(本記事は、加谷珪一氏の著書『“投資"に踏み出せない人のための「不労所得」入門』の中から一部を抜粋・編集しています)

※本書に記載した内容は、原則として2019年6月現在のものです。
※本書に示した意見によって読者に生じた損失について、著者および発行者は責任を負いません。

高級腕時計
(画像=PIXTA)

何でも買えるはずの富裕層がロレックスを好むワケ

資産額が大きくなってくると、ブランド物に対する価値観も大きく変わってきます。

高級時計はお金持ちの象徴とされてきましたが、最近はスマホの普及で時計を持つ人が減っているとも言われており、若い世代の富裕層の中には、時計などを一切身につけない人もいます。それでも、時計は富裕層を象徴する品物の1つであることに変わりはないでしょう。

高級時計がお金持ちの象徴とされるのは、時間を知るという行為に対して、多額のお金をかける必要性がないからです。

単純に時間を知るだけなら、スマホでよいですし、100円ショップで売っているデジタル時計でも事は足りるでしょう。時間を見る行為に100万円や200万円、場合によっては1000万円をかけることは、ある意味で馬鹿げた行為ですから、逆にこれができる人はお金持ちと見なされることになります。時計がお金持ちの記号として作用していることには、こうした背景があるわけです。

とはいえ時計も靴も、奮発すれば誰でも買うことができます。お金がない人でも、少し無理して高級時計を身に付けたり、高価な靴を履くことで、お金持ちに見られるのなら買う価値はあるでしょう。そうなってくると、本当のお金持ちは、さらに稀少価値が高く、手に入らない時計を持ちたいのではないか。こうした考え方が台頭してきたことで、従来の常識をはるかに超える極めて高価な時計も登場しています。

しかしながら、こうした超高級ブランドが台頭しているにもかかわらず、お金持ちの間では相変わらずロレックスなど、従来型の高級時計も根強い人気となっています。超高級時計も買うことができるほどの富を持っているにもかかわらず、一部の富裕層はなぜ従来型の高級時計を好むのでしょうか。実はこうした従来型ブランドは、富裕層にとって1つの投資対象となっているからです。

いくら価値がなかなか下がらない高級時計とはいえ、中古品はあくまで中古品ですから、新品と比べればその価値は低下します。高級時計は、株式や不動産、債券といった金融商品の代わりにはならないと思ってよいでしょう。

ところが、すでに多くの資産を持ち、それを増やすことよりも守ることを重視する資産家にとっては、場合によっては高級時計も投資のポートフォリオになります。彼らは非常時における資産の保全にまで気を回しているからです。

一生働かなくても生活できる資産を持った人が、次に考えるのは、資産の長期的な保全であり、特に子供がいる場合にはその傾向が顕著となります。何らかの非常事態が発生しても、資産が残るようにしたいと切実に考えるようになるのです。

平和に見える日本でも、つい70年前には戦争による国家破たんでハイパーインフレが発生し、現金は一瞬で紙くずになってしまいました。確率が低いとはいえ、この先どのような非常事態があるのか誰にも分かりません。富裕層の一部は、お金を持てば持つほど、資産の一部を現物にしておきたいという欲求が強くなってくるのです。

実際、日本よりも政府が信用できない中国では、貴金属に対するニーズが極めて強いという特徴があります。それはお金持ちの象徴として見せびらかしたいという欲求もあるのでしょうが、非常時における資産保全手段でもあるのです。

ここで重要となってくるのが、流動性という概念です。

いくら高価で価値が落ちないものであっても、世間に広く出回っていなければ、どこでも換金するというわけにはいかなくなります。実際に、極めて高価な高級時計をショップに持ち込んでも、在庫負担が大きいなどの理由で断られてしまうことがあります。

このような時、安心感が高いのが、多くの人が買いたがるメジャーブランドです。たとえばロレックスなら、どんな店でも買い取ってくれますし、買い取り価格も相場が安定しています。極論すれば路上で売ることもできるでしょう。中国の資産家がことさらにロレックスを好むのは、こうした理由もあるのです。

金融商品でも同じことですが、価値を維持するために必要なのは稀少価値だけではありません。いつでも売り買いができるという流動性が、強い武器になるのです。特殊なデザインをふんだんに使った5億円の戸建て物件よりも、利便性の高い場所にある1億円のマンション5室の方が、資産としての実質的価値は高くなります。

高級時計に積極的にお金を投じても、資産価値が増えることはほとんどないので、お金のない人が投資目的で高級時計を買うことはほとんどお勧めできません。しかし、一定の資産を持つ人で、非常時も含めた資産の保全という視点を持つのであれば、高級時計は1つの投資対象なのです。

“投資”に踏み出せない人のための「不労所得」入門
加谷珪一(かや・けいいち)
経済評論家。宮城県仙台市生まれ。 1993年東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は、「現代ビジネス」や「ニューズウィーク」など数多くの媒体で連載を持つほか、テレビやラジオなどでコメンテーターを務める。億単位の資産を持つ個人投資家でもある。
お金持ちの実像を解き明かした著書『お金持ちの教科書』(CCC メディアハウス)はベストセラーとなり、「教科書」と名の付く書籍ブームの火付け役となったほか、法科大学院の入試問題に採用されるなど反響を呼んだ。
主な著書に『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SB クリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCC メディアハウス)、『戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。

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