現在、中小企業が置かれている経営環境は厳しいと言わざるを得ない。その最大の要因は、大企業に比べて圧倒的にリソースが不足していることだろう。特に、新商品開発や販売の部分で苦戦している中小企業が多いのではないだろうか。
しかし、中小企業の中にも大企業との競争に勝ち、ヒット商品を生み出した事例はいくつもある。なぜ彼らは、大企業に先んじてヒット商品を作ることができたのだろうか。中小企業が「大企業に勝てる企業」になるためには、どうすればいいのだろうか。事例を交えて紹介する。
中小企業では手が回らないが重要な「マーケティング」
中小企業の多くが、「売上向上」「品質向上」「コスト削減」など、様々な経営課題を解決しようと日々努力している。しかし「マーケティング」に関しては、多くの中小企業の経営者が「十分に取り組めていない」と感じているのではないだろうか。
実際「Webマーケティングへの取り組み」に関する調査によると、Web広告の予算が月額10万円以下という企業が半数を占めている。中小企業では、Webを含むマーケティングにかけられる予算は少なく、きちんと取り組めていないことがわかる。
中小企業はなぜ「マーケティング」ができないのか
中小企業がマーケティングに取り組みにくい理由は、主に2つある。
1つは、企業経営者の意識不足だ。中小企業の経営者で、マーケティングをきちんと理解し、その必要性を理解している人は多くないだろう。
企業のマーケティングに関する調査で、「マーケティングに関する課題はない」と答えた割合は、1,000人以上の企業では5%強だったが、300人未満の企業では20%弱だった。また300人未満の企業は、「戦略設計」や「ROIの測定」などに関する課題を持つ割合が、大企業に比べて低かった。
これは、「中小企業はきちんとマーケティングができている」ということなのだろうか。おそらく答えはNoだろう。中小企業はそもそもマーケティングに対する意識が低いので、その課題を認識できていないと考えられる。
マーケティングを定義することは、難しい。経営の神様と呼ばれるピーター・ドラッカー氏は「マーケティングの理想は、販売を不要にするものである」と述べているが、マーケティングと営業を区別することは難しく、成果が数字に表れる営業とは異なり、マーケティングは成果が見えづらい。そのため、中小企業では後回しにしてしまうことが多いのだろう。
もう1つは、リソース不足だ。本格的にマーケティングに取り組もうとすると、人を雇う必要があるかもしれないし、投資が必要になることもある。しかし、そのような余裕がある中小企業は多くないだろう。営業活動やコスト削減が直近の成果に表れるのに対し、マーケティングは未来の成果に寄与するものだ。中小企業が未来に対して投資することは、「言うは易し、行うは難し」と言える。
これからの時代、マーケティングは不可欠?
今後ビジネスにおけるマーケティングの重要性は、さらに増していくことになるだろう。
その根拠は、「デザイン思考」の重要性が高まっていることだ。デザイン思考とは、不確実性の多い時代に立ち向かうための問題解決プロセスであり、アップルやグーグルなどでも採用されている。デザイン思考はユーザーファーストでユーザーの視点に立って考えるという「マーケットイン」の発想がベースになっており、マーケティングと非常に近い考え方だ。
今後ロボットやAIが進化していくと、よほど特別な技術やイノベーションがない限り、プロダクトやサービスの差は生まれにくくなるだろう。そうなると、差別化できるのは「どれだけマーケットやユーザーのことを考えられるか」というマーケティング的思考のみになる可能性が高い。その意味で、マーケティングの役割はますます高まっていくことになるだろう。
マーケティングの効果や取り組みが可視化できるようになりつつあることも、マーケティングの重要性が高まる要因と言える。Webの発達によって、これまで定性的な部分しか測れなかったマーケティングの効果が、数値で把握できるようになりつつある
たとえば「知名度」は「検索回数」で数値化できるかもしれないし、「顧客予備軍」は「無料会員」の数で計れるかもしれない。マーケティングの効果が可視化できるようになったことで、多くの企業がマーケティングに力を入れ始めているのも事実だ。この流れも、マーケティングの重要性を高めていると言えるだろう。
中小企業でもマーケティングでビジネスの勝者になれる?マーケティング成功事例を紹介
企業のマーケティングにおいては、多額の広告費をかけて、多くのイベントや広告などを仕掛けることができる大企業に強みがあると思うかもしれない。しかし上手にマーケティングを行うことで、少額の予算で売上や利益を伸ばした企業は少なくない。実際に、マーケティングによって事業を拡大させた事例を紹介する。
「あそびましょ」をコンセプトにしたユニークな施策:赤城乳業
