小さく始めて大きく育てるためのセオリー

SQM思考,三木雄信
(画像=THE21オンラインより)

27歳でソフトバンク〔株〕の社長室長に就任し、孫正義氏のもとで「ナスダック・ジャパン市場開設」「〔株〕日本債券信用銀行(現・〔株〕あおぞら銀行)買収案件」「Yahoo! BB事業」などにプロジェクト・マネージャーとして関わった三木雄信氏は、孫氏は「わらしべ戦略」で会社を急成長させてきたと言う。いったい、どういうことなのか?

※本稿は、三木雄信著『SQM思考 ソフトバンクで孫社長に学んだ「脱製造業」時代のビジネス必勝法則』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

世間の人たちが「価値がない」と思っていた事業からスタート

日本有数の大企業になった現在のソフトバンクしか知らない人は、「もともと資金力があったから、ここまでビジネスを拡大できたのだろう」と考えるかもしれません。

しかし少し前まで、ソフトバンクは数あるベンチャー企業の中の1社に過ぎませんでした。「Yahoo! BB」の事業を立ち上げた当時でさえ、孫社長以外のプロジェクトメンバーは私とエンジニア二人だけで、与えられたのも小さな雑居ビルの一室でした。

その直前にITバブルが弾けて、ソフトバンクの株価は時価総額で100分の1にまで転がり落ちていました。だからお金もなければ、人手もない。スタートアップと同じような小所帯からの再スタートでした。

ところが、それからわずか3年後には日本テレコムを買収。さらに2年後にはボーダフォン日本法人を1兆7,500億円で買収し、ソフトバンクは通信事業会社として一気に拡大を遂げました。

ここまでの急成長を可能にしたのが、「わらしべ戦略」です。

皆さんもわらしべ長者の話はご存知かと思います。一人の貧しい男がわらをみかんと交換するところから始まって、それが上等な着物や馬に換わり、最後は大きな屋敷を手に入れて裕福に暮らしたという物語です。

一見すると価値がなさそうなことから始めて、手元にあるものを何かと交換しながら価値を高め、最終的に本当に欲しいものを手に入れる。

これをビジネスに適用したのが、わらしべ戦略です。

ソフトバンクが参入する前のADSL事業はニッチなマーケットだと思われていて、誰もが「そんなビジネスは儲からない」と考えていました。

要するに、当時のADSL事業は“わら”だったわけです。

しかしソフトバンクはその狭い領域を一気に押さえてナンバーワンになります。獲得した顧客数は500万人に上りました。

孫社長はこの実績と交換に、日本テレコムを買収します。

「ソフトバンクには500万人のユーザーがいて、しかもその人たちはIP電話を使える。私たちと一緒になれば、日本テレコムの固定電話サービスとのシナジーを生み出して、会社を大きくできます」

この孫社長の言葉に価値を見出した日本テレコムは、買収に合意。ソフトバンクは日本テレコムが持つ数百万人のユーザーと通信業界の優秀な人材を手に入れます。

こうして通信事業会社としての実績も手に入れたソフトバンクは、市場から高く評価される存在となり、以前だったらとてもできなかったような巨額の資金調達が可能となりました。日本企業によるM&Aとしては当時の史上最高額となる1兆7,500億円でボーダフォンを買収できたのは、そのためです。

こうしてソフトバンクは携帯事業も固定電話事業も持つ総合通信事業会社となりました。その後もiPhoneを日本で独占販売するなどの快進撃を続け、超高速で会社を拡大していったのです。

こうして世間の人たちが「価値がない」と思っていた事業からスタートし、その実績をより価値あるものへと次々に交換しながら、ソフトバンクは現在のような巨大企業に変貌を遂げたのです。

資金量や実績がなくても、「まずは狭い領域でいいからナンバーワンになる」という孫社長のセオリーを実践すれば、事業を大きく発展させていくことが可能だということです。

新規事業を始めるときも「わらしべ戦略」が有効

本から始めたAmazonや、靴の販売に集中しているロコンドなど、「わらしべ戦略」を実践しているケースはたくさんあります。そして両者とも、事業を始めた時点から「いずれAmazonではあらゆるものを扱う」「ロコンドは洋服やバッグも含めたファッション通販サイトとして勝者になる」と考えていたはずです。

それでもあえて意図的に小さく始めた。それは「セグメント・ナンバーワン」になれば、わらしべ長者的に事業の価値を拡大していけることを理解しているからです。

これから新規事業を始めるなら、小さい会社や資金がない会社こそ、ぜひこの戦略をベースに成長のシナリオを描いてください。

一方で、大企業の人たちからは、新規事業を提案しても「うちの会社でそんなに小さい売上規模しか見込めない事業をやってどうするんだ」と言われて事業プランを却下されてしまう、という相談をよく受けます。

