シンカー:日銀は引き続きマーケットの緩和期待などだけによる金利低下は容認しないスタンスをオペ減額などを通して明確にしている。足許の堅調な内需環境が維持される限り、日銀の政策スタンスが大幅に変わることはなく、マーケットは既に織り込んでいる緩和期待を修正することになるだろう。マーケットでは日銀の国債買入が今後、更に減少するとマネタリーベースが減少するとの観測が強まっている。しかし、日銀の保有国債の償還額を国債買い切りオペ額が下回っても、基本的にはマネタリーベースは減少しない。国債買入減額でマネタリーベースの拡大ペースは減速するが、国債買い入れは継続しており、また通貨供給と質的緩和(ETF買い入れなど)が継続すれば、マネタリーベースの拡大をは続くため、国債買入オペが更に減額されても、直ちにマネタリーベースが縮小し始める可能性は低いだろう。
●過度な警戒感が後退するとリスク資産へのフローが活発化するポテンシャルは残っているようだ
10月1日に消費増税が実施された。政府は今回の増税による景気減速を避けるために、税収以上の経済対策を実施している。また、消費増税による消費者や企業の景況感の悪化を避けるためにも、来年初めまでに更なる経済対策を実施する予定だ。経済対策を実施することで、ネットの家計の負担は軽減されている。また、前回の増税時より国内のファンダメンタルスは堅調であるなか、今回の消費増税前の駆け込み需要は前回の増税時ほど大きくない可能性がある。ただ、マーケットでは消費増税の悪影響に対する過度な警戒感が保たれているようだ。今後、消費増税実施後の経済指標が発表され、景気減速が一時的でまた前回より弱いことが明らかになる連れ、マーケットの日本経済の評価は好転するだろう。過度な警戒感が後退するにつれ、内外の投資家の国内リスク資産へのフローは活発化し、割安感が強い資産の価格修正は加速する可能性があるだろう。
●日銀はピアー・プレッシャーに負ける形での追加緩和に踏み切ることは無いだろう
グローバルに中央銀行がは利下げや緩和政策の再開などハト派色を強める中、日銀も追随する形で追加緩和に踏み切る可能性がマーケットでは注目されている。また、黒田総裁がインタビューでイールドカーブがよりスティープ化した状態が望ましいとの発言を受け、日銀の政策スタンスが変わってきているとの見方も強まっている。ただ、黒田総裁や政策委員の発言などを見ると、従来の政策スタンスから変わっていないと考えられる。一部の政策委員からは今後、物価は加速する兆候が見え始めているとの見方も出てきている。堅調なファンダメンタルスが維持され、物価動向も加速に向かっている中、日銀は追加緩和などに踏み切ることはないだろう。逆に堅調な内需環境が続く中、欧米の中央銀行を追う形での追加緩和に踏み切れば、マーケットや他国に為替切り下げ競争を始めたとみられるだろう。日米貿易合意で為替条項は見送られたが、今後、為替問題が焦点となることを避けるには、日銀はファンダメンタルスの動きで政策を決定しているとのスタンスをより明確にしないといけないだろう。また、日銀は引き続きマーケットの緩和期待などだけによる金利低下は容認しないスタンスをオペ減額などを通して明確にしている。足許の堅調な内需環境が維持される限り、日銀の政策スタンスが大幅に変わることはなく、マーケットは既に織り込んでいる緩和期待を修正することになるだろう。
●財政拡大の重要性に注目が集まる中、従来のイールドカーブの動きと景気サイクルの関係は崩れているかもしれない
景気後退懸念が続く中、金融政策だけでの景気刺激は限界に達してきているようだ。ECBやFedの政策関係者は金融政策だけでは足許の景気後退懸念を完全に払しょくすることはできないとのスタンスを示している。その中、財政政策の重要性はより注目を集めている。ドイツは長年堅持していた財政健全化スタンスを緩め、景気減速を避けるために財政拡大の可能性を探り始めたようだ。物価動向は金融現象であり、財政政策の動きは関係ないという古来の経済学の考え方は変わってきているようだ。学会でもMMTやFTPLなど財政政策がどのように物価動向に影響を与えるかが注目を集めている。景気減速懸念が長期化すると、財政政策による景気刺激を求める声は更に強まり、各国政府は財政拡大などに転じるプレッシャーは高まるだろう。財政政策が実質経済の加速・減速を調整し、金融政策が物価の加速・減速を調整するという形が変わってきているようだ。従来の景気サイクル後期に金融政策の先行き期待が織り込まれ、イールドカーブが逆転し、景気後退に突入すると金融緩和策が実施されるとの期待からイールドカーブがスティープ化するという従来のイールドカーブの動きが変わる可能性があるだろう。
●日銀が国債買入の減額を進めてもマネタリーベースが縮小することは無いだろう
マーケットでは日銀の国債買入が今後、更に減少するとマネタリーベースが減少するとの観測が強まっている。しかし、日銀の保有国債の償還額を国債買い切りオペ額が下回っても、基本的にはマネタリーベース(当座預金+銀行券発行残高と貨幣流通高)は減少しない。一般的に日銀が国債買入を増加するとマネタリーベースも増加するため、その逆も成り立つと考えられているようだ。ただ、日銀の保有国債が償還が直接マネタリーベースの減少につながるわけではない。例として、日銀の買い入れがないという前提を置いて考えれば、償還により日銀の保有国債が償還を迎えると、償還分の額が政府預金から引かれると同時に、日銀国債保有残高が減少する。政府預金はマネタリーベースに含まれないため、政府預金の動きでマネタリーベースが影響を受けることはない。一方、マネタリーベースが減少する可能性があるのは日銀の売りオペと政府の資金調達(借換債の発行など)だ。日銀が売りオペを実施した場合、金融機関が当座預金への預入を用いて国債を購入するため、当座預金を含むマネタリーベースは減少する。また、民間金融機関が当座預金の残高を使い、政府証券などを引き受けると、マネタリーベースは縮小する。だが、政府が調達した資金を財政拡大などで民間に支払えば、民間金融機関の当座預金に現金が還元されるため、マネタリーベースが減少するとは限らない。また、政府預金が不足した場合などに、日銀保有国債の償還のために資金調達を行った場合、マネタリーベースが減少することもあるが、現状の政府預金は十分あるため、このような理由でマネタリーベースが大幅に減少する可能性は低い。
国債の買い入れペースがマイナスになったとしてもマネタリーベースが縮小するとは限らないことが分かる。また、国債買入減額されると、マネタリーベースの拡大ペースが減速するが、国債買い入れは継続しており、また通貨供給と質的緩和(ETF買い入れなど)が継続すれば、マネタリーベースの拡大をは続くため、国債買入オペが更に減額されても、直ちにマネタリーベースが縮小し始める可能性は低いだろう。
図)従来の景気後退前にイールドカーブがスティープ化するという形は変わってきているかもしれない
図)今後、国債保有残高の変化とマネタリーベースの変化は乖離する可能性があるだろう
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司