本当に驚かされたのは6月30 日に急遽、板門店で米朝会談が組まれたことだ。前日早朝のツイッターで2分間でもよいから会談したいと述べたことが実現化した。金正恩委員長は、トランプ大統領に貸しをつくった。米中会談は、冷静に考えると、中国が態度を硬化させた4月末よりも前には戻っていない。協議再開は、合意前のところでまだ足踏みしている。

首脳会談
(画像=PIXTA)

米中合意の読み方

大阪開催のG20 に合わせて、6月29 日に米中首脳会談が行われた。トランプ大統領は、会談後「軌道に戻った」と述べた。協議再開が確認できたため、トランプ大統領は第4弾の残りすべての約3,000億ドルへの制裁関税を停止した。このことは、評価できるが、冷静に考えると、5月5日にトランプ大統領が交渉決裂に怒って発表した第3弾の2,000 億ドルは、そのまま25%の関税上乗せである(5月10 日から実施)。

4月末まで米国と中国は、5ヶ月間で7分野150 ページにも亘る合意文書を取りまとめるところまで来ていた。ワシントンでは、ライトハイザーUSTR代表と劉鶴副首相が合意文書を決定する直前、中国側は原則では譲歩しないと方針を翻して、交渉は決裂した。だから、第3弾は実施されたままにされたのだろう。

正しく認識すべき点は、協議再開といっても、まだ米中合意の手前で足踏みしていることだ。米中間では、中国が取り決めたルールを必ず守るように実効性を担保することが焦点になっている。中国にとっては、法改正を強いられることは内政干渉に見えるとしても、米国には米中の決定事項が正しく履行されることがより重視される。日本にとっても米国が中国に求めている内容は、共通のメリットだと思える。中国に進出する日米企業には、中国政府による適正な制度運営が望まれるということだ。

この点、中国では、習主席が国内からの反発を受けて、そこまでは合意できないとされる。米国から強制されて法改正をするというのは面子を潰されるという体裁になるのだろう。だから、ある程度、時間を要することは覚悟しなくてはいけない。

中国自身も、この4月末の方針転換は持久戦へのシフトと位置づけている。トランプ大統領は「軌道に戻った」と言っても、それは3月頃までの合意できそうだった頃に戻ったという意味ではない。今後も、振り子は決裂の方へと振れていく可能性を頭から捨ててはいけないだろう。特に、中国の産業補助金の問題は、一朝一夕に解消されそうにない。

トランプ大統領には、2020 年秋の大統領選挙という弱点がある。習主席には時間をかける利点がある反面、トランプ大統領には時間をかけられないことが弱点になっている。

電撃会談の駆け引き

びっくり仰天とは、今回の第3回目の米朝会談のことを指すのだろう。トランプ大統領が29 日のAM8:00 すぎにツイッターで金正恩委員長を誘った。近くに寄ったから会いたいというのとは訳が違う。1回目がシンガポール。2回目がハノイ。その2回目は、金正恩委員長を手ぶらで返して、国内的には面子を潰した。事実上の決裂だ。だから、3回目は米大統領が自分から板門店へと出向いて、金委員長に会いたいとお願いしたのである。3回目の会談が僅か50 分間であっても、米大統領がお願いしたことに礼を尽くして応えたことに意味がある。こちらは文字通り、「軌道に戻した」と言ってよい。大きな価値がある。

少しうがった見方をすると、トランプ大統領は会談を事前に金委員長に伝えていたのではないかという憶測をたくましくすることも可能だ。

その場合であっても、トランプ大統領から金委員長にお願いをすることになり、それに応えた金委員長に貸しをつくることになる。いずれにしても、トランプ大統領が面目躍如となる代わりに、金委員長に対してトランプ大統領が貸しをつくったことになる。

では、なぜ金委員長が敢えて面会に応じたのか。ここが読み筋のポイントだろう。ここでトランプ大統領を立てれば、直前のテレビ討論会の民主党の候補者たちを出し抜いて、来年の大統領選を有利にできる。トランプ大統領は、バイデン候補などにこんな真似はできないだろうと言っているも同然だ。すると、トランプ再選の可能性は高くなる。金委員長は、敵に塩を送っている。つまり、2021~2024 年の次の大統領も、トランプ氏と組んで非核化を進めたいとメッセージを送っている。だから、北朝鮮の非核化を性急に進めてもらっては困ると伝えたいのだろう。

米朝関係が融和に傾くことは、ドル高円安の作用をもたらすだろう。米中会談も、ドル高円安への圧力となる。米利下げがドル安方向の流れをつくっているのに対して、歯止めをかける要因にもなる。

米中貿易戦争にもたらす効果

米中会談の方に話を戻そう。今回の新しい決定は、先に述べた①第4弾の制裁棚上げと協議再開のほかに、②ファーウェイへの米企業などの部品供給を認めることもある。これは、日本企業がファーウェイに部品供給を認めることも連想される点で、株式市場には大きなプラスと考えられる。ファーウェイ製品を買うことに慎重な姿勢が日欧で続くとしても、ファーウェイの事業活動には随分と大きな好影響が及ぶかもしれない。

もうひとつ、③米国で中国企業と中国人留学生を公平に扱うように、中国側から申し入れがあった。これが受け入れられたとすれば、その前提には米国からの技術盗用などを行わないことが確認されたと考えることもできる。米中間の知的所有権の問題を念頭に置いて、米国が容認になっていることがうかがえる。今後、米中の間では、少しばかり時間はかかるかもしれないが、お互いにルールを守り、フェアな活動をつくっていこうという方針の議論が進むことは長い目でみて歓迎される。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生