赤城乳業を知らない人もいるかもしれないが、「ガリガリ君」を知らない人はいないだろう。年間4億本以上のガリガリ君を販売する同社の社員数は380人と、決して大規模ではない。
同社の主力商品であるガリガリ君は、2000年時点ですでに年間1億本を販売するヒット商品だった。その後約20年で、なぜ4倍にまで成長したのだろうか。そこに、同社のマーケティングの強みがある。
ガリガリ君のマーケティングの特徴は、「コーンポタージュ味」や「ナポリタン味」などの変わった味で話題作りをすることだろう。最近は「ガリガリ君リッチ」という大人向けのフレーバーも人気だが、このようなヒット商品を生み出せるのは、思いつきやアイデアだけではない。
同社がマーケティング組織を発足したのは2004年、以降ガリガリ君の売上は右肩上がりで成長している。その後2005年に「あそびましょ」というコーポレートメッセージを発信した。この「あそびましょ」の精神が、ヒット商品を生み出す原動力になっているのだ。もちろん、通常のマーケティング活動も行っているが、他社が真似できないヒット商品を出せるのは、「あそびましょ」の精神が会社全体に浸透しているからだろう。
「ソーダ味」という定番商品があることも大きい。定番商品の売上が見込めるからこそ、新しいチャレンジができることは間違いない。このように、伝統ある商品・技術の上に「遊び心」というエッセンスが加わったことが、ガリガリ君の躍進を支えてきたのだ。
「日本の工芸」を視点に事業拡大:中川政七商店
中川政七商店は、「中川政七商店」「遊 中川」などを運営する企業だ。1716年に手績み手織りの麻織物で創業、現在は店舗運営や自社ブランド開発だけでなく、他社の伝統工芸品をブランド化するコンサルティング事業や教育事業、地域活性化事業まで手掛けている。「伝統工芸のプラットフォーム」と言っても過言ではないほど、事業は多岐に渡る。
同社は13代目中川政七氏が社長に就任した後、売上を4億円から52億円にまで成長させた。その背景には、中川政七氏が持つ哲学がある。
中川政七氏は、「マーケティング」と「ブランディング」という言葉を使い分ける。中川氏によると、マーケティングは「市場を見てチャンスを探す市場起点」であり、ブランディングは「自分たちがどうありたいか、何ができるか、何が強みか、から始まる自分起点」だという。同社が大事にしているのは、「ブランディング」だ。
伝統工芸ビジネスには「数千万円、数億円という売上規模があればビジネスとして成立する」という考え方があり、その規模を目指すためにはマーケットに翻弄されるのではなく、自社の強みを引き出すこと重要だ。実際、同社の行う事業はすべて「強みは何か」「できることは何か」という視点で進められている。この姿勢がぶれないからこそ、様々な事業を軌道に乗せることができるのだろう。
酒の種類を絞りこむことで認知度を拡大:旭酒造
「旭酒造」は知らないかもしれないが、「獺祭」なら知っている人も多いだろう。しかし、この獺祭も最初から有名だったわけではない。
獺祭は、「杜氏に頼らない酒」として知られている。これまで日本酒は、「杜氏」と呼ばれる製造責任者が勘と経験を頼りに酒造りを行ってきた。そのため、味が安定しないことが日本酒の弱点の1つだった。
山口県の小さな酒蔵だった旭酒造は、この弱点を克服するために「味の均一化」を図ったのだが、その方法がユニークだった。最も人気がある「純米大吟醸」のみに絞り、生産を拡大したのだ。販売戦略も純米大吟醸を売ることに特化するため、選択と集中を行った。その後、獺祭は多くの日本酒ファンに支持されるようになった。一つの得意なことに絞り込み、徹底的に注力することで売上を拡大させた事例だ。
強みを前面に出すことで、売上を倍増:センターピア
マーケティングと言えば、上記の3社のようなBtoC企業を思い浮かべる人が多いだろう。しかしBtoB企業においても、マーケティングは非常に重要だ。マーケティングによって売上を拡大した、センターピアというBtoB企業を紹介しよう。
センターピアは、サーバーを格納するためのラックを製造する会社だ。サーバー用ラックは、データーセンターなどでサーバーを格納するために使われる。サーバー用ラックを扱う会社は、コンピューター関連機器事業の1つとしてやっているところが多いが、同社は専業でサーバーラックを扱っている。
サーバー用ラックは価格競争に陥ってしまいがちな製品だが、同社は専業でやっていることによって、商品ではなく「柔軟な対応力」や「常に新しい提案を行う姿勢」をアピールしてきた。そうすることで、単なるメーカーから「ソリューションベンダー」へと成長することができたのだ。実際にマーケティング活動を始めてから、売上は3倍以上に伸びている。BtoB企業であっても、マーケティングが欠かせないことを示す良い事例だ。
中小企業がマーケティングを成功させるためのポイントは?
