要約

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)
  • 2020年の消費税率引き上げの影響による景気下押し圧力を底にして、2021年に向けて実質GDP成長率は+1%程度の潜在成長率を上回っていくだろう。更なる拡張的な財政政策と、国内のファンダメンタルが堅調なことで、引き上げの負の影響は前回と比較して限定されるだろう。安倍首相は、消費税率引き上げを過去のものとし、2021年の自民党総裁の任期末までの限られた時間において、デフレ完全脱却を含めた重視する政策の推進に集中していくことになるだろう。
  • 外需から内需主導の自立的な成長の形に進化しつつある。労働需給の逼迫が賃金上昇を加速させ、消費のしっかりとした回復が続くだろう。生産性向上の必要性、IT新技術の応用、都市再生関連、研究開発、利益率維持のための売上高拡大に向けて、設備投資が拡大するだろう。
  • 需要超過と賃金上昇を背景に物価は1%超へ緩やかに上昇幅を拡大するが、2%の日銀の物価目標達成はかなり先の2022年頃となろう。
  • 日銀は政府との合意で決定された2%の物価目標を堅持し、フォワードガイダンスで早期出口論を封印して、現行の金融緩和の枠組みを維持するだろう。メインシナリオではないが、必要になれば躊躇なく追加金融緩和に踏み切るだろう。長期金利誘導目標引き上げは、安倍首相が自民党総裁任の任期末を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばとなろう。
  • アベノミクスは国民に信任されている。構造改革を推進させつつ、安倍首相の自民党総裁の任期末までは生産性の向上への投資拡大とデフレ完全脱却を目指し、財政政策は緩和的になるだろう。景気拡大の実感が生まれ、内閣支持率は高水準を維持し、政治は安定を続けるだろう。
  • 企業活動の回復で企業貯蓄率も再低下していく中で、財政政策も緩和し、マネーが循環・拡大する力であるネットの資金需要が復活し、それを間接的にマネタイズする金融政策の効果も強くなり、ポリシーミックスとして、リフレの力が強くなるだろう。
  • アベノミクスの最大の成果である長期金利を上回る名目GDPの拡大が、円安を含め、デフレ完全脱却に向けたリフレの力を引き続き促進するだろう。リフレによる財政再建は成功しつつあり、政府債務残高のGDP比率はトレンドとして低下していくだろう。

コンセンサスと比較-実質GDP成長率はコンセンサスを若干上回る予想

  • 失業率の低下による賃金・内需の拡大と物価上昇の力をコンセンサスより強くみている。需要超過幅の拡大を背景に物価上昇率は1%超へ緩やかに拡大し、デフレからインフレへの変化が意識されるだろう。企業活動の回復で企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を破壊する力が消滅し、2%程度の失業率で、2%の物価目標は2022年に達成可能であると考える。
  • 日銀の長期金利の誘導目標引き上げの開始は、安倍首相が自民党総裁の任期末を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばとなるだろう。日銀は政府との合意で決定された2%の物価目標を堅持し、フォワードガイダンスで早期出口論を封印して、現行の金融緩和の枠組みを維持するだろう。企業活動の回復で企業貯蓄率も再低下していく中で、財政政策も緩和し、マネーが循環・拡大する力であるネットの資金需要が復活し、それを間接的にマネタイズする金融政策の効果も強くなり、ポリシーミックスとして、リフレの力が強くなるだろう。

