企業の経営活動にともなう多額の支出や損失に備える資金として、資本準備金の積み立てが企業の会計処理で認められている。ただ、類似する勘定科目があって紛らわしいので注意したい。今回は、資本準備金の概要をはじめ、基礎知識やメリットを解説する。
目次
企業のバランスシートにおける資本準備金
資本準備金は、企業の経営活動にともなう将来の支出や損失に備えるための金額を計上する勘定科目のひとつである。最初に、資本準備金の目的とバランスシート(貸借対照表)について説明しよう。
資本準備金とは?
資本準備金とは、企業の経営悪化など将来の必要な備えとして積み立てることができる法定準備金である。会社法で積み立てることができるとされる準備金には、資本準備金と利益準備金があり、この2つの準備金のことを法定準備金と呼んでいる。
資本準備金は、次の方法によって積み立てられたものが該当する。
- 会社設立や株式発行の際に株主から払い込まれた金額のうち資本金の2分の1を超えない金額で資本金に組み入れなかったもの
- 会社が剰余金を配当する場合に、剰余金配当額の10分の1の額を積み立てたもの
資本準備金や利益準備金は、会社の業績悪化時に取り崩すことで会社を維持するためのものである。企業が将来の備えとして準備しておくものであり、会社法に定められた会社経営に必要な積立金ということになる。
バランスシートとは?
バランスシートは、企業の決算日時点における財政状態を表す書類だ。財政状態とは、どのような形で資金調達・資産運用されているのかを一元的に表したものである。
要素1.資産
資産とは、企業が経営活動する際に直接活用する財産だ。現預金や売掛金、有価証券、土地建物などの目に見える財産だけでなく、知的所有権などの目に見えない財産もある。
要素2.負債
負債とは、企業が第三者から借りる形で調達した資金をさす。具体的には、借入金や買掛金、支払手形などが該当し、すべて返済が必要だ。
要素3.純資産
純資産とは、原則として返済義務のない企業資金である。純資産の構成内容は資本金、資本剰余金、利益剰余金の3種類に分かれる。
資本金とは、出資者が会社に払い込んだ資本金額の一定額を会社財産として保有した金額である。債権者のために会社の財産を保護することを目的としている。
剰余金は、純資産額が法定資本の額を超えた金額をさす。資本剰余金は資金取引で生じた剰余金額、利益剰余金は税金支払い後に残った利益を企業の内部に蓄積した金額である。
資本準備金の性質
資本準備金は、将来的に見込まれる多額の支出や損失に備える積立金である。
似た勘定科目に引当金もあるが、これは当期の期末日までに見込まれる支出や損失に備えたものだ。一方、資本準備金は期をまたぐ将来的な支出や損失の発生に備える点が大きな違いである。
資本金・資本準備金・資本剰余金の勘定科目での違いを把握
資本金・資本準備金・資本剰余金は呼び名が類似している勘定科目だが、運用目的や意味合い、法律的根拠などが異なる。
資本金と資本準備金の違い
資本金は、事業の基礎となる、いわゆる事業の「元手」「元金」を意味する。会社法では、資本額は原則として株式の対価として会社に払い込まれた金額となるが、2分の1以内の金額は、資本ではなく資本準備金として積み立てることができる。資本準備金は、前述したように将来の損失発生時のために積み立てておく資金で利益準備金と同様に「将来の備え」を目的としたものだ。
資本金は登記され公開される点が異なる。しかし減額する場合は、原則株主総会の特別決議が必要となり、取り崩す際に融通が利かない不便さがある。一方、資本準備金は、利益準備金と同様に株主総会の普通決議で取り崩すことが可能だ。
勘定科目1.資本金
資本金に関しては、会社法第445条第1項の条文で以下の根拠が設けられている。
“株式会社の資本金の額は、この法律に別段の定めがある場合を除き、設立又は株式の発行に際して株主となる者が当該株式会社に対して払込み又は給付をした財産の額とする”
資本金は債権者保護の観点から一定額以上の会社財産を保護することを目的とし、原則株主が会社に対して払い込んだ額が資本金になる。
ただし、資本金は事業規模の拡大にともない増加させる必要はない。資本金を増額する場合は、株主総会の普通決議が必要となる。
さらに株主が払い込んだ全額を資本金として計上しなくてもよい。資本金を減額する場合は、株主総会の特別決議に加えて債権者保護の手続きも必要となる。
勘定科目2.資本準備金
