トランプ大統領が対中制裁関税の第4弾を9月から始めるとした。クリスマス商戦への打撃を考えると、FRBは躊躇なく利下げで迎え撃つことになろう。日本では、利下げ=円高への警戒論が強い。また、米利下げはバブル的変化にもつながっていくだろう。

米中関税競争
(画像=PIXTA)

霹靂と躊躇

米経済が再び暗雲に包まれてきた。トランプ大統領が対中制裁第4弾を切ってきたからだ。その発表は、まさに青天の霹靂。FRBが利下げした直後、8月2日(米国時間8月1日)に発表した。手前の利下げは、先行きにも続く長期サイクルの利下げではないと、少し突き放した姿勢でパウエル議長によって説明されていた。それが株式市場には消極的とみられていただけに、制裁第4弾のマイナス・インパクトは株価下落に拍車をかけた。

8月2日に発表された雇用統計は、前月比16 万人の非農業部門雇用者数の増加を示し、相変わらず全体として米経済が好調なことを裏付けていたと思う。それでも、製造業は米中貿易戦争の打撃がさらに大きくなっていくだろうという懸念は強い。

焦点は、FRBの今後の翻意に移っている。9月のFOMCに向けて、本腰を入れた追加利下げに変われるかどうかが衆目の関心になっている。日銀がよく使う言葉の通り、「躊躇なく金融緩和」できるかどうかがFRBには求められている。FRBが、躊躇すれば、株価下落は続くことになるだろう。

第4弾の重み

第4弾の悪影響が心配である。これから米国では、クリスマス商戦での消費拡大が期待される。第4弾は、これまで米国の消費者に対する影響を考慮して、身近な衣類、玩具、スマホ、PCなどを対象から外してきた。クリスマス・プレゼントの中に占める中国製品の割合は大きい。9月1日からそれらの中国製品に対して+10%の追加関税が課されると、さすがに米国の個人消費にも陰りがみえるかもしれない。値上げ圧力に対して、個人消費がどこまで旺盛でいられるのか。

これまでは、米株価上昇が購買力の拡大を支えてきた。5月初にもトランプ大統領は、第3弾の2,000 億ドルに対する追加関税を+10%から+25%へと引き上げてきた。これも、私たちに大きなショックを与えた。NY株価は一旦は急落したが、FRBが利下げに前向きになったことで盛り返す。その効果が、4~6月の小売売上高を好調なペースに変えたと筆者はみている。

第4弾の影響は、3,000 億ドルに+10%だから、300 億ドルの負担増という計算だ。第3弾は、2,000 億ドルに+15%だから、これも同額の300 億ドルの負担増。5月のインパクトは乗り切れたのだから、筆者はFRBが躊躇しなければ、利下げで乗り切れるという見方である。

追加関税は増税だ

FRBの金融政策は、物価上昇率がなかなか2%に届かないことに不安を感じてきているとされる。日本も欧州も、中央銀行が政策金利をマイナス域まで下げても物価をコントロールをできなくなっている状況に、多かれ少なかれ米国も似てきたという訳である。米国の完全失業率は歴史的な低水準である。雇用拡大すればいずれ賃金上昇へ、そして物価上昇へとスイッチしていく。現在、賃金の方は3%台まで上がっているが、物価上昇率は1%台で低迷している。

この謎を解く鍵は、トランプ大統領の関税である。追加関税が、消費者が負担する実質増税だとみれば、それで消費者の購買力が奪われて、ディマンド・プル型のインフレが起こりにくくなる。

トランプ大統領は、2018 年1月から大型減税を実施して、米経済を一時的に4%成長まで加速させる。それとは反対に、2018 年央から本格的に対中制裁を開始する。減税規模の方が大きいので、当初は追加関税の負担は見えにくかった。それが2018 年後半くらいから存在感を増してきたのである。

トランプ大統領の実質増税のマイナス効果が、賃金上昇の購買力を奪っていき、過去の経験則のように低失業であっても意外なほどに物価上昇が加速しにくい状況を生んでいる。

もうひとつ、追加関税には伏線がある。トランプ大統領は、中国製品に高関税をかけることで、競合する米企業を有利に導こうと考えた。実は、米企業を利する効果は少なかった。逆に、スマホなどがそうであるように、サプライチェーンの中から中国企業の供給を抜くことができずに企業活動の足を引っ張ることになった。トランプ増税が、米企業を打撃したことも、需要の悪化要因になる。ここには、中国が報復関税をかけることで米企業にダメージが加わる要因もあるだろう。

追加関税が増税だという理屈を知っていれば、その逆を行えば米経済は改善するだろう。関税の撤廃によって、米経済を刺激して、そのときはFRBは再び金利水準を正常化させる。米国は財政収支の改善にも取り組める。2020 年秋に、トランプ大統領が交代することになれば、その人物は経済政策において、とてつもないチャンスを握ることになる。

残念ながら、対抗馬になる民主党候補は混戦気味である。対中強硬姿勢でもトランプ追随の気配があり、筆者が考えるようなチャンスを活かせそうにはない。

歓迎されていない米利下げ

日本では、米利下げは円高要因として強く警戒されている。ドル金利低下=ドル安・円高という説明はわかりやすい。でも、FRBの利下げの恩恵を受けるのも日本経済であることを忘れてはいけない。

先述の通り、利下げは、トランプ大統領の追加関税の悪影響を減殺する役割を果たす。NY株価が持ち直せば、日本株もいくらか押し上げられる。米個人消費が拡大を続けることで、日本からの輸出も増える。円高による企業業績の悪化を、輸出数量増の効果が支えることになるだろう。

FRBの緩和が株価など資産価格を刺激することは、ドル買いの圧力を生み、長い目でみてドル高圧力に変わっていく。一旦は円高に振れても、少し時間が経つとドル高円安へと為替レートが移っていくことは、これまでにもあったことだ。筆者は、FRBの緩和が短期的に円高であっても、じわじわと円安方向に戻していく作用を持っていると考える。従って、過剰な円高警戒論には少し疑問である。

新たなバブル的変化への警戒

米利下げに反応して、米長期金利は低下している。これまで日欧の長期金利が極端に低下していたため、米長期国債の利回りが運用難の中でも魅力のある投資対象になっていた。世界的な超低金利下でもドル需要が相対的に強かった理由である。

では、米利下げによってこの構図は変わるだろうか。ドル金利の低下は、債券から株式への資金シフトを促す。そして、利回りの稼げる資産から、原油・金・ビットコインのような無利息の投資対象への資金シフトをも喚起するだろう。また、低格付社債への投資といったリスクプレミアムの縮小、リスク資産へのシフトも考えられる。

世界経済の成長が依然として力強いとき、あまりに予防的利下げに走ってしまうと、それがバブル的な資産価格の変動を生じさせる。

トランプ大統領は、FRBの政策運営にまでいちいち注文を出すようになった。これは、2020 年秋に大統領選挙を控えていることが原因である。FRBは、大統領の介入に動かされているとは思っていないだろうが、あの大統領が居るから早めに緩和カードを切った方がよいという発想に無意識のうちに傾いている可能性はある。

こうした政策バイアスが、次なるバブル的な資産価格の上昇へとつながっていくことに筆者は警戒感を持っている。すべては政治発の混乱を吸収したいとFRBが考えることが、余計な歪みを生じさせるのである。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生