成長-外需から内需主導の自立的な形に進化しつつある

  • 2019年末の消費税率引き上げの影響による景気下押し圧力を底にして、2021年に向けて実質GDP成長率は+1%程度の潜在成長率を上回っていくだろう。 2019年10月の消費税率引き上げは、雇用所得環境が改善しており、財政拡大で景気下押し圧力がオフセットされ、前回より家計負担と景気下押し圧力はかなり小さくなるだろう。労働需給の逼迫が賃金上昇を加速させ、消費のしっかりとした回復が続くだろう。構造改革を推進させつつ、安倍首相の自民党総裁の任期末までは生産性の向上への投資拡大とデフレ完全脱却を目指し、財政政策は緩和的になるだろう。国土強靭化の公共投資も増えよう。(4-6月期二次速報で過去の結果が大きく下方修正され、2019年の実質GDP成長率予測は+1.4%から+1.2%へ下方修正となった。消費税率引き上げの影響が残る2020年の+0.8%を経て、2021年には+1.3%へ再加速するだろう。)
  • 企業活動が強くなるだろう。内需の強さに加え、グローバルな景気回復と円安が企業活動を刺激し、労働需給の逼迫による生産性向上の必要性、IT新技術の応用、都市再生関連、研究開発、利益率維持のための売上高拡大に向けて、設備投資が拡大するだろう。企業の目線は、コスト削減から売上高拡大に転じつつある。外需と内需の回復はバランスし、純輸出の成長寄与度はほとんど無く、内需主導の自立的な成長の形に進化し、円安の力にもなっていくだろう。

図)実質GDP成長率と寄与度

実質GDP成長率と寄与度
(画像=内閣府、SG)

潜在成長率-しっかりとした上昇が確認でき、構造的な回復を示す

  • 潜在成長率はアベノミクスが始まる前の2012年の+0.8%から、+1.1%まで上昇している。政策や円安による短期的な回復だけではなく、構造的な回復が進行しつつあることを示している。上昇寄与の中身を見ると、労働投入量が-0.1%から+0.3%へ改善し、アベノミクスの成長戦略の柱である女性・高齢者・若年層の雇用拡大の寄与がかなり大きいことが確認された。バブル期以来のプラスに転じ、少子高齢化による長期低迷からの脱却を示す。
  • 深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、そしてコスト削減が限界になる中で、過去最高に上昇した売上高経常利益率を維持するための売上高の増加の必要性が、好調な経済ファンダメンタルズにともない企業の投資行動を刺激し、資本投入量の押し上げが強くなっていくだろう。AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5Gなどの新技術の応用も支えになる。完全雇用と需要超過の中で、生産性の向上を目指す投資活動が強くなることで、潜在成長率が更に上昇し、経済成長率が持続的に強くなる好循環が生まれるだろう。

図)潜在成長率と寄与度

潜在成長率と寄与度
(画像=内閣府、SG)

雇用環境-雇用環境の著しい改善がデフレ完全脱却への道を示す

  • 日本経済は生産・在庫サイクルより信用サイクルの影響を強く受けている。日銀短観中小企業貸出態度DIは、信用サイクルとして、雇用の拡大を牽引するサービス業の動向を表し、失業率に明確に先行する。DIは強力な金融緩和などでバブル崩壊後の圧倒的な高水準に到達し、信用サイクルは既に天井を打ち破った。DIは上昇トレンドを維持し、失業率は2%程度に低下を続け、賃金上昇が強くなることを示している。輸出を中心に生産・在庫循環を弱くなっても、景気拡大を続けられるように、外需の減速に対しての免疫力が強くなってきた。
  • 今のところマイナス金利政策の副作用は大きくなっていない。日銀は長期金利の誘導目標の引き上げはマーケットの予想より余裕をもって行えると考えているようだ。日銀の超低金利政策の長期化で金融機関の体力消耗という副作用が大きければ、DIが大きく悪化し、信用サイクルが腰折れる。DIが大きく悪化するようなことがあれば、デフレ完全脱却への道が閉ざされたことを意味し、日銀はマイナス金利政策の転換を迫られるだろう。

図)短観中小企業貸出態度DIと失業率

短観中小企業貸出態度DIと失業率
(画像=日銀、総務省、SG)