資本準備金に関しては、会社法第445条第2項および3項の条文で、以下の根拠が設けられている。
“資本金の払込み又は給付に係る額の2分の1を超えない額は、資本金として計上しないことができる”
“資本金として計上しないこととした額は、資本準備金として計上しなければならない”
将来的に見込まれる多額の支出や損失の発生に備えた積立額が資本準備金だが、その原資を資本金総額の2分の1の範囲内で調達できる。すなわち、株主から払い込まれた額のうち2分の1以内の金額を資本金とは別の目的で保有し、将来のリスクに備えられる。
家計で子供の養育費や家の購入費を貯めつつ、それとは別に将来の災害発生や所得変動などに対応できるよう預貯金として保有するケースと似ている。
勘定科目3.資本剰余金
資本剰余金は、資本準備金に資本取引から生じた剰余金額を加えた額をいう。
資本取引から生じた剰余金額は、自己株式を処分した際に生じた売却益(実際の売却価格と帳簿上の価格との差)や、資本が増加した場合に資本金および資本準備金に含めなかった金額などである。
資本剰余金に関しては、会社法第453条の条文で以下の根拠が設けられている。
“株式会社は、その株主(当該株式会社を除く。)に対し、剰余金の配当をすることができる”
すなわち、資本準備金を除いた資本剰余金が株主に対する配当原資となる。配当を手厚くしたい場合には、資本金や資本準備金を取り崩し、資本剰余金を増やすことも可能だ。
資本準備金を増減させるときの手続きは?
資本準備金は増減させることが可能だが、いずれの場合も一定の手続きが必要である。
資本準備金を増額させる場合の手続き
資本準備金を増額させるケースとして、資本金と資本剰余金(資本準備金を除いた金額部分)からの組み入れが考えられる。
資本金から組み入れる場合は、株主総会での特別決議が必要だ。特別決議は、会社の解散や合併、事業譲渡、資本減少など会社経営の根幹にかかわる議案に関する取り決めをさす。
議決権の過半数に及ぶ株主が出席したうえで出席株主における議決権の3分の2以上の賛成が必要となる。定款に定めがある場合は、議決権の割合がそれぞれ変わる。
資本剰余金から組み入れる場合は、株主総会での普通決議が必要だ。普通決議は、取締役や監査役の選任、利益処分などの会社経営に関する通常の議案に関する取り決めである。
議決権の過半数を有する株主が出席したうえで過半数の賛成が必要となる。
資本準備金を減額させる場合の手続き
資本準備金を減額させるケースとして資本金と資本剰余金への組み入れが考えられる。いずれの場合も原則、株主総会での普通決議に加えて債権者保護の手続きが必要だ。
株主総会の普通決議では、下記の事項を決定する。
・減少する資本準備金の額
・減少する資本準備金の額の全部もしくは一部を資本金に組み入れるときは、その旨と金額
・資本準備金の減少の効力が発生する日
ただし、資本準備金の減少と同時に資本金の増額手続きをするなら話は別だ。効力発生日以降の資本準備金額が効力発生日前の額を下回らない場合は、株主総会を開催せずに取締役会で決定できる。
債権者保護の手続きに関しては、下記の内容を官報に公告したうえで企業が認識している債権者に催告する。
・資本準備金額の減少の内容
・最新の貸借対照表もしくはその内容が掲載されている場所
・債権者が一定の期間内(1ヵ月以上)に異議を申し立てできること
認識している債権者が存在しない場合でも官報への公告は必要だ。なお減少させる資本準備金の全額を資本金に組み入れる場合は、債権者に対する不利益が存在しないため、債権者保護の手続きは不要である。
資本準備金の増減と登記手続き
資本準備金は登記事項ではないため、資本準備金の増減に対する登記変更は必要ない。
ただし、資本準備金の全部もしくは一部を資本金に組み入れたり、資本金の一部を資本準備金に組み入れたりすることで資本金額が変動した場合、効力発生日から2週間以内に変更登記の申請が必要だ。
資本準備金を積み立てる3つのメリット
資本準備金を積み立てるメリットは下記のとおりだ。
・赤字を補てんしやすくなる
・資本金を増額しやすくなる
・節税効果が得られる
・金融機関からの融資を受けやすくなる
メリット1.赤字を補てんしやすくなる
企業の決算が赤字に陥った場合、金融機関や取引先などからの信用が低下し、株価が下落することもある。対策として下記の2つの方法がある。
・売上増加によって黒字化する
・バランスシート上の利益剰余金の累積欠損を補てんする形で赤字を解消する
