スティーブ・ジョブズのマッチングセンス
退学後も授業を受け続けたジョブズ
アップルコンピュータ(現アップル)の創始者スティーブ・ジョブズは、パソコンの世界で数々の伝説を残した人物です。
世界で初めて商業的に成功したApple IIをはじめ、iPhone、iPadなど画期的な商品をいくつも世に送り出しました。
そんな彼が「異質なもの同士を組み合わせ」て、業界を驚かせた例をご紹介しましょう。
話は、ジョブズの大学時代にまでさかのぼります。
彼はあることに悩んでいました。
自分は、一体、何のために大学に行くのかー。
若者なら誰もが抱く疑問かもしれません。
ジョブズもやはり、大学に入学したものの、目的を見出せず悩んでいました。
普通なら、学位を取って良い企業に就職しようと考えるでしょう。ところがジョブズは、学位を取ること自体に疑問を持ちます。
結局、答えを見つけられなかったジョブズは、たった6カ月で大学を退学することを決意しました。
ところが、それからの行動が変わっています。
学校をやめたのなら、普通は「勉強するなんて時間のムダだ。さっさと仕事を見つけよう」と考えるでしょう。
ジョブズは違いました。「卒業のために必須科目を受ける必要はなくなったのだ。だったら、面白そうな授業だけ受けよう」
ジョブズは、自主退学したにもかかわらず、"モグリの学生"として大学に残り「カリグラフィ」の授業に興味を持ち、受講を始めます。
カリグラフィとは、専用のペンを使って、アルファベットをさまざまな書体で美しく書く技法で、日本語では「西洋書道」とも言われます。
ジョブズは、このカリグラフィが将来何かの役に立つと期待していたわけではありません。単純に、面白いから受講した。ただそれだけでした。
コンピュータと書道の出会い
その後、ジョブズは個人用コンピュータの開発に打ち込みます。そして、Appleと名付けたコンピュータを売るために、1976 年、スティーブ・ウォズニアック氏らとともにアップルコンピュータ社を創業しました。
ちなみに、アップルコンピュータ発祥の地が、ジョブズ家の"ガレージ"だったというのは有名な話です。
1984年、ジョブズは、現在のコンピュータの原型となるパソコン「マッキントッシュ」をつくることになります。
このとき彼が思い出したのが、かつて大学で学んだカリグラフィでした。「パソコンでいろいろな書体が使えたら楽しいだろうな」
ジョブズは新しいコンピュータにそんな夢を託したのです。
当時、グリーンのモニターディスプレイには、機械的で無機質な文字しか表示できませんでした。
紙に文字を印刷するときも、職人が活字を組んで印字する手法が主流でしたから、自由に書体を選ぶという発想は誰も持っていなかったのです。
そんな時代ですから、個人が使えるコンピュータで複数の書体が選べるようになったのは、非常に斬新なことでした。
古くから存在するフォントと最新のコンピュータ。
この通常なら結びつかない組み合わせは、ジョブズが興味本位で授業に出席したことから誕生しました。
カリグラフィの授業で学んだ、文字同士の間隔や書体と書体のコンビネーションに関する知識が、マッキントッシュのフォント開発で生かされたのです。
ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った、とても有名なスピーチがあります。その中で、彼は次のようなことを言っています。
「未来を見通すことはできない。むしろ過去を振り返って経験から点と点を結びつけ、何らかの形をつくることが重要だ」
過去に経験した事柄は、1つひとつは孤立した「点」かもしれません。しかし、その点が多ければ多いほど、いつか別のものと結びついて新しい「線」になる。
そのことを、ジョブズはよくわかっていたのでしょう。
ここがポイント!
最先端のコンピュータに、伝統的なカリグラフィ(西洋書道)の発想を導入した。
ユニークな喫茶店成功の秘密
名古屋で誕生したマンガ喫茶
異質なものと組み合わせ成功したものに「喫茶店」があります。
今や「○○喫茶」の種類は数え切れないほどとはいえ、「○○喫茶」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはマンガ喫茶ではないでしょうか。
マンガ喫茶の発祥は、名古屋だと言われています。
1970 年代にはすでに存在していたようですが、どの店が元祖かは諸説あって断言できません。
おそらく、マンガ好きの店主が大量に買いそろえたコミックを店内に置いたことから始まったのでしょう。
ご存じの方もいらっしゃるかも知れませんが、名古屋の喫茶店では「おつまみ」が無料でついてきます。
また、午前中には「モーニングサービス」があり、コーヒーを頼むだけで、トーストやサラダなどが無料でついてくることでも有名です。
こういった土地柄ですから、喫茶店業界は競争が激しく、その中で生き残っていくのは並大抵のことではありません。
マンガ喫茶は、このような背景から生まれたのです。
喫茶店に時間制を導入した田中千一
従来のマンガ喫茶を完全個室型にし、複合カフェ「自遊空間」を成功させたのが田中千一です。
田中がユニークだったのは、料金に時間制を採用したことでした。
喫茶店は、飲み物や食べ物に対して料金を払うしくみです。
ただ、コーヒー1杯でねばられては、いくら満席になっても儲もうかりません。
そこで田中は、駐車場の時間貸しのようなシステムを導入できないかと考えたのでしょう。
基本料金は30分280円とし、それ以降は15分ごとに100円ずつ課金する方式をとります。これなら、オシリに根が生えたようなお客さんからも、料金を取ることができるわけです。
メイド喫茶と猫カフェの共通点は?
「○○喫茶」のパターンには、他にもさまざまなものがあります。
秋葉原から全国に広まったのが、メイド喫茶。
メイド服を着た従業員が「いらっしゃいませ!ご主人様」と出迎えてくれるユニークさが話題となり、執事喫茶や男装喫茶(女性が男装して接客)など、似たようなコンセプトの店が続々と生まれました。
もっとも、本物(?)のメイドはもともと家事労働全般をこなしていたわけですから、それが接客係になったとしても、「異質なもの同士」の組み合わせとは言えないかもしれません。
しかし、ブームにつながった要因には、「喫茶店+メイド」という組み合わせに、かなりの意外性があったからでしょう。
他に変わったものとしては、英会話喫茶があります。
“お茶を飲みながら英語を学ぶ”というコンセプトがウケて、気軽にネイティブと話したいという人たちが利用しています。
同じように、「趣味」を組み合わせたパターンがニットカフェ。
文字通り、編み物をしながらお茶を楽しむ喫茶店です。
編み物をするとき、ほとんどの人は、ひとり黙々と編み棒を動かすでしょう。これは、極めて個人的な作業です。
そこでニットカフェでは、同じ趣味を持つ人同士の共通の会話が生まれる「交流の場」をつくったのです。
自分の作品を見てもらえる、他人の技術を学べるなどのメリットがあれば、来店した人は自然と常連になります。
これが、成功要因となったのかもしれません。
さらに、動物に触れられるというコンセプトの「猫カフェ」や「うさぎカフェ」も、喫茶店と異質なものをマッチングさせた例。
こちらは、住宅事情でペットを飼えない人や動物好きなどを取り込んで店舗数を増やしています。
喫茶店の本来の目的は、単純に「お茶を飲む」こと。
そこにまったく別のものを組み合わせることで、付加価値が加わり、新しい店舗スタイルが生まれるのです。
ここがポイント!
喫茶店というスペースに異質なものを組み合わせることで、新しい価値を創造した。