シンカー: 大きな国際経常収支黒字を抱える日本の中央銀行である日銀が、国内ファンダメンタルズが堅調であり、大きな円高になっていないにも関わらず本格的な追加金融緩和を行えば、国内ファンダメンタルズが弱いユーロ圏のECBも積極的な緩和を続ける中、米国政策当局はドルが「歓迎されない強さ」が続くという警戒感を抱く可能性がある。歓迎されないというのは、米国が実際にはユーロ圏や日本からデフレを輸入しているからだ。トランプ政権が重要視する貿易赤字の縮小の目標へも逆風となり、米国の財務省がドル安政策に本格的に転換するリスクが高まる。大幅な経常収支赤字の存在でその行動は正当化されるかもしれない。実際には、米国政策当局は冷静であるとみられるが、マーケットがそのようなシナリオの「世界通貨切り下げ競争」へのリスクを感じるだけで、マーケットの不確実性は著しく高まるかもしれない。または、次のFEDの利下げが「世界通貨切り下げ競争」への動きと解釈されるリスクがあるため、動きずらくなるかもしれない。万が一、「世界通貨戦争」を織り込むマーケットの動きになってしまった場合、FEDやECBの金融緩和に追随するという「ピア・プレッシャー」に負けて追加金融緩和を行ったとみなされる日銀が責任を追及される惧れもある。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・フォーカスの解説

●ドラギ総裁: 財政の支援が必要

任期満了まで1ヶ月を切ったECBのドラギ総裁はFTへのインタビューに対して、インフレ率押し上げのためにECBはさらに追加措置を(必要なら)行うが、それには財政政策による支援が必要と強調した。同氏は金利や資産買い入れ、フォワードガイダンスまで全ての手段を調整する用意があるとし、その上で政府が支出を拡大するならECBの責務遂行が大きく後押しされるだろうとしている。ただ、財政の支援がなければ現在の緩和環境が長期に渡る可能性があると指摘。市場では以前ドイツが財政拡大を示唆したことで利回りが大きく上昇したように、金融政策の効果に対して懐疑的な一方で財政に期待する動きが大きくなっているようだ。

●米国短期金利の上昇

米国のEFFR(実効FF金利)をはじめとするオーバーナイト金利は上昇傾向にあり、FEDの短期金利誘導能力が試されている。FEDは2018年からIOER(超過準備預金金利)と誘導目標上限のスプレッドを広げることで、EFFRをレンジ内に収めようとしてきた。さらに状況を打開するための手段としてセントルイス連銀はSRF(常設レポファシリテティ: STANDING REPO FACILITY)の創設を唱えており、FOMCでも議論されている。SRFはFEDが決められた価格で米国債を買い取ることを保証することで、金融機関が超過準備を積み上げずに短期金融市場に資金を供給し、短期金利の過度な上昇を防ぐことを目指すものだ。短期金利上昇の背景としては流動性比率規制(LCR)や自己資本負荷(CAPITAL SURCHARGE)といった規制により、インターバンク市場で資金を運用するよりも当座預金に預けておくほうが規制上の比率が好転することがあるとみられ、当座に預けておくインセンティブが強いことがインターバンク市場における需給ひっ迫の要因となっているようだ。

グローバル・レポートの要約

●グローバル・ストラテジー(9/27): 日銀が近々行うかもしれない追加緩和で、世界通貨戦争が激化する?

日本の動向には注目すべきだと、我々はずっと主張してきた。大方の注目は米国と欧州、金融市場の(下落可能性の)深さ、政治的な騒動、ますます低調になったユーロ圏の経済指標に集まっている。その結果、日本と中国の動向は投資家のレーダーから外れている。日銀はECBが直近に行った以上に緩和を行う可能性も否定できず、(グローバル通貨戦争~米国は敗れつつある~としてすでに明らかな)騒動がさらに拡大する引き金になるかもしれない。

