の中小企業貸出態度DIである。信用サイクルは雇用拡大の牽引役であるサービス業の事業拡大を左右するため、失業率に先行する指標である。4-6月期の中小企業貸出態度DIは+20と7-9月期の+21から若干低下したが、まだバブル崩壊後の最高水準である+20程度を保っている。ただ、伸び悩んでいることもあり、デフレ完全脱却を実現するためには、信用サイクルとそれに刺激された設備投資サイクルがもう一段強くなる必要がある。昨年の7月に日銀が10年金利の誘導目標からの変動幅の拡大を含む金融政策を微修正したことが、日銀は否定しているが、企業に緩和姿勢の後退と解釈されてしまった可能性がある。日銀は、フォワードガイダンスを長期化し、緩和姿勢に揺るぎがないことを強く情報発信する必要性があろう。また、DIは企業の業況の安心感でも上昇するため、グローバルな貿易紛争と10月の消費税率引き上げがある中、秋の臨時国会での補正予算を含めた経済対策などの財政拡大で、内需への一段の押し上げが必要であろう。
弱いリスクシナリオは、FEDの利下げ後、FEDも景気・マーケットの状態がかなり悪いことを認めたと解釈され、利下げの長期間の継続と、それにともなうイールドカーブの更なるフラット化が起き、ドル・円が100円を割る円高が進行することだ。マーケットのリスクプレミアムが上昇し、株安が企業の心理を悪化させ、持続的な景気拡大がリスクとなる。日銀はETFの買い入れを増額する追加金融緩和に踏み切ることになるだろう。新たな緩和政策を維持するフォワードガイダンスも2021年度末まで長期化されるだろう。年末までに起こる確率は15%程度とみる。
強いリスクシナリオは、米中の貿易紛争の著しい悪化などで、FEDが予防的な利下げをしても、企業の心理の悪化が止まらずリストラモードに入り、米国経済が景気後退の様相を急速に呈することだ。日銀も、2%の物価目標に向かうモメンタムが失われるリスクが高まったと判断し、現行のイールドカーブコントロールの枠組みの下で追加金融緩和を決断することになるだろう。日銀は10年金利の「0%程度」とする誘導目標と20bp程度の上限を維持しながら、下限はフリーとするだろう。それと合わせて、財政拡大とのポリシーミックスの形にする必要もあり、長期国債の買い入れを必ず実施する最低額を設定し、マネタリーベースの持続的な増加に強くコミットメントするとみる。最低限の買い入れ額のみは、2%の物価目標達成まで維持するという新たなフォワードガイダンスを設定するだろう。年末までに起こる確率は5%程度だろう。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司