シンカー:日銀は10月31日の金融政策決定会合で、「海外経済の減速の動きが続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつある」と判断した。そして、「海外経済については、成長ペースの持ち直し時期がこれまでの想定よりも遅れるとみられる」と判断した。海外経済の持ち直しの遅れなどを理由に、フォワードガイダンスを変更した。新たなフォワードガイダンスは、「「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」とされた。グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く金融政策の緩和バイアスを維持しようとしている。フォワードガイダンスの期限は削除されたが、緩和バイアスが明確化された分、事実上、期限は延長されたことになる。2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性が後退するまで、政策スタンスが維持されることを示唆するとみられる。メインシナリオとしては、実際には海外経済の持ち直しがいずれ進み、日銀が追加金融緩和に追い込まれることはないと予想する。2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくと考える。日銀は、「海外経済の減速の国内需要への影響は、限定的なものにとどまると見込まれる」と判断している。リスクシナリオとして、この判断が、国内需要の下振れのリスクが大きくなっていると変更された場合、フォワードガイダンスに示唆される追加金融緩和が実施されるとみられる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

10月30・31日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金の政策金利残高の金利を?0.1%、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した(7対2)。一方、フォワードガイダンスは、「「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」へ変更した。これまでは、「海外経済の動向や消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも 2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」としていた。政策スタンスが緩和バイアスにあることを明確にした。期限は削除されたが、緩和バイアスが明確化された分、事実上、期限は延長されたことになる。

グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く金融政策の緩和バイアスを維持しようとしている。財政政策の緩和による自動的な金融緩和効果の拡大への期待もあるだろう。日銀は、9月の決定会合で、「このところ、海外経済の減速の動きが続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、日本銀行は物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつあると判断している。こうした情勢にあることを念頭に置きながら、日本銀行としては、経済・物価動向を改めて点検していく考えである」ことを示し、警戒感を強めていた。今回の決定会合で日銀は、「海外経済の減速の動きが続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつある」と判断した。そして、「海外経済については、成長ペースの持ち直し時期がこれまでの想定よりも遅れるとみられる」と判断した。海外経済の持ち直しの遅れなどを理由に、フォワードガイダンスの変更を決断した。メインシナリオとしては、実際には海外経済の持ち直しがいずれ進み、日銀が追加金融緩和に追い込まれることはないと予想する。2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくと考える。

10月のFOMCでは、「適切な金利パスを見極めるに当たり、経済の見通しについて今後もたらされるデータの意味を注視する」とされ、必要となれば更なる緩和があることを示唆した。日銀もフォワードガイダンスに、必要となれば更なる緩和があることを盛り込み、政策スタンスが緩和バイナスであることを明確にした。事実上、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性が後退するまで、政策スタンスが維持されることを示唆するとみられる。日銀はリスクをとるのであれば、マイナス金利政策の深堀りなどの副作用が懸念されるものではなく、マーケットの予想以上に大胆にフォワードガイダンスを変更することを選択したとみられる。日銀は、FEDの利下げ局面が終わって再利上げ見通しが生まれる始めるとみられる局面まで、辛抱強く緩和バイアスを維持することを示し、ビハインド・ザ・カーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとしているのだろう。

フォワードガイダンスの変更を除き、本格的な追加金融緩和に踏み切らなかった理由は三つ考えられる。一つ目の理由は、日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気の減速に対して著しく頑強になってきているとの判断である。日銀は10月の展望レポートによる景気基調判断は、「輸出・生産や企業マインド面に海外経済の減速の影響が引き続きみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している」とした。「引き続き」という新たな文言で長引いていることを表現した以外、変更はなかった。10月の日銀支店長会議でも景気判断を下方修正する地域はなかった。日銀短観が大企業製造業業況判断DIがプラスを維持したことを含め、内需を中心に堅調な結果であった。ドル・円も企業の想定レート近辺で推移し、強い円高トレンドには入っていない。政井日銀審議員は9月25日の講演で、「物価安定の目標2%の実現にはなお距離はあるものの、それに向けたモメンタムが再び強まる兆しがみられる。企業や家計の価格上昇に対する耐性の向上や、予想物価上昇率の一層の上昇にも繋がり得る重要な局面に近付きつつある。」と指摘している。今回の決定会合でも、「モメンタムが損なわれる惧れについて、一段と高まる状況ではない」と判断している。