この場合も、「長期的に見ればわらしべ戦略で事業を大きく成長させることができる」と説明すれば、会社を納得させる材料になります。

「自分たちは目指すゴールは非常に高いが、そこへ到達するためにあえて小さく始めるのだ」という意志を長期的な戦略とともに伝えることで、説得力が生まれるはずです。

「セグメントの切り出し」で成長分野を作り出す

「そんなことを言われても、ナンバーワンになれる領域なんてほとんどないでしょう」

そう思うかもしれませが、「ナンバーワンになれるセグメント」を切り出せばいいのです。

今までにない領域を勝手に作り出して、新たな成長分野として定義する。

これが事業戦略を立てる際の重要なポイントです。

私がパーソナル英会話トレーニング事業「トライズ」を立ち上げたときも、この手を使いました。

実は大人向け外国語教室の市場は、ここ数年ほどは2,100億円ほどの規模でずっと横ばいが続いています。

この市場全体で見ると頭打ちで、今後も大きな成長は見込めないと判断すべきでしょう。

ただし、私がやりたいのは「一人ひとりのニーズに合わせたパーソナルコーチング型の英会話スクール」でした。

今でこそ類似の教室が増えていますが、当時は英会話教室といえば全員が一律のコース内容と教材で学ぶスタイルしかありませんでした。トライズが始めようとしていた「パーソナルコーチング型英会話事業」という市場は存在しなかったのです。

そこで私は、別の業界のコーチング型事業について調べてみました。

具体名を出すと、ライザップです。

フィットネスと英会話で扱う内容は異なるものの、パーソナライズした高付加価値サービスである点で、ライザップとトライズは共通しています。一般的なフィットネスクラブより料金設定は高額でも、自分のニーズに合わせて指導してくれるなら通いたいという人がどの程度いるかを調べれば、「一般的な英会話学校より料金設定は高額でも、自分のニーズに合わせて指導してくれるなら通いたい」というトライズのユーザー規模を知る目安になると考えました。

調べてみたところ、当時のライザップの売上は年間200億円ほどでした。フィットネス市場全体の売上は約4,000億円規模なので、ライザップのシェアはおよそ5%になります。

そこで私は、大人向け外国語教室の市場のうち、コーチング型英会話のシェアも同程度は取れるだろうと考えました。市場全体が約2,000億円規模なので、5%なら約100億円です。

現時点で存在していない「パーソナルコーチング型英会話」というセグメントなら、100億円規模までの成長が見込めるわけです。

もしトライズ以外に競合が出てきても50億円、競合が4社出てきても、それぞれが20億円規模まで成長できる見込みがあります。

しかもこれまで存在しない市場を新たに作り出したので、「パーソナルコーチング型英会話市場」としては倍々ゲームで成長できる可能性もあります。

つまり「上りのエスカレーター」に乗れるわけです。

SQM思考
三木雄信著(トライオン代表取締役) 発売日: 2019年08月27日
「どうすれば新しいビジネスのアイデアや事業プランを思いつきますか?」ソフトバンク社長室長時代、孫正義社長のもとでいくつもの新規事業の立ち上げに携わった著者は、こうした質問を最近よく受けるという。

SQM思考,三木雄信
(画像=webサイトより)

三木雄信(みき・たけのぶ)
トライオン〔株〕代表取締役社長
1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱地所㈱を経て、ソフトバンク㈱に入社。27歳で同社社長室長に就任。孫正義氏の下で「Yahoo!BB事業」など担当する。 英会話は大の苦手だったが、ソフトバンク入社後に猛勉強。仕事に必要な英語だけを集中的に学習する独自のやり方で「通訳なしで交渉ができるレベル」の英語をわずか1年でマスター。2006年にはジャパン・フラッグシップ・プロジェクト㈱を設立し、同社代表取締役社長に就任。同年、子会社のトライオン㈱を設立し、2013年に英会話スクール事業に進出。2015年にはコーチング英会話『TORAIZ(トライズ)』を開始し、日本の英語教育を抜本的に変えていくことを目指している。2017年1月には、『海外経験ゼロでも仕事が忙しくでも 英語は1年でマスターできる』(PHPビジネス新書)を上梓。近著に『孫社長にたたきこまれた すごい「数値化」仕事術』(PHP研究所)がある。(『THE21オンライン』2019年10月15日 公開)

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