はじめに
去る12日(7月)、米国ワシントンに拠点を置く超党派政策センター(BPC)が米国の債務上限問題に関する最新報告書を発表した。米国が今年も債務上限に達しつつあり、早々に債務上限引き上げが出来なければ政府機関を停止せざるを得ない危険性があるという。
ただし、この手の議論は今回が初めてではない。1910年代の第一次世界大戦当時の米国では連邦政府による借り入れが制限されていた。しかしThe Second Liberty Bond Act of 1917が制定されると連邦政府にとっては比較的動きやすい展開へと変わった。そこから1939年に450億ドルの債務上限が設定され、1946年までの第二次世界大戦期では最大で3,000億ドルまで債務上限が設定された。この借り入れを受けつつ第二次世界大戦を戦い抜いた米国は、続く朝鮮戦争、ベトナム戦争等に介入する覇権国としてグローバル展開するに伴い、債務上限をその都度調整するなどして戦費調達を行ってきた。
1979年、連邦政府が“デフォルト(国家債務不履行)”危機に陥りかけたために連邦議会が債務上限引き上げについて初めて同意した。その後、同法は連邦政府が求める債務上限引き上げをよりスムーズに行うために提起された「ゲッパート・ルール」が採択される。
1982年になるとThe Second Liberty Bond Act of 1917が改正され、「臨時措置(Extraordinary Measures)」の時代へ突入することになる。以後、連邦政府による臨時措置が繰り返されることになり、世界最大の経済大国でありながら、世界有数の借金大国としての米国が出来上がった。しかし、基軸通貨である米ドルの発行権を持つというアドバンテージがあることや、「大きすぎて潰せない」国家としての米国の立ち位置があることが既に“デフォルト(国家債務不履行)”を経験しているアルゼンチンやギリシアと異なる点である。
「米国がデフォルトするはずはない」。このような固定観念すら聞こえてきそうな中で、今年(2019年)、トランプ米大統領肝入りの政策である「米・メキシコ国境線の壁建設」費用を巡って同大統領と連邦議会が対立し、予算折衝が滞った。その結果、政府機関の一部停止にまで発展した。
本稿では、「にわかに再燃しつつある米国デフォルト論は債務上限引き上げによって回避されるのか」という論点を踏まえつつ、BPCの最新報告書を検証し、今後の展開を分析する。
BPCによる報告書を読む ~何が論点か~
BPCによる報告書「Debt Limit Analysis: Everithing You Need to Know in 30 Slides」によれば米国の債務上限問題の現状のサマリーとして(1)去る3月に債務上限を22兆ドルにまで引き上げ、(2)立法プロセスの事情により連邦政府が直ちに債務上限に達しかけたものの、(3)過去8年間で8回目の「臨時措置(Extraordinary Measures)」発動により、政府機能の停止を免れた。(4)仮に議会が債務上限に同意しなかった場合、来る今年(2019年)秋にも政府機能を停止せざるを得ない「X-Date」を迎える可能性がある、と発表されている。
債務上限高は2016年以降右肩上がりである。仮にデフォルトを防ぐため(1)新たな国債の発行、(2)「臨時措置(Extraordinary Measures)」発動、(3)政府歳入及び当座資金の活用のいずれの措置も意味をなさなくなった時、ついに“デフォルト(国家債務不履行)”を宣言せざるを得なくなる可能性が出てくる。
この「臨時措置(Extraordinary Measures)」は本来、どうしても必要な新たな支出が生じ、それを賄うための「臨時措置」としての意味合いがあったものの、現状は連邦政府債務の支払いを行うための債務上限引き上げになりつつある。具体的には、まず債務上限引き上げが間に合わない場合、当座の債務の内いずれかの項目を減らす。そうすると債務上限までに一定の“隙間”が生まれ、その枠で連邦政府は新たな借り入れを行うことことが出来るので、その枠内で収めようというわけだ。
その後、無事に債務上限が引き上げられた時に、いったん減らした債務項目が再び債務残高上に載せられる。この手法のために用いられるツールの例として同報告書では「The G-Fund of the Thrift Savings Plan(連邦公務員向け確定拠出型年金)」が挙げられている。連邦政府は同年金ファンドからの資金を活用して、上述のプロセスを経て“デフォルト(国家債務不履行)”危機をやり過ごすことが出来る。
同報告書は“デフォルト(国家債務不履行)”危機のX-Dateが今年(2019年)秋であると分析している。米連邦議会予算局(The Congressional Budget Office)も「正確にそのタイミングでそうなるかは分からない」としつつも、やはり秋頃(10月前後)の“デフォルト(国家債務不履行)”可能性を懸念している。これまでに対策が打たれなければ少なくとも政府機関の一部閉鎖が実行される蓋然性が高い。
さらに2011年と2013年にも同様に“喧伝”されたX-Dateが米国債金利の高騰を招き、以前にもまして連邦政府による資金調達のコストが高まった。これまで連邦政府はX-Dateの可能性を抱えつつも米国債の安全性を訴え続けてきたものの、同報告書では連邦政府が米国債の新たな購入者を引き寄せることに失敗する危険性や格付け機関による米国債格下げが“喧伝”されている。
ここまで、米国が早ければ今年(2019年)秋にも“デフォルト(国家債務不履行)”危機を迎える可能性があり、その対策として様々な取組みがあるものの、いずれも焼け石に水に終わる可能性があることを確認した。そもそも連邦議会が債務上限引き上げに同意しないことが“喧伝”されただけでも米国の“デフォルト(国家債務不履行)”リスクの蓋然性が高まっていく可能性がある。米国の今後の動向が世界経済へ与える影響は計り知れない。
おわりに
ここにきて高まる米国の“デフォルト(国家債務不履行)”リスクを強調するかの如く米系メディアが中心となって「Debt Limit Analysis : Everything You Need to Know in 30 Slides」を一斉に取り上げ始めた。米国がこれ以上の債務上限引き上げが出来ないという見込みが強まっていく場合、様々な政府機関の停止が検討される蓋然性が高い。
他方で現状米国が抱える国家間対立としてイランとの対立への影響もあり、米イラン関係の展開と米国債の上限引き上げ問題もセットで考えるべきだ。今次動向が米国のアジア戦略にも影響を及ぼすことは避けられない。仮に米国の政府機関が停止するような事態になった場合、在日米軍撤退論が改めて現実的な議論として俎上に載る可能性がある。世界経済の刷新と同時にトランプ米大統領が発言したと言われている「日米同盟破棄」の現実味が増しつつある、それが「Debt Limit Analysis : Everything You Need to Know in 30 Slides」から読み取ることが出来る。
但し、昨日(15日(米東部時間))、ムニューシン米財務長官が債務上限問題については既に終了し、9月末まで同問題は生じ得ない旨、公言している点を忘れてはならない。単なる一過性の問題として終わるのか、米国や我が国で盛んに議論されている「現代貨幣(金融)理論」のとおり、更なる国債発行がなされる流れにつながるのかに注目しつつ、事態の推移を慎重に見守っていきたい。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
岡田慎太郎(おかだ・しんたろう)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2015年東洋大学法学部企業法学科卒業。一般企業に勤務した後2017年から在ポーランド・ヴロツワフ経済大学留学。2018年6月より株式会社原田武夫国際戦略情報研究所セクレタリー&パブリックリレーションズ・ユニット所属。2019年4月より現職。