これらの中小企業で、マーケティングがうまくいった理由は何だろうか。また、実際に中小企業がマーケティングを行う際は、どのように進めていけばいいのだろうか。
マーケティングは施策ではなく、「戦略」と考える
マーケティングは企業戦略そのものであり、小手先のテクニックではない。確かに広告を出したり、展示会に出展したりすれば、一時的に売上は増えるかもしれない。しかし、本当の意味で他社との差別化を図るなら、考え方を変える必要がある。
マーケティングの基本は「誰にどんな価値を提供するか」であり、企業活動の根本部分とも言えるだろう。これを突き詰めて考えていくことが重要なのだ。
上記で紹介した4社は、「企業がどうありたいか」がマーケティング活動の根底にある。マーケティングを本格的に行うなら、「自社はどうありたいか」について社内で協議するといいだろう。
自社の強みを戦略に変える
中小企業のマーケティングにおいて重要なのは、「自社の強みは何か」を正しく把握することだ。これが明文化され、全員が理解した上でマーケティングを行うことが、中小企業においては特に重要になる。
中小企業は大企業に比べてリソースが少ないため、あらゆることに手を出していては競争に勝つことができない。マイケル・ポーター氏は、競争戦略を「コストリーダーシップ戦略」と「差別化戦略」に分類した。中小企業はリソースに限りがあるため、差別化戦略を取るほかないのだ。他社と差別化を図る方法は、「自社の強み」に他ならない。
赤城乳業は「遊び心」、中川政七商店は「伝統工芸への理解」、旭酒造は「純米大吟醸」、センターピアは「サーバー用ラックに関するソリューション」が強みであり、それを社内の人間が理解し、日々の業務にまで落とし込むことができたことが成長の要因だろう。
あなたの会社の従業員は、自社の強みをきちんと理解しているだろうか。その強みは、業務に落とし込まれているだろうか。まずは、それを確認するところから始めてほしい。
単発ではなく、PDCAサイクルが回っているかどうかもチェック
自社の強みを理解し、業務に落とし込めたとしても、それで終わりではない。マーケティングにおいては、PDCAを回し続けることが重要だ。
多くの企業はマーケティングを投資と捉えて、単発の施策を行いがちだ。しかし、前述のとおりマーケティングとは企業戦略そのものであり、マーケティングは継続的に行わなければならない。
施策を行うたびに一喜一憂するのではなく、結果が良かった場合は何が良かったのか、再現性はあるのか、横展開はできるのかなどを考える必要があるし、結果が悪かった場合は要因を分析する必要がある。このようにPDCAサイクルを回し続けることが、マーケティングにおいても重要なのだ。
マーケティングを行うなら、覚悟を持つことが重要
マーケティングで成功した企業は、ただ単に施策を行うのではなく、「企業の目指す方向」「自社の強み」をとことん考え、業務にまで落とし込んだうえでマーケティングに取り組んでいる。リソースの少ない中小企業だからこそ、選択と集中が重要なのだ。
あなたの企業でマーケティングの強化を考えているのであれば、小手先のテクニックではなく、「企業の目指す方向」や「自社の強み」から考えてみてほしい。
文・THE ONWER編集部
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