シンカー:連立与党は経済対策としての10兆円程度の補正予算を政府に検討するよう求めていると報道されている。マーケットが財源として期待している前倒債は既に財政投融資などに貸し付けられている。前倒債の活用で、今年度のカレンダーベースの市中発行額に変更せず、見かけ上は追加的な国債発行がないように見せることもできるが、実際には政府の市中からの資金調達額は増加することになる。結果的には、3兆円程度とみられるその他の財源の残りの部分を調達するために国債が市中で発行されることには違いはなく、経済対策の債券市場への影響をマーケットは過小評価している可能性がある。今年度のカレンダーベースの市中発行額と今年度の予算に対する政府の市中からの資金調達額(年度間調整で一部は来年度にも及ぶ)が違うことは認識すべきだ。経済対策の政府資金調達の影響は債券市場が予想するより大きいかもしれない。もちろん、その影響を日銀が国債買い入れの増額などですべてオフセットすることは可能で、そうなればポリシーミックスとして金融緩和の効果は大きくなる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

連立与党は、災害対策、消費増税後とオリンピック後を合わせた景気冷え込み対策、そして経済活性化策などとして10兆円程度の補正予算を政府に検討するよう求めていると報道されている。

補正予算の財源を確保するために国債の追加発行が実施されるかが注目を集めているようだ。

例年の補正予算の財源は本予算の予備費、前会計年度の剰余金、税収の上振れ分、現予算の未消化分などが当てられ、不足分を国債発行でまかなう形がとられている。

ただ、今年度はグローバルな景気の弱さなどによる企業収益への圧迫などの影響で税収は当初予想を下回る可能性が高い。

また、政府は秋に上陸した台風や大雨の災害復旧・復興策を予備費でファイナスしている。

前会計年度の剰余金の2.2兆円に若干の現予算の組み換えを加えて、3兆円程度はまかなうのが限度だろう。

政府は、将来の順調な国債償還などのために、2019年度は53兆円を限度に前倒しで国債を発行している。

マーケットでは、この前倒し発行で調達した資金を使えば、政府が追加国債発行に踏み切らなくていいとの見方がある。

前倒債を発行する理由は、毎年度の国債発行を平準化するためや、急な財政需要の増減に対して国債市場へ大きな影響をもたらすことなく対応するためとされている。

前倒債発行で調達された資金は主に翌年度以降に使用する目的であるため、償還で資金が必要になるまで剰余金として日銀の政府預金に原則的に預けられる。

日銀の政府預金には同程度の額があり、必要であればそれを取り崩し、施策を実施するための財源にするというのがマーケットの一般的な考え方だろう。

しかし、日銀のバランスシートを見ると、政府預金は25兆円程度と、前倒し発行分の残高を大幅に下回っている。

前倒債は原則として将来の償還を円滑に行うために前もって資金調達をするという意図があり、政府はどのタイミングでどれだけの償還財源が必要か事前に把握することができる。

政府はその財源が必要になるまで、特別会計間や財政投融資にその資金を貸し付けているようだ。

貸し付ける理由は、剰余金として政府預金にただ積んでおくことで金利を得ることができない機会損失を回避することができるとともに、財政投融資などの円滑な資金調達の支援になることである。

言い換えれば、前倒債は財投債と事実上同じような役割になっていると考えることもできる。

よって、既に貸し付けられているため、政府預金には前倒し発行分の残高が存在しないことになる。

貸し付けられた資金は既に決まったスケジュールで返済されるため、他の財源が必要になったから直ちに使える環境にはないと考えられる。

ただ、今年度のカレンダーベースの市中発行額を変更せず、補正予算の財源を調達できる方法もある。

財務省の資料には、必要な「調達額が増加した場合には、前倒債として発行を予定していた分を、その年度に必要な国債(建設国債や特例国債等)として発行することで、カレンダーベース市中発行額を変更せずに対応することが可能となります」と記載されている。

このような対応で、振替により前倒債の発行が計画より減額される分、事実上は追加的な国債発行となるが、今年度のカレンダーベースの市中発行額が変更されないことになる。

もし、既に計画されている円滑的な償還スケジュールを維持するため、前倒債の残高を来年度に維持する方針であれば、来年度の前倒債の発行はその分増加すると考えらえる。

更に、補正予算などによる支出を来年度の6月までに国債の追加的な市中発行で資金調達を行うこともできる出納整理期間があるため、今年度のカレンダーベースの市中発行額が変更されないこともある。

10兆円程度の経済対策の残りの7兆円程度の財源を、このような方法でファイナンスすることは理論上は可能である。

これらの方法で、今年度のカレンダーベースの市中発行額に変更がないため、見かけ上は追加的な国債発行がないように見えるが、実際には政府の市中からの資金調達額は増加することになる。

結果的には、3兆円程度とみられるその他の財源の残りの部分を調達するために国債が市中で発行されることには違いはなく、経済対策の債券市場への影響をマーケットは過小評価している可能性がある。

今年度のカレンダーベースの市中発行額と今年度の予算に対する政府の市中からの資金調達額(年度間調整で一部は来年度にも及ぶ)が違うことは認識すべきだ。

経済対策の政府資金調達の影響は債券市場が予想するより大きいかもしれない。

もちろん、その影響を日銀が国債買い入れの増額などですべてオフセットすることは可能で、そうなればポリシーミックスとして金融緩和の効果は大きくなる。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司