ただし、売上を増やすことは容易ではない。また、資本金を原資とした利益剰余金の欠損補てんを行う場合も、株主総会の特別決議や債権者保護、登記変更の手続きが煩雑だ。
しかし、資本準備金を原資とすれば、株主総会の普通決議と債権者保護の手続きだけで済む。
メリット2.資本金を増額しやすくなる
資本金を増額させることで企業の財務体制が安定し、金融機関や取引先などからの与信力が高まる。企業が資本金を増額する場合は、以下の2つの方法がある。
・一般株主から資本の払い込みを募集する(株式売却)
・資本準備金の全部もしくは一部を資本金に組み入れる
一般株主による資本の払い込みは企業の思いどおりにはいかない。
しかし、資本準備金の全部もしくは一部を資本金に組み入れることで資本金額を増やす方法は、株主総会の普通決議だけで済む。
メリット3.節税効果が得られる
企業に対する課税は、資本金額によって仕組みが変わる。具体的には以下のような違いだ。
・消費税に関して、資本金額が1,000万円未満の場合は、設立後2年間は納税が免除される
・法人住民税の均等割額に関して資本金額1,000万円を境に金額が変わる
・資本金額が1億円以下の場合は中小法人と見なされ、年間所得が800万円以下である場合は法人税率が軽減されたり、企業規模を基準とする外形標準課税の対象から外れたりする
資本金の一部を資本準備金に組み入れて資本金を少なくすることで節税効果を得られる。
メリット4.金融機関からの融資を受けやすくなる
バランスシート上の純資産は、返済不要な金額である。そのため、純資産の比率や金額が大きいほど、財務体制が健全に近づき、第三者からの信用力が向上する。結果として金融機関から融資を受けやすくなり、事業競争力が強化される。
資本準備金とすることによる注意点
資本準備金を積み立てることには、多くのメリットがある。しかし場合によってはデメリットになることがあるので注意したい。
資本金設定の要件を確認する
資本金は、さまざまなところで確認されるため、注意が必要である。例えば新しく取引を開始する会社から審査のために資本金や売上を聴取することもあり、資本金が取引の条件になっていないかなども確認しなければならない。事業の種類によっては、許認可が必要なケースもある。例えば労働者派遣事業の場合、許認可の要件に基準資産を設ける。企業の資本が許可基準の一つだ。
また資産の総額から負債の総額を控除した金額で計算するため、純資産がベースとなる。つまり資本金に資本準備金を加えて計算される仕組みのため、資本金が少なかったとしても資本準備金が計上されていれば問題にならないことが多い。なかには資本金の金額を要件とする許認可がありえるため、資本金の設定の際は許認可の要件もよく調べることが必要だ。
事業規模を小さく見られる可能性がある
資本金は登記されるが資本準備金は登記されないため、資本金が少ないと第三者から「企業体力がない」「企業規模が小さい」などと判断されることがある。資本金は、会社の体力を示す経営指標と判断する会社も多く、資本金が少ないと会社のイメージを悪くして信用を失うこともあるのだ。銀行などの金融機関は、実態を見て判断するため、資本金だけを見て判断するようなことはないだろう。
しかし一般の会社では、決算書を見ないと会社の経営状態がわからないため、資本金の金額だけを見て会社の体力や事業規模を判断することもあるのだ。ただ2006年5月から新会社法が施行され、1円からでも会社を設立することができるようになった。そのため、資本金への意識が低い経営者も多い。資本準備金を積み立てることで資本金が少なくなることは、財務内容の点では何ら問題はない。
しかし企業財務に詳しくない人が誤解して判断するケースもあるだろう。そのため資本金を少なくすることが必ずしもメリットになるとは言えないことにも注意したい。
法律による違い
資本金や資本準備金についてこれまで会社法を中心に解説してきた。特に資本金の金額は、法律によって取り扱いが異なる。ここでは、4つの法律を紹介していく。
法人税法
法人税法には、中小法人についての法人税率の軽減措置があるのが特徴だ。ここでいう中小法人とは、資本金が1億円以下または資本等を有しないものを指す(資本金の金額が5億円以上となる大企業の子会社などは除く)。中小法人の場合、所得800万円以下の部分について法人税率が19%から15%に軽減されている。
