本記事は、福島良治氏の編著書『図説 金融ビジネスナビ2020 情報リテラシー向上編』(きんざい)から一部を抜粋・編集しています
シリーズ
金融政策を理解しよう
国の経済運営の手段は、大きく財政政策と金融政策に分けられます。財政政策の主体が公共事業等を行う政府であるのに対し、金融政策は、中央銀行である日本銀行が政策の主体となっています。
日本銀行の行う金融政策は、物価の安定や持続的な経済成長、金融システムの安定などを目的としています。金融政策とは、短期・長期の国債の売買等による公開市場操作(オープン・マーケット・オペレーション)などの手段を用いて、金融市場を通じて資金の量や金利に影響を及ぼし、通貨および金融の調節を行うことです。
金融政策は時々の景気動向や将来の見通しに応じて変更されますが、それは短期金利に対する影響にとどまらず、長期金利や株価、為替レートなどにも大きな影響を及ぼします。日銀の金融政策がマーケットに与える影響は、近年大きくなっており、これについて正しく理解することが大切です。
金融機関に勤める者にとっては、金融マーケットの日々の動きは常にウオッチしておく必要があります。ここでは、外国為替レート(対ドル円レート、国内金利、国内株式の価格変動メカニズムについてみてみましょう。
公定歩合いまむかし
かつて、日銀の金融政策の具体的手法として、公定歩合操作、預金準備率操作、公開市場操作の三つがありました。公定歩合は、現在では「基準割引率および基準貸付利率」と呼ばれ、日銀が民間銀行に貸出しを行う際のレートで、2019年5月現在0.30%の水準ですが、銀行にとって現在はもっと低い金利で資金調達可能なので、コスト効果よりも日銀がこれを動かしたときのアナウンスメント効果のほうが大きいといわれています。
かつては、金融機関の預金金利や貸出金利が公定歩合に連動していたため、公定歩合を引き上げたり引き下げたりすることを通じて、これらの金利に直接働きかけることが、金融政策の最も基本的な手段となっていました。
現在では、2001年3月に導入されたロンバート型貸出制度(補完貸付制度)(金融機関が、あらかじめ差し入れた担保の範囲内で日銀から借入れを行うことができる制度)に適用される金利となっており、金融市場における短期金利(コールレート)の変動に上限を画する機能を担っています。
なお、準備預金制度における準備率は、1991年からまったく変更されていません。
現在の金融政策=公開市場操作
21世紀の今日では、公開市場操作が金融政策の主要手段となっています。すなわち、日銀が金融市場において国債などを売買すること(オペレーション)を通じて資金の供給や吸収を行い、金融機関が日銀に保有する当座預金の総量を増減させることです。
たとえば、金融機関が保有している国債を日銀が買えば、代金をその金融機関に支払うので、資金を供給することになります(資金供給のためのオペレーション)。逆に、日銀が保有している国債を金融機関に売れば、資金を吸収することになります(資金吸収のためのオペレーション)。
日銀は、このように公開市場操作を主たる手段として、短期金融市場の資金量を調節することによって、金融市場調節方針によって示された通貨量や短期金利(具体的には無担保コール翌日物レート)の誘導目標を実現しています。
このように形成された短期金融市場の金利が、他の金融市場の金利や金融機関が企業や個人に貸し出す金利などに波及し、その結果、経済活動全体に金融政策の影響が及んでいくのです。
最近の金融政策の動向
日本銀行が行う金融政策は、毎月1〜2回のペースで開かれる日本銀行政策委員会による「金融政策決定会合」によって決定されます。
長く続くデフレから脱却するため、日銀は、無担保コール翌日物レートをゼロに誘導する金利政策や、通貨供給量を増加させる量的緩和政策など、さまざまな金融緩和を行ってきました。
しかし、こうした政策の積み重ねによってもなかなか結果が出なかったことをふまえ、2013年に日銀総裁に就任した黒田氏は、政府のアベノミクスと協調して日銀のもつすべての力を一挙に動員することが必要だとして、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現し、これを安定的に持続するため、「量的・質的金融緩和」をいままでにない「異次元の緩和策」と銘打って導入しました。
質的金融緩和とは、日銀が国債だけではなくETFなどのさまざまな金融資産を買い入れることです。しかし、消費者物価指数の2%上昇が達成できない状況が続いたことから日本銀行は2016年1月、これまでの量的・質的金融緩和政策に「マイナス金利」という新しい手法を追加し、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入しました。金融機関が日本銀行に有する当座預金の一部に「マイナス0.1%」の金利をつけるのです。
また日銀は同年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。短期のマイナス金利に合わせて、10年物国債の金利がおおむねゼロ%程度で推移するように買入れを行うことなどです。
さらに2018年7月、政策金利のフォワードガイダンス(将来の方針を表明すること)の導入により物価安定に対するコミットメントを強めることにし、2019年4月に今後の経済・物価の不確実性をふまえ、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを決定しました。
なお、マイナス金利の影響で貸付金利が低下したため、金融機関の収益が厳しくなっていることには注意が必要です。
金融・証券市場に与える影響
公開市場操作は、日本銀行による市場介入といえるもので、短期金融市場は日銀の政策スタンスが如実に表れる場です。
買いオペが頻繁に行われている状況であれば、市場に資金が放出されているわけですから金利低下要因となります。逆に、売りオペが頻繁に行われている状況であれば、市場から資金が吸収されているわけですから金利上昇要因となります。
こうした日銀による公開市場操作の状況は、日経新聞のマーケット面にも載りますし、日銀のホームページにも掲載されています。 日銀の金融政策のスタンスを確認し、金利をチェックすることで、今後の市場動向を予想してみるのもいいでしょう。
日銀の金融政策では、長期国債の買入れも行われています。公開市場操作と合わせた効果として、一般に、日銀が金融緩和政策をとると長期金利は下がり(債券価格は上昇)、金融引締政策をとると長期金利は上がり(債券価格は下落)やすくなります。
また、日銀は、2010年から長期国債以外の資産、すなわちETF、J-REIT、CP、社債等についても買入れを進めています。たとえば、ETFの保有残高が、年間約6兆円に相当するペースで増加しています。これによって東京株式市場では、買い手としての日銀の存在感が増しています。