シンカー:現在、貿易紛争、不安定なマーケット動向、そして2%の物価目標が遠のく中で日銀の金融政策のわかり難さなどもあり、マーケットは道に迷ってしまっているように思われる。そのような時こそ、デフレ完全脱却に至るメインシナリオと、失敗しデフレの闇に再び飲み込まれるリスクシナリオへの行方を左右する道筋を示す地図を持ちながら歩んでいくことが極めて重要である。安倍首相の自民党総裁としての最終任期までの2年間で、政府・日銀はデフレ完全脱却に向けて経済政策のラストスパートをかけていくことになる。引き続き経済政策の軸は、三本の矢(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)のアベノミクスだ。政府・日銀の2%の物価上昇率を目指す共同目標が達成されるためには、三つのサイクルのすべてが天井を打ち破らなければならない。信用サイクル、投資サイクル、そしてリフレサイクル、この三つのサイクルが道筋を示す地図となる。緩和政策を躊躇するなどして、この三つのサイクルの一つでも腰折れてしまえば、日本経済はまたデフレの闇に飲み込まれてしまうことになるだろう。グローバルに景気・マーケットのリスクが大きくなっているのも事実だ。三つのサイクルはデフレ完全脱却に向けて、引き続き上向いている。三つのサイクルがすべて天井を打ち破るまでは、三本の矢を一つも欠かすことなく放ち続けることが必要だろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

1)信用サイクル

大胆な金融政策で、信用サイクルの天井をまずは打ち破った。

日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIは+20程度となり、バブル崩壊後の最高水準まで既に上昇し、安定している。

信用サイクルの大きな上振れにより、名目GDP成長率を長期金利を上回る水準に押し上げることにバブル崩壊後初めて成功した。

企業活動が刺激され、失業率が2%台まで低下し、人手不足感と賃金の上昇が生まれた。

信用サイクルの天井を打ち破ったという意味で、現行の大胆な金融政策の効果を否定することはできないだろう。

金融緩和の状態をできるだけ維持し、副作用の発現を避けながら、強い信用サイクルを維持し続ける必要がある。

一方、超低金利政策の副作用などで、金融機関の経営状態が悪化し、それを懸念した企業が貸出態度に対して懸念を感じ始めれば、信用サイクルは腰折れてしまうリスクとなる。

2)設備投資サイクル

経済ファンダメンタルズの改善と民間投資を喚起する成長戦略が徐々に効果を発揮し、投資サイクルもようやく天井を打ち破った。

実質設備投資の実質GDP比率は16%を上回り、バブル崩壊後の最高水準までようやく上昇した。

AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5Gなどの新たなテクノロジーへの投資も追い風だ。

設備投資サイクルが上方シフトしているように見えることは、企業の期待成長率とインフレ期待が上がってきたことを意味するのかしれない。

16%の天井をなかなか打ち破れなかったことが、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっているプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。

景気拡大を促進する経済政策と成長戦略を更に推し進め、企業心理を刺激し、企業貯蓄率が低下を続け、正常なマイナスの領域に戻り、総需要を破壊する力が払拭されればデフレ完全脱却となる。

3)リフレ・サイクル

物価上昇率が2%へ向けて強くなっていくことを妨げていた弱かったリフレサイクルが、上振れに向けて動き始める可能性が出てきた。

企業貯蓄率と財政収支の合計で貨幣経済・マネーの拡張(リフレサイクル)を左右するネットの資金需要(GDP対比、マイナスが強い)が、2014年度以降の消費税率と社会保険料引き上げなどの財政緊縮により、消滅してしまっていた。

プライマリーバランスの黒字化目標が2020年度から2025年度まで先送りされ、安倍首相の自民党総裁としての最終任期までの2年間は、目標に抑制されず、デフレ完全脱却を目指し財政政策を拡大することができるようになった。

信用サイクルと投資サイクルが上振れたことで企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、財政政策が緩和すれば、ネットの資金需要が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も強くなるとみられる。

企業と政府の資金を使う力であるネットの資金需要は2%台の失業率の中で家計の所得を拡大するとともに、マネーの拡大は円安・株高・物価上昇のデフレ完全脱却への動きを後押しするとみられる。

信用サイクルと投資サイクルに続き、財政政策の緩和によってネットの資金需要が左右するリフレサイクルが天井を打ち破れば、政府・日銀の2%の物価上昇率を目指す共同目標が達成され、デフレを完全に脱却する可能性が飛躍的に高まることになろう。

これまで最も足りなかったのは、リフレサイクルの腰折れの原因となっていた財政政策の緊縮から拡大への転換であったと考えられる。

図)信用サイクル(短観金融機関貸出態度DI)

図)信用サイクル(短観金融機関貸出態度DI)
(画像=日銀)

図)設備投資サイクル(設備投資のGDP比率)

図)設備投資サイクル(設備投資のGDP比率)
(画像=内閣府、日銀、SG)

図)リフレ・サイクル(ネットの資金需要)

図)リフレ・サイクル(ネットの資金需要)
(画像=内閣府、日銀、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司