中小法人に対する税制上の措置は、他にも多数あり資本金の金額で大企業か中小法人かを判断するため、注意が必要だ。
消費税法
売上高が1,000万円以下の事業者は、納税義務が免除されている。そのため事業年度開始日の資本金額や出資金の金額が1,000万円以上である法人の場合、納税義務は免除されない。しかし1,000万円未満であれば原則として設立1期目と2期目は、消費税が免除される。
地方税法
地方税(都道府県民税や市区町村民税)には、「均等割」という制度がある。均等割の金額は、会社の規模が大きくなるほど支払う税額が高くなる仕組みだ。法人の場合、会社の規模は資本金等で判断される。資本金等には、資本金と出資金に組み入れられなかった資本準備金が含まれるため、注意したい。その他、無償減資による欠損補てんを行った場合は、資本金等の額が調整される。
そのため税金を下げるために資本金を減額しても調整される仕組みだ。ただし同じ地方税でも外形標準課税は資本金が1億円を超える法人が対象となっており、資本金と資本準備金をあわせた金額が1億円を超えても対象にはならない。
中小企業基本法
中小企業基本法では、会社法や税法とは異なり、業種分類や資本金または出資金、従業員数によって大企業と中小企業を判定している。従業員数に関しては、個人も含まれるため、注意したい。例えば製造業の場合、「資本金の額または出資金の額が3億円以下に該当するか」「常時使用する従業員数が300人以下に該当するか」で判断され、どちらかに該当すれば中小企業として扱われる。
資本準備金の取り崩しの事例2選
会社の財務体制を健全化するために、資本準備金を取り崩してから累積欠損を補てんした事例がある。
事例1.株式会社ユーグレナの資本準備金の取り崩し事例
株式会社ユーグレナ(東京都港区)は、ミドリムシに含まれる59種類の栄養素を活かした健康食品や化粧品の販売、健康サポートに関する事業を展開している。
さらに事業拡大を図る目的でミドリムシ由来の航空機向けバイオジェット燃料やバイオディーゼル燃料の研究開発なども行ってきた。しかし、本業の柱である健康食品の販売が伸び悩んだ。
さらに2020年度に事業化を目指していた航空機向けバイオジェット燃料に関して実証プラント建設計画の立ち遅れなどによる先行投資負担が重たくなる状況が生じた。
そのことが原因で、2018年度決算で大幅な赤字を計上し、バランスシート(貸借対照表)上の繰越利益剰余金額が大幅なマイナスとなった。
この状況が改善しない場合、株価下落(時価総額の減少)などで経営リスクが発生するため、2019年12月20日時点で118億8,010万7,432円あった資本準備金のうちの96億5,586万3,592円を取り崩した。
そのほか、資本剰余金への振替を行い、繰越利益剰余金の累積欠損96億5,586万3,592円と相殺する形で欠損補てんを行った。
結果として、資本準備金は22億2,424万3,840円に減少したが、繰越利益剰余金の累積欠損が解消された。
事例2.東芝テック株式会社の資本準備金の取り崩し事例
東芝の連結子会社である東芝テック株式会社(東京都品川区)は、事務用機器を中心とした電気通信機器類の製造および販売の事業を展開している。
東芝テック株式会社は、2012年に米IBM社からPOS(販売時点情報管理)システム事業を買収してPOS業界に関する世界シェア1位を目指した。
しかし、2016年3月期に海外POS事業に関して多額の損失が発生し、当期の決算で1,000億円強の連結最終赤字に陥った。
財務体制の健全化が急務となった東芝テック株式会社は、2017年3月31日時点で491億8,313万9,905円あった資本準備金を全額取り崩してその他資本剰余金への振替を行い、それと別途積立金をあわせた749億7,098万716円を繰越利益剰余金の欠損補てんに回した。
ちなみに、繰越利益剰余金は当期決算時点でマイナス924億円にまで膨らんでいた。結果として資本準備金額は0となったが、繰越利益剰余金の累積欠損が175億円にまで縮小し、財務体制健全化への道筋を見出すことができた。
資本準備金を正しく理解し経営リスクに備える対応を
債権者としてのリスクを緩和させる目的で企業は資本金を備える。一方、資本準備金は企業の財務体制を安定させるのに役立つ。資本準備金を積み立てることで経営リスクに対応できる余力を残しておきたい。
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