企業貯蓄率は低下していき、デフレ完全脱却への動きが再開するだろう

  • 企業活動は活性化しつつある。異常なプラスの企業貯蓄率が示す企業のデレバレッジとリストラが総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因となってきた。アベノミクスなどによる内需の回復、グローバルな景気回復、生産・在庫循環の好転、円安などにより、企業貯蓄率は低下トレンドにある。設備投資サイクルを示す実質設備投資のGDP比率はバブル崩壊後初めて16%の天井を打ち破り、企業の成長期待が上振れ始めたことを示す。設備投資サイクルのレンジの上振れがマーケット心理を著しく向上させるだろう。
  • 企業活動の拡大がデフレ完全脱却につながる。生産性と収益率の向上のため、キャッシュを投資に向ける必要性が認識され、企業貯蓄率の低下は加速するだろう。AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5Gなどの新技術の応用が研究開発を促している。遅れていた中小企業のIT投資も大きくなり、企業の設備投資計画は全般的に明確に拡大してきている。2021年までには、企業貯蓄率がマイナスの正常な状態に戻り、過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなり、政府がデフレ完全脱却宣言をすることになるだろう。

図)企業貯蓄率と設備投資

企業貯蓄率と設備投資
(画像=財務省、日銀、内閣府、SG)

アベノミクスのリフレの力であるネットの資金需要が復活へ

  • アベノミクスが2.0として再稼動するだろう。企業貯蓄率低下と財政政策の緩和によるネットの資金需要の復活が、マネーが循環・拡大する力として、アベノミクスのリフレの源であった。それが緊縮財政などで消滅し、リフレサイクルが弱体化し、アベノミクス1.0は終焉してしまった。再び財政政策が緩和に転じ、企業活動の回復による企業貯蓄率の低下と合わせて、ネットの資金需要が復活し、それを間接的にマネタイズする金融緩和の効果も強くなるだろう。
  • 円安・株高・物価上昇というアベノミクスの形が再生するだろう。ネットの資金需要は企業と政府の支出する力であり、失業率の低下とともに総賃金の拡大につながる。マネーの拡大でもあり円安の力にもなる。それでも、ネットの資金需要は景気・マーケットを過熱させる水準からはかなり遠い。バブル期とは違い、デフレ完全脱却後の金利上昇は緩やかで、日銀はゆっくりと金融緩和の修正をすることができるだろう。

図)ネットの国内資金需要

ネットの国内資金需要
(画像=日銀、内閣府、SG)

物価-労働需給逼迫と需要超過が物価を押し上げ始めている

  • 既にデフレではない状況までたどり着いた実感が生まれている。労働需給の逼迫による総賃金の拡大が消費需要を回復させつつあり、仕入価格の上昇などのコスト面からみた物価上昇圧力も着実に高まっている。総賃金の拡大と比較し物価上昇がまだ弱い状況が実質賃金の上昇につながり、消費需要を強くしていくだろう。潜在成長率を上回る成長の継続は需給ギャップを更に拡大し、需要超過が物価を強く押し上げ始めるだろう。
  • 企業は、生産性の向上への投資の拡大やビジネス・プロセスの見直しにより、賃金コストの上昇を吸収しようとしているようだ。労働需給の着実な引き締まりや高水準の企業収益に比べ、企業の賃金・価格設定スタンスはなお慎重な状態が続いている。企業貯蓄率のマイナス化と生産性向上を背景とする強い賃金上昇が政府のデフレ脱却宣言の必要条件だろう。総需要が強くなる中で、デフレ完全脱却に向けて物価上昇率は1%超へ緩やかに拡大していくだろう。2%の日銀の物価目標達成は、失業率が2.0%程度に低下する中での期待インフレ率の上昇を含めたフィリップス曲線の力が必要となり、かなり先の2022年頃となろう。

図)需給ギャップとコアCPI

需給ギャップとコアCPI
(画像=内閣府、総務省、SG)

表)日本経済見通し

日本経済見通し
(画像=SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司