●ドイツ経済(9/26):リセッションは「国内製」なのか

ドイツ経済の状況を示す直近のエビデンスをみると、リセッションは弊社見込みより深刻かつ長期化する可能性がある。第4四半期のGDP成長率は潜在成長率を下回る見込みで、その通りならば、2018年初め以降でドイツの経済成長が潜在成長率並みとなるのは、わずか2四半期となる。驚くべきことに、こうした弱さの大部分は国内要因からもたらされる可能性がある。即ち、2011年以降に労働コストが力強く上昇したことで、企業の収益性や競争力が損なわれたという図式だ。ドイツ経済が自動車セクターに根差すショックや外需低下に直面するにつれ、こうした要因(損なわれた収益性や競争力)が経済活動をさらに弱めるとみられる。

●英国経済(9/30):ブレグジット…帰国した首相が状況を混乱させる

英国のジョンソン首相は、議会閉会は無効という決定を最高裁判所が下した後にすぐ、ニューヨークから帰国した。最高裁は「(閉会は)違法であり無効」という。首相は、それを好意的に受入れるのではなく、下院で戦う方を選んだ。首相と法務長官は、戦闘的で非を認めないトーンだった。ジョンソン首相は選挙戦同様、「国民VS議会」という言葉を既に使っている。だが野党は、ヒラリー・ベン氏が提出・成立した法案である“BENN ACT”の下でブレグジット期日の延期が決まるまで、総選挙は認めないとみられる。これには、(10月19日までにEUと合意出来ない場合)首相が離脱期日延期を求める書簡を書くことが必要になる。ジョンソン氏は、そのつもりは無いという。また首相は合意の自信があるというが、説得力は無い。EUとの合意には遠いため、「合意が成立しない場合、ジョンソン首相が10月19日に何を行うか」が問題になる。彼が可能なのは、辞任か、何らかの「奇計」を企てることだ。首相自身が何と言おうとも、首相の戦略は乱雑で、イベントを形に出来る能力があるという証拠にはならない。このため弊社は、離脱延期を要請する必要性を避けるために首相が用意するかも知れない、新しい法的な仕掛けが成功することは、想定するべきではないと考える。それよりは(あくまで比較だが)首相が辞任を迫られる可能性の方が高い。

●インド経済(9/25):税制改革…悲観的な見方が一部緩和される

インドは最近数週間で、減速している景気を回復させる策を複数発表した。実質GDP成長率が前年同期比5%と、25四半期ぶりの低水準になっていることが背景。だが発表された策には望まれていたインパクトは無く、従来の避けられた決定を解消するに過ぎないとみられる。とはいえ政府は、一連の法人減税を発表して市場参加者の気持ちを温かくすることで、「一番良いところを最後まで温存した」とみられる。これは弊社が(グローバル・バリューチェーンとインドのつながりを強化する、土地改革や労働改革と共に)提唱している直接税改革(参照)に代わるものとみられるが、新政権の構造改革での大きな第一歩でもある。第1期モディ政権の終わりにかけて明らかにポピュリスト政策に転じた後に、財政赤字悪化に直面する中で、これは大胆な動きといえる。

●中南米経済(10/1):多くの国で、低成長により追加金融緩和の可能性が生じている

中南米の経済指標が先週大量に発表された。これを受けて弊社は今回、中南米の9月経済指標を要約した。1. 2019年第3四半期のGDP成長率は、速報値によると回復していた。だが成長ペースは依然としてスローで、見通しは貿易と投資に大きく左右される。2. アルゼンチンを除く中南米各国では、インフレ圧力は依然として弱い。このため、金融政策は引続き経済成長と密接にリンクして、世界的な金融状況がわりと緩和的なことをフル活用する方向になるだろう。

●債券市場(9/30):熊(弱気派)に与える餌はない

金利が今すぐ上昇すると考えるべき理由は見当たらない。金利が上向きに転じるまで、債券市場の弱気派はまだしばらく待たされることになろう。景気は弱い状態か、弱まりつつある。中央銀行はあと何カ月も緩和モードを維持するだろう。また、ロング・ポジションが過剰に積み上がっている確かな証拠もない。債券弱気派は金利上昇をひたすら待ちながら、それに備えた低コストの投資手法を見つけなければなるまい。

過去の翻訳レポートを弊社のリサーチサイト( https://insight.sgmarkets.com/#/page/japanese )に掲載しています。
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ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司