ユーザーとの接点の品質や魅力を上げる:クリエイター
クリエイターは、顧客が「目で見て」「指で触れて」「耳で聞く」領域を整えて体験価値を出せる人材を指す。このような領域をUI(ユーザーインタフェース)およびUX(ユーザーエクスペリエンス)と呼ぶ。UIやUXを扱えるクリエイター人材を他の職種名で呼ぶとすれば、Webデザイナー、グラフィックデザイナー、イラストレーター、プロダクトデザイナー、動画クリエイター、コピーライター・編集者といった人材が近い。
このクリエイター人材は企業にとって今後非常に重要な存在になる。デジタルシフト時代においては、顧客は全員、デジタル機器から企業情報やサービスにアクセスする。顧客はPCやスマートフォンの画面から商品の情報を収集し、購入し、決済する。つまりは、先に挙げたUIが極めて重要なタッチポイントとなる。たとえ店舗やアミューズメント施設などのリアルな空間であっても、そこではタッチパネルが使われる。そうなると画面にどんな要素をどう配置して、どう美しく見せるかというUIのデザインが企業価値や商品価値を決定することになる。
特にネット通販の世界においては、Webサイトやアプリの使い勝手が良いか悪いかで売上が大きく左右される。そのためUIのデザインや使い勝手をどうするかという観点からさらに広げて、Webサイトやアプリを通じてどうユーザーに良好な体験をさせるかというUXの概念で議論されるようになってきた。
多少地味に思える社内用の業務システムであっても、近年はUIのデザイン性が強く求められている。操作画面の分かりやすさや使い勝手が、社員の業務効率を大きく左右するためだ。
総じて、クリエイターの力いかんで企業価値や業績が大きく左右される時代に突入したと言える。経営者は今こそクリエイティブの力に注目すべきである。これはいくら強調してもし足りない。
UIやUXに加えて、近年注目すべきは動画である。インターネットでは動画広告が話題の中心である。また街や駅、電車内やタクシー車内ではデジタルサイネージによる動画広告が目に付くようになってきた。今後のIoT時代は様々な場所で動画に自然に接する機会が増加するだろう。動画はおしなべて静止画よりもインパクトが強く、視聴者の目を引きやすい。
モバイル通信の技術はあと数年もすれば5G(第5世代移動通信システム)に移行する。5Gであればスマホなどでも光ファイバー並みの高速通信が可能になる。5Gがやってきたとき、企業のマーケティング手段は動画などのリッチメディアに移行することになる。動画を制作するに当たっては、限られた尺(動画の時間的長さ)においていかに必要なメッセージを凝縮させられるかが勝負となる。腕のあるクリエイターは企業価値を高めるため、これから引く手あまたとなるだろう。
企業とクリエイターの関係を見ると、これまで自動車のデザイナーなどは商品価値を大きく左右する役割として重要視されてきた。今後あらゆる事業がデジタルシフトする中、特にBtoCの事業を手がける企業においては優秀なクリエイターの存在が欠かせなくなるだろう。
なお、CCO(最高クリエイティブ責任者)は、このクリエイターが成長した姿であり、役職上一番上にポジショニングされるクリエイティブの総責任者である。
デジタル時代の収益構造を設計する:ビジネスプロデューサー
最後に挙げるのは、デジタル時代にマッチしたビジネス設計を手がける人材、ビジネスプロデューサーである。デジタルシフトを牽引する総合プロデューサー、総責任者と言っても良いだろう。デジタルシフトの成否を負うため、責任は極めて重い。
ビジネスプロデューサーに求められる能力は多岐にわたるが、欠かせないのが外部環境の情報収集と分析だ。「デジタル新勢力」と言われる企業群の動向をしっかり把握しなければならない。デジタルシフト時代においては大抵の場合、既存の競合企業とは全く異なるデジタル新勢力が競合になるケースが多い。今は競合に思えなくても、彼らの打ち手次第で突如競合に早変わりするのだから始末が悪い。
