シンカー:これまでは就業率がかなりのスピードで上昇し、弾力的な労働供給として、企業の人手不足に対する切迫感を緩和し、賃金と物価の上昇の加速を抑制してきていた可能性があった。結果として、物価の上昇率はフィリップ曲線の失業率との関係だけでは説明できなくなっていた可能性がある。就業率の上昇のスピードで、失業率と物価の上昇のフィリップス曲線の関係を補完できることが分かっている。就業率の上昇のスピードの加速は物価の上昇を抑制するが、就業率の上昇スピードが減速すれば物価の上昇は加速しやすくなることを示す。そして、就業率の上昇のスピードによって、2%の物価上昇率の達成に必要な失業率の水準が逆算することができる。昨年12月までその水準は1.7%まで低下してきたが、就業率の上昇のスピードの減速により、今年10月には1.9%まで水準が上昇してきている。今後、就業率の前年差が現在の+1.3ptから+0.5pt程度まで減速すれば、その水準は2%まで上昇し(前年差が0%となれば2.2%)、現在の失業率の水準に更に近づくことになる。就業率の急上昇が企業の人手不足の切迫感を緩和していたことが、フィリップス曲線の関係が死んでしまったように見えていた理由であろう。失業率の2%程度への低下が進行し、就業率の上昇が安定化する中で、フィリップス曲線の関係は蘇り、物価の上昇率が加速していく可能性があることには注意が必要だろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

10月の失業率は2.4%と、9月から変化はなかった。

5月から8月までの3か月で、労働力人口が0.4%も増加したが、就業者は0.6%も増加し、そのすべてを吸収し、失業率は2.4%から2.2%まで低下した。

9月はその急な動きの反動が現れた。

労働力不足を背景に雇用・所得環境が更に良好となり、新たに職を求める労働者が増加し、9月には労働力人口が更に前月比+0.1%増加した。

9月の就業者はまだ同?0.1%となっており、これらの労働者が職を得るまでの過渡期にあることで、失業率は2.2%から2.4%へ上昇したとみられる。

10月には、就業者は同0.4%としっかり増加し、これらの労働者が職を得たようだ。

労働条件の好転は10月に労働力人口を更に増加させ(同0.4%)、失業率には変化はなかったとみられる。

10月の有効求人倍率は1.57倍と9月から変化はなかった。

有効求人倍率は4月の1.63倍から低下している。

グローバルな輸出環境が低迷している製造業の求人に下押し圧力がかかっている以上に、人手不足でなかなか採用が進まない企業が求人を出すことを躊躇していることが影響してきているとみられる。

これまでは、女性や高齢者などの新たな労働者が労働市場に入り、人手不足の中ですぐに雇用され、労働人口に対する就業者の比率である就業率が急上昇してきた。

しかし、既に女性や労働者の就業はかなり進行しており、外国人の労働者の受け入れがその動きを補うほどに進行しているわけではない。

結果として、まだ就業率は上昇しているが、前年差でみると昨年12月の+1.8ptから今年10月の+1.3ptまで、上昇のスピードが減速してきている。

これまでは就業率がかなりのスピードで上昇し、弾力的な労働供給として、企業の人手不足に対する切迫感を緩和し、賃金と物価の上昇の加速を抑制してきていた可能性があった。

結果として、物価の上昇率はフィリップ曲線の失業率との関係だけでは説明できなくなっていた可能性がある。

就業率の上昇のスピードで、失業率と物価の上昇のフィリップス曲線の関係を補完できることが分かっている。

コアCPI(除く生鮮食品、エネルギー、前年比%、12MMA) = 5.73 − 2.06 失業率(12MMA) + 0.16 失業率(12MMA)^2−0.36(就業率の前年差、12MMA)^3、R2=0.94

就業率の上昇のスピードの加速は物価の上昇を抑制するが、就業率の上昇スピードが減速すれば物価の上昇は加速しやすくなることを示す。

そして、就業率の上昇のスピードによって、2%の物価上昇率の達成に必要な失業率の水準が逆算することができる。

昨年12月までその水準は1.7%まで低下してきたが、就業率の上昇のスピードの減速により、今年10月には1.9%まで水準が上昇してきている。

今後、就業率の前年差が+0.5pt程度まで減速すれば、その水準は2%まで上昇し(前年差が0%となれば、2.2%)、現在の失業率の水準に更に近づくことになる。

就業率の急上昇が企業の人手不足の切迫感を緩和していたことが、フィリップス曲線の関係が死んでしまったように見えていた理由であろう。

失業率の2%程度への低下が進行し、就業率の上昇が安定化する中で、フィリップス曲線の関係は蘇り、物価の上昇率が加速していく可能性があることには注意が必要だろう。

図)就業率

就業率
(画像=総務省、SG)

図)フィリップス曲線と就業率変化の物価の推計

フィリップス曲線と就業率変化の物価の推計
(画像=総務省、SG)

図)2%の物価上昇率と整合的な失業率

%の物価上昇率と整合的な失業率
(画像=総務省、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司