シンカー:ネットの資金需要(企業貯蓄率と財政収支の和)をGDP比0%に恒常的に誘導している現行の財政政策のスタンスは過度に緊縮的で、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失し、内需低迷とデフレから完全脱却できない原因になっている。ネットの資金需要が消滅してしまっていることは、企業と政府の支出が過少であることを意味し、その支出が背景となる国民の所得が強く拡大できないことになる。恒常的な赤字となっても名目GDP・マネーと国民の所得の持続的な拡大を目指すべき財政運営が、有限な期間での収支のバランスを必要とする家計と同じ発想になってしまっていて、民間経済に過度の負担をかけてしまっていることを意味する。まずは、ネットの資金需要をGDP比-3%程度に恒常的に誘導する財政拡大で、名目GDP・マネーが拡大する力を取り戻すとともに、国民の所得が強く拡大できる環境を整えることが望ましい。言い換えれば、日本経済には、恒常的に財政支出をGDP比3%(15兆円)程度も拡大する余地があると言える。恒常的な水準であり、一度増やした財政支出は政治的に削減するのは困難であるという議論とは無縁だ。数十年先の楽観的な経済シナリオを実現するための恒常的な支出としては、生活不安解消策、教育投資、少子化対策、インフラ整備、第四次産業革命と科学技術の振興など、アイディアはたくさんあるだろう。数十年先の悲観的な経済シナリオを避けるための我慢を強いることではなく、恒常的な財政支出の有効な使い道を前向きに議論しながら、楽観的なシナリオを実現するための挑戦を国民に促すことで、国民の心理を好転させることができるだろう。そのような挑戦が、投資とイノベーションを生み、生産性の上昇により実質所得を拡大できて初めて、数十年先の経済シナリオを悲観から楽観に変えることができるようになる。高齢化などの将来への恐怖を理由として、国民に我慢を強いる政策を正当化して、現在の生活が息苦しく、挑戦する気概を喪失させ、悲観シナリオを自己実現させるリスクを大きくすることはすぐにでも止めた方がいいだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

日本では、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。

恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(財政赤字を過度に懸念する政策)で政府の支出は過小で、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がほぼゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっている。

ネットの資金需要が消滅した状況は最悪だ。

企業の総需要を破壊する力を政府が補いきれていないことを意味し、名目GDP・マネーの縮小とデフレ圧力がかかり続けてしまうからだ。

ネットの資金需要が消滅してしまっていることは、企業と政府の支出が過少であることを意味し、その支出が背景となる国民の所得が強く拡大できないことになる。

その悪い状態が長期化したため、デフレ期待が経済・マーケットにロックインしてしまい、「日本化」が完成してしまった。

ネットの資金需要が消滅してしまうと、それをマネタイズして初めて効果が強くなる金融政策があまり有効ではなくなり、恒常的なデフレと内需低迷から脱却することが困難になってしまう。

企業貯蓄率がプラスの時は、財政政策を拡大して、ネットの資金需要を十分な大きさに誘導し、名目GDP・マネーの拡大とインフレ圧力を生み出すとともに、国民の所得が強く拡大できる環境を整える必要がある。

その結果、企業が投資のリターンを得やすい環境が整えば、投資が刺激され、企業貯蓄率がマイナスとなり、総需要を破壊する力がなくなり、デフレ完全脱却に結びつく。

まずは、ネットの資金需要をGDP比3%(15兆円)程度に恒常的に誘導する財政拡大で、名目GDP・マネーが拡大する力を取り戻すとともに、国民の所得が強く拡大できる環境を整えることが望ましい。

ネットの資金需要をGDP比0%に恒常的に誘導している現行の財政政策のスタンスは過度に緊縮的で、内需低迷とデフレから完全脱却できない原因となっている。

恒常的な赤字となっても名目GDP・マネーと国民の所得の持続的な拡大を目指すべき財政運営(債務残高のGDP比率が安定していれば問題ないばかりか、民間の債務残高が減少していれば、それを補う比率の上昇があっても問題にはならない)が、有限な期間での収支のバランスを必要とする家計と同じ発想になってしまっていて、民間経済に過度の負担をかけてしまっていることを意味する。

企業貯蓄率の動きは大きかったが、どの位置にいても、財政収支の動きでネットの資金需要を一定に保ってきた実績がある。

財政の景気自動安定化装置や景気対策の効果で、日本経済には企業貯蓄率と財政収支の方向感の安定性は備わっているようだ。

問題はそのような方向感ではなく、両者がバランスするネットの資金需要としての水準感である。

バランスするネットの資金需要を、GDP比0%で安定させてしまうのではなく、-3%程度に拡大する必要があるという水準感が問題だ。

2%の物価上昇が達成できるほど名目GDP・マネーの拡大を強くし、国民の所得が強く拡大でき環境を整えるためには、ネットの資金需要は最低でも-3%程度は必要であろう。

言い換えれば、日本経済には、恒常的に財政支出をGDP比3%(15兆円)程度も拡大する余地があると言える。

恒常的な水準であり、一度増やした財政支出は政治的に削減するのは困難であるという議論とは無縁だ。

数十年先の楽観的な経済シナリオを実現するための恒常的な支出としては、生活不安解消策、教育投資、少子化対策、インフラ整備、第四次産業革命と科学技術の振興など、アイディアはたくさんあるだろう。

数十年先の悲観的な経済シナリオを避けるための我慢を強いることではなく、恒常的な財政支出の有効な使い道を前向きに議論しながら、楽観的なシナリオを実現するための挑戦を国民に促すことで、国民の心理を好転させることができるだろう。

そのような挑戦が、投資とイノベーションを生み、生産性の上昇により実質所得を拡大できて初めて、数十年先の経済シナリオを悲観から楽観に変えることができるようになる。

高齢化などの将来への恐怖を理由として、国民に我慢を強いる政策を正当化して、現在の生活が息苦しく、挑戦する気概を喪失させ、悲観シナリオを自己実現させるリスクを大きくすることはすぐにでも止めた方がいいだろう。

また、現在の不安を解消し、家計の需要と企業の投資を喚起する環境を整えるため、減税も有効だろう。

日本は単年度で税収中立という縛りがあるが、米国のようにまず減税で景気を刺激し、10年単位で税収中立にするという考え方への刷新も必要だろう。

図)ネットの資金需要

図)リフレ・サイクル(ネットの資金需要)
(画像=内閣府、日銀、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司