シンカー:グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く現行の金融緩和の枠組みを維持しようとするだろう。財政政策の緩和による自動的な金融緩和効果の拡大への期待もあるだろう。日銀は、期限が半年を切る10月に、フォワードガイダンスを、現行の2020年春ごろから、長期化する可能性もあろう。9月にFEDが二回目の利下げをし、10月に消費税率が引き上げられた後、1日前のFOMCでの政策見通しを確認し、10月末の決定会合での展望レポートの改訂による先行きリスクの高まりの指摘とともに、フォワードガイダンスを、夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性への備えを含めた表現である2020年度末まで長期化するとみられる。日銀は、9月の決定会合で、「このところ、海外経済の減速の動きが続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、日本銀は物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつあると判断している。こうした情勢にあることを念頭に置きながら、日本銀行としては、経済・物価動向を改めて点検していく考えである。」ことを示し、警戒感を既に強めている。特に、グローバルに景気・マーケットの不透明感が強く、各国の中央銀行の利下げへの動きが円の先高観につながるリスクがある中で、物価安定の目標に向けたモメンタムの勢いがそがれて達成により時間がかかることを、フォワードガイダンスの長期化の理由とするとみられる。FOMC参加者の見通しでは2021年中には利上げに転じている可能性が示されている。日銀は、FEDの利上げ見通しが生まれるとみられる2021年初になっても、辛抱強く緩和政策を維持することを示し、ビハインド・ザ・カーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとするだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

9月18・19日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き、量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金残高の一部の金利を?0.1%程度、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した(7対2)。「政策金利については、海外経済の動向や消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも 2020 年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスも維持された。。

9月に追加金融緩和に踏み切らなかった理由は三つ考えられる。一つ目の理由は、日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気の減速に対して著しく頑強になってきているとの判断である。日銀は、8月の景気基調判断を、「輸出・生産や企業マインド面に海外経済の減速の影響がみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している」としている。需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という景気判断を維持するもとで、追加金融緩和は難しかったのだろう。更に、グローバルに景気・マーケット動向の不透明感が強かった2019年前半の潜在成長率(+1%程度)を上回る実質GDP成長率(年率+1.8%)は、ほとんどが内需の拡大の寄与(年率+1.5%)であったことは、内需の弱さからくる円高体質から日本経済が脱していることを示すのかもしれない。内需に対する自信は、政策委員の円高に対する恐怖心を軽減したのだろう。

二つ目の理由は、日銀がフォワードガイダンスで早期出口論を封じながら現行の金融緩和を継続していれば、自動的に緩和効果が強くなっていくメカニズムが存在することである。設備投資が拡大を始めたことにより企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、財政政策が緩和すれば、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支、マネー拡大の源)が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も強くなるとみられる。これまでは、企業の慎重な支出スタンスと財政緊縮によりネットの資金需要が存在せず、日銀の大規模な金融緩和の効果は限定されてしまっていた。グローバルに景気減速のリスクが高まっても、財政政策が拡大し、ネットの資金需要が復活すれば、日銀は現行の金融緩和策を維持しているだけで、金融緩和効果の拡大が見込める。政府は、「海外発の下方リスクに十分目配りし、経済・金融への影響を迅速に把握するとともに、リスクが顕在化する場合には、機動的なマクロ経済政策を躊 躇なく実行する」方針を決定し、10月の消費税率引き上げ後の景気下支えのためにも、来年初までには補正予算による経済対策を決定するとみられる。

三つ目の理由は、FEDの更なる利下げがあったとしても予防的なものであり、それ以降の景気モメンタムを改善させ、円高圧力は一時的と予想できることだ。既にマーケットはFEDの更なる利下げを織り込んで、米国の長期実質金利はマイナス化していた。FEDの更なる利下げの後、景気の持ち直しの可能性が意識されれば、異常であるマイナスの長期実質金利は修正され、緩やかにプラス幅を拡大していくだろう。実際に、米国の長期実質金利は既にプラス化している。この動きが続き、マーケットが日米の実質長期金利差の拡大に徐々に注目していけば、円安に転じ、2%の物価目標へのモメンタムは維持される。テクニカルな円高を短期的に受け入れることは、現行の金融緩和の枠組みが為替や貿易収支への影響を考慮したものではないことを証明し、9月末までには妥結するとみられる日米の貿易交渉などで日銀の金融政策が問題視されるリスクは軽減するだろう。

グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く現行の金融緩和の枠組みを維持しようとするだろう。財政政策の緩和による自動的な金融緩和効果の拡大への期待もあるだろう。日銀は、期限が半年を切る10月に、フォワードガイダンスを、現行の2020年春ごろから、長期化する可能性もあろう。9月にFEDが二回目の利下げをし、10月に消費税率が引き上げられた後、1日前のFOMCでの政策見通しを確認し、10月末の決定会合での展望レポートの改訂による先行きリスクの高まりの指摘とともに、フォワードガイダンスを、夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性への備えを含めた表現である2020年度末まで長期化するとみられる。日銀は、9月の決定会合で、「このところ、海外経済の減速の動きが続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、日本銀は物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつあると判断している。こうした情勢にあることを念頭に置きながら、日本銀行としては、経済・物価動向を改めて点検していく考えである。」ことを示し、警戒感を既に強めている。特に、グローバルに景気・マーケットの不透明感が強く、各国の中央銀行の利下げへの動きが円の先高観につながるリスクがある中で、物価安定の目標に向けたモメンタムの勢いがそがれて達成により時間がかかることを、フォワードガイダンスの長期化の理由とするとみられる。年末までにフォワードガイダンスを長期化のみの対応をする確率は60%程度とみられ、現在のところメインシナリオだ。FOMC参加者の見通しでは2021年中には利上げに転じている可能性が示されている。日銀は、FEDの利上げ見通しが生まれるとみられる2021年初になっても、辛抱強く緩和政策を維持することを示し、ビハインド・ザ・カーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとするだろう。一方、日銀が年末までにまったく動かない確率は10%程度とみる。

もちろん、ドル・円で100円を下回る加速度的な円高がグローバルな景気見通しの著しい悪化とともに起これば、2%への物価目標へのモメンタムが維持できないと判断し、日銀は追加金融緩和に踏み切る可能性はあるが、メインシナリオではないだろう。日銀は、「海外経済の動向を中心に経済・物価の下振れリスクが大きいもとで、先行き、物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」という方針を決定している。弱いリスクシナリオは、FEDの更なる利下げ後、FEDも景気・マーケットの状態がかなり悪いことを認めたと解釈され、利下げの長期間の継続と、それにともなうイールドカーブの更なるフラット化が起き、ドル・円が100円を割る円高が進行することだ。マーケットのリスクプレミアムが上昇し、株安が企業の心理を悪化させ、持続的な景気拡大がリスクとなる。日銀はETFの買い入れを増額する追加金融緩和に踏み切ることになるだろう。新たな緩和政策を維持するフォワードガイダンスも2021年度末まで長期化されるだろう。年末までに起こる確率は20%程度とみる。

強いリスクシナリオは、米中の貿易紛争の著しい悪化などで、FEDが予防的な利下げをしても、企業の心理の悪化が止まらずリストラモードに入り、米国経済が景気後退の様相を急速に呈することだ。日銀も、2%の物価目標に向かうモメンタムが失われるリスクが高まったと判断し、現行のイールドカーブコントロールの枠組みの下で追加金融緩和を決断することになるだろう。日銀は10年金利の「0%程度」とする誘導目標と20bp程度の上限を維持しながら、下限はフリーとするだろう。それと合わせて、財政拡大とのポリシーミックスの形にする必要もあり、長期国債の買い入れを必ず実施する最低額を設定し、マネタリーベースの持続的な増加に強くコミットメントするとみる。最低限の買い入れ額のみは、2%の物価目標達成まで維持するという新たなフォワードガイダンスを設定するだろう。年末までに起こる確率は10%程度だろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司