シンカー:海外投資家との議論では、財政政策の重要性が認識されたのは、現代貨幣理論(MMT)の注目より、主流派の経済学者の論調の変化の方が理由であると感じる。日本では、MMT=財政拡大であり、MMTは極端な主張であり認められない、よって、財政拡大にも否定的という議論の落とし所になってしまっているようだ。グローバルな論調と整合的ではない歪な日本の論調が、デフレ完全脱却のために必要な日本の財政政策の足かせになってしまってはいけないだろう。主張派の経済学者の変化は突然に起きたものではなく、数年前にはその動きが既に明らかになっていた。2017年5月24日に、バーナンキ元FRB議長が日銀主催の国際カンファレンスで、重要な講演を行った。デフレ完全脱却のために採りえる残された手段として、「最も有望なのは金融政策と財政政策のより明示的な協調だ。中央銀行が与えられた責務を達成するという明確な目的のために財政当局と強調することは、中央銀行の独立性を脅かすものではないだろう。」と断言している。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

海外投資家との議論では、財政政策の重要性が認識されたのは、現代貨幣理論(MMT)の注目より、主流派の経済学者の論調の変化の方が理由であると感じる。

日本では、MMT=財政拡大であり、MMTは極端な主張であり認められない、よって、財政拡大にも否定的という議論の落とし所になってしまっているようだ。

グローバルな論調と整合的ではない歪な日本の論調が、デフレ完全脱却のために必要な日本の財政政策の足かせになってしまってはいけないだろう。

海外投資家の財政政策の論調の変化は、フォーリン・アフェアーズ誌の2019年4月号のローレンス・サマーズハーバード大学名誉教授の論文「赤字と債務にいかに向き合うか」の影響が強いように感じた。

サマーズ教授は、「財政赤字の削減を求める原理派は、社会が適切に理解していない高潔な大儀を唱道していると主張している。だがその主張が正しいかどうか、エコノミストや政治家はそう遠くない未来に知ることになるだろう。市場は深刻な財政赤字には直ちに警告を与える。債務が問題化すれば、金利は上昇し、政治家は、財政赤字原理派がかねて望んでいた措置の実施を求める金融・政治的な圧力にさらされる。だが、仮にそうなるとしても、大きなコスト負担を強いられるリスクは低く、将来的に問題が起こる少しばかりのリスクを摘み取るために、現時点でかなりのコストをつぎ込む価値があるだろうか。」と述べている。

「実際、政治家が目を向けるべきは、急を要する社会問題であり、財政赤字や債務ではないだろう。財政赤字の削減ではなく、重要な投資に焦点を合わせ、経済にダメージを与えないように配慮しなければならない。財政赤字の削減を最優先にする必要はない。」と主張している。

そして、今年1月の米国経済学会年次総会で、代表的な正統派経済学者であるオリビエ・ブランチャード元IMFチーフエコノミストは、「経済成長率より金利が低いとき、政府債務は大きな問題ではない。」と講演した。

「米国ではこれまで金利が経済成長率よりも低いことは通常の状態であり、そのような環境が続けば将来に増税をすることなく、債務をロールオーバーしながら政府債務残高のGDP比を減らしていくことが可能だ。金利が成長率よりも低ければ、債務コストは大きな問題にはならない。また、モデルによると債務の増加は資本蓄積を減少させるため、経済厚生に影響を与える可能性があるが、そのコストは大きくないかもしれない。」と主張している。

このような状況は米国以上に、企業貯蓄率が異常なプラスの状態(過剰貯蓄)で、政府と企業が長期資金を取り合うリスクがほとんどない日本に当てはまる。

更に、5月23日のフィナンシャル・タイムズ紙で、ブランチャード氏は、日本のように低金利環境下で民間需要が弱い状態が続いている場合には、政府がその需要不足を補うためにも、消費税率引き上げなどの財政緊縮策は凍結し、財政拡大策を実施して景気拡大を維持し続けることの重要性を唱えている。

これらの経済学者の最近の言論は、海外投資家の間で、極端なMMT(現代貨幣理論)の話題とは関わりなく、これまでの緊縮方向に偏った財政議論を見直すきっかけになったようだ。

主張派の経済学者の変化は突然に起きたものではなく、数年前にはその動きが既に明らかになっていた。

2017年5月24日に、バーナンキ元FRB議長が日銀主催の国際カンファレンスで、重要な講演を行った。

デフレ完全脱却のために採りえる残された手段として、「最も有望なのは金融政策と財政政策のより明示的な協調だ」と断言している。

「日銀の現在の政策枠組みがインフレ目標達成に十分でなかった場合、残された手段として最も有望なのは金融政策と財政政策のより明示的な協調だ。政策協調の実行方法は様々な形が考えらえるが、ポイントは①政府は新規の財政支出と減税にコミットすること、②中央銀行はその政策が日本の政府債務残高対GDP 比に与える影響を打ち消すために必要な手段をとると約束することである。このコミットメントにより、インフレのオーバーシュートを一定期間維持することで、高いインフレ、高い名目金利が政府の債務残高の現在価値を減少させ、財政支出策を実質的にファイナンスすることができる。金融緩和策および財政拡張策が名目 GDP を押し上げ、歳入が増加する可能性を考慮すれば、政府がインフレ上昇の影響を最も受けやすい長期債を通じてファイナンスすることで、インフレオーバーシュートの度合いはより小さくて済むだろう。

長期的に成長率を引き上げるため、財政資金をアベノミクスの第 3 の矢でもある構造改革に使うことは意味がある。適切に策定された財政プログラムによって、総需要と産出量を増加させ、フィリップス曲線の関係に基づいて、最終的にはインフレに上昇圧力をかけることは妥当と思われる。

中央銀行のインフレをオーバーシュートするコミットメントに対して人々の信任が得られないのではないかという議論に対しては、中央銀行は政府と議会の信任さえ得ることができれば十分だ。にもかかわらず、政府がこれまで容認してこなかったのは、マクロ経済的なロジックによるものというよりは、政府債務の積み上がりに対する懸念が背景にあるとみられる。また、財政と金融政策が強調することに対する中央銀行の独立性への懸念については、中央銀行のコミットメントの内容を明確にし、金融政策について常に決定権を持っている点を理解することが重要だ。中央銀行が与えられた責務を達成するという明確な目的のために財政当局と強調することは、中央銀行の独立性を脅かすものではないだろう。」

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司