アマゾンのことを当初は書店くらいにしか脅威に感じていなかった経営者は多いはずだ。気付けばすべての小売店が大きな影響を受けるようになり、数多くの小売店が倒産や閉店に追い込まれてしまった。今後は全く違う業界が大きな脅威にさらされることになる。
今、これと同じ構図がウーバーを中心に起きつつある。ライドシェアサービスのウーバーの台頭を見て、タクシー業界は戦々恐々としている。ほとんどの業界は「対岸の火事」とばかりに、脅威の認識はなかっただろう。ところが、外食の宅配サービス「ウーバーイーツ」が普及しつつある今、外食産業や宅配業界にも多大な影響が及びそうだという認識が強まっている。
このように予測不可能な競合が突然目の前に現れるのが、このデジタルシフト時代の恐ろしいところである。そのためビジネスプロデューサーは、常にデジタル業界の変化を察知しておかねばならない。
そして、最も重要な業務はデジタル時代に合ったビジネスモデルを開発、構築することである。デジタルの世界においては「サブスクリプション」や「フリーミアム」など、これまでにない新しいビジネスモデルが次々と生み出されている。また、「MAU(月間アクティブユーザー)」「チャーンレート」といったネットならではのKPIも次々と設定されている。さらには、シェアリングエコノミーやブロックチェーンなどのデジタルの大きなうねりに合わせたビジネスがどんどん生まれている。これらの情報を収集し、特性を研究し、自社のビジネスに適用できるようにするのだ。
ビジネスプロデューサーにはマネジメント能力も欠かせない。新しいデジタルビジネスを興そうとすると、現時点では収益の柱になっている既存事業や既存組織の社員からの抵抗を必ず受ける。このような社内の障壁をどう打ち砕くかを考えたうえで、経営者をはじめとしたキーパーソンを味方に付け、デジタルビジネスが立ち上がるまで環境作りをコントロールすることも、自らの業務をやり遂げるうえでは重要となる。
ビジネスプロデューサーはその職務上、デジタルシフト組織のリーダー格となる。先に触れたマーケター、テクノロジスト、クリエイターたちを束ねて、鼓舞し、デジタルビジネスが波に乗るときまで泳ぎきらせるのもビジネスプロデューサーの仕事である。
なお、CDO(最高デジタル責任者)は、このビジネスプロデューサーが成長した姿であり、役職上一番上にポジショニングされるビジネスプロデューサーの総責任者である。
GAFAに克つデジタルシフト
鉢嶺登(オプトホールディング社長グループCEO) 発売日: 2019年09月21日
百年に一度の大きな波、デジタル産業革命(第4次産業革命)が押し寄せてきている。デジタル産業革命の象徴がGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)やBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)だ。この米国メガデジタルプラットフォーム・GAFAの影響が、今後すべての日本企業に及んでくる。すべての企業が一刻も早くデジタルシフトしなければ自社存亡の危機なのである。
鉢嶺 登(はちみね・のぼる)
〔株〕オプトホールディング代表取締役社長グループCEO
1967年生まれ。千葉県出身。91年、早稲田大学商学部卒業。森ビル〔株〕にて3年間勤務ののち、26歳で起業。94年に〔株〕オプト(現・〔株〕オプトホールディング)を設立。2004年にJASDAQに上場。13年に東証一部へ市場変更し、現職。経済同友会幹事、新経済連盟理事。現在、インターネット広告代理店の枠にとどまらず、日本企業のデジタルシフトを支援する会社として業務を拡大し、幅広いサービスを提供している。著書に『ビジネスマンは35歳で一度死ぬ』(経済界)、『役員になれる人の「読書力」鍛え方の流儀』(明日香出版社)、『GAFAに克つデジタルシフト』(日本経済新聞出版社)がある。(『THE21オンライン』2019年10月08日 公開)
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