10月の展望レポートでは2020年度の成長率・物価見通しは0.2%ずつの小幅な下方修正にとどまった。結果として、需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という景気判断を維持するもとで、本格的な追加金融緩和は難しかったとみられる。更に、グローバルに景気・マーケット動向の不透明感が強かった2019年前半の潜在成長率(+1%程度)を上回る実質GDP成長率(年率+1.8%)は、ほとんどが内需の拡大の寄与(年率+1.5%)であったことは、内需の弱さからくる円高体質から日本経済が脱していることを示すのかもしれない。内需に対する自信は、FEDとECBの金融緩和に伴う円高のリスクに対する政策委員の恐怖心を軽減しているだろう。日銀は、「海外経済の減速の国内需要への影響は、限定的なものにとどまると見込まれる」と判断している。リスクシナリオとして、この判断が、国内需要の下振れのリスクが大きくなっていると変更された場合、フォワードガイダンスに示唆される追加金融緩和が実施されるとみられる。

二つ目の理由は、日銀がフォワードガイダンスで金融政策の緩和バイアスを継続していれば、自動的に緩和効果が強くなっていくメカニズムが存在することである。設備投資が拡大を始めたことにより企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、財政政策が緩和すれば、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支、マネー拡大の源)が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も強くなるとみられる。これまでは、企業の慎重な支出スタンスと財政緊縮によりネットの資金需要が存在せず、日銀の大規模な金融緩和の効果は限定されてしまっていた。グローバルに景気減速のリスクが高まっても、財政政策が拡大し、ネットの資金需要が復活すれば、日銀は現行の金融緩和策を維持しているだけで、金融緩和効果の拡大が見込める。政府は、「海外発の下方リスクに十分目配りし、経済・金融への影響を迅速に把握するとともに、リスクが顕在化する場合には、機動的なマクロ経済政策を躊躇なく実行する」方針を決定ている。10月の消費税率引き上げ後の消費者心理の悪化のリスクに起因する景気下支えのためにも、台風の被害の復旧策と国土強靭化の促進を含め、来年初までには政府はGDP対比1%程度の追加経済対策を実施するとみられる。

三つ目の理由は、マーケットが考えるより、マネタリーベース拡大のコミットメントを維持しながらでも、日銀の国債買い切りオペの減額余地は小さくなく、イールドカーブをスティープ化させることはできるとみられることだ。9月25日に黒田日銀総裁は記者会見で、「金融緩和効果という意味では、短中期の金利が非常に重要であり、他方で、超長期の金利が下がり過ぎると、金融緩和効果よりもむしろ、年金とか生保の運用の低下を通じて、消費者マインドが冷えてしまうと、かえってマイナスになってしまう」と指摘している。増加している日銀の保有国債の償還額を、国債買い切りオペ額が下回ってしまい、保有国債残高が減少しても、日銀の政府預金の取り崩し、償還分の短期国債引き受け、政府短期証券買い切りの増加による保有国債のデュレーションの短期化、銀行券発行残高の増加、他の資産買い入れ、貸出支援基金など、マネタリーベースを増加させるバッファーがある。マイナス金利政策を深堀りすれば、長短金利差という意味でのイールドカーブはスティープ化するかもしれないが、超長期金利の水準は低下してしまうだろう。民間銀行は、国民から強い批判を受けるリスクのある家計預金へのマイナス金利の適応は難しく、マイナス金利で大きな資金調達ができるわけではなく、収益基盤には更に逆風となるだろう。既存の貸出がロールオーバーされる時の見直しで、金利水準が信用リスクを十分に織り込めないほど更に低下することにもなる。マイナス金利を深堀し、金融機関の収益基盤の悪化が注目された場合、企業は貸出態度が厳しくなるだろうと警戒し、内需の強さの源である強い信用サイクルが腰折れてしまうリスクもある。

表)日銀政策委員の経済・物価見通し

日銀政策委員の経済・物価見通し
(画像=日銀、SG)

表)日銀政策委員のリスク評価

日銀政策委員のリスク評価
(画像=日銀、SG)

図)日銀短観中小企業貸出態度DIと失業率

日銀短観中小企業貸出態度DIと失業率
(画像=日銀、総務省、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司