(本記事は、齋藤孝氏の著書『仕事に使えるデカルト思考 「武器としての哲学」が身につく』PHP研究所の中から一部を抜粋・編集しています)

デカルトを知らないのは、もったいない!

仕事に使えるデカルト思考 「武器としての哲学」が身につく
(画像=Webサイトより※クリックするとAmazonに飛びます)

デカルトというと、何を思い起こすでしょうか。そういえば、高校生のころに習ったなとか、ヨーロッパの哲学者だよねとか、デカルトといえば、やっぱり「我思う、故に我あり」でしょとか、『方法序説』の著者はデカルトだったかななど……。

このような記憶や知識を持っている人が多いように思います。別の言い方をすると、「この程度」ともいえるのですが、この程度の認識の人が多いのも仕方がないでしょう。多くの人は学校を卒業すると、自分の仕事に忙しく、哲学などを学ぶ機会はあまりないと思うからです。

しかし、それでは、いかにももったいない。デカルトを知らないことは、非常に惜しいなと思うのです。

というのも、デカルトの教えには、現代のビジネスパーソンに有用なものがとても多いからです。デカルトのように考え、行動すると、仕事も人間関係もうまくいき、仕事でつまずくこともないのに、と考えさせられることがたくさんあるのです。

現代人にどう有用か。ここで一つだけ書くと、たとえばSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)への書き込みです。不確かな噂に基づいた情報や顧客の個人情報などをSNSに書き込んで問題化するケースが近年、しばしば起きています。こうしたことも、デカルト思考を学んでいると防げるのです。

なぜならデカルトは、注意深く偏見を避けることを説いて、懐疑がいっさいないことに基づいて判断することをすすめているからです。

デカルトのこの教えを知っていて、実践できていれば、SNSに不用意なことを書き込んで、誰かに迷惑をかけたり、自分自身や会社が窮地に立たされるようなことは起こりようもないはずです。この一事を取ってみても、デカルトの思考は現代人に非常に役立つと思うのです。

不安と後悔からも脱却できる

デカルトと聞いても、先に書いたように「我思う、故に我あり」と言った人でしょ、というくらいの認識の人も多いでしょうから、デカルトについて少し紹介しておきましょう。

デカルト(ルネ・デカルト)はフランス生まれの哲学者で、数学者でもあります。

1596年に生まれ、1650年に亡くなっているので、日本でいえば、安土桃山時代から江戸時代初期に活動した人物といえます。

「世界という大きな書物」から学ぼうとして、各地を遍歴したことでも知られ、「近代合理論の祖」とか「近代哲学の父」などと呼ばれます。精神と物体を独立した存在とする立場をとり、その思想は心身二元論(物心二元論)といわれます。

デカルトは「理性の力」の重要性を強調しました。たとえば、何か問題が起きたときに、慌てふためくことなく、適切に対処できるようにするにも、理性の力は重要です。落ち着いて、一つ一つ列挙し、整理して、一つずつ順番に解決していく。このときに力を発揮するのが理性です。

理性の力のある人は、精神的な強さも持ち合わせています。冷静な判断ができるので、パニック状態になりにくく、自分の悩みですら、一つずつ解決していける力を持っています。

たとえば、会社に行くのが嫌になったとしましょう。「なんかわからないけど、とにかく会社に行きたくない。もう辞めたい。辞めたあとのことは、何も考えられない」。理性の力の弱い人は、こんなふうに考えがちです。これでは、この先、精神的に参ってしまう可能性も高そうです。

一方、理性の力の強い人は、会社に行くのが嫌になったとしても、その対処法は大きく異なります。「僕が今、会社に行きたくないのは、まず第一に、上司のA課長との人間関係がうまくいっていないからだな。もう一つは、今の部署の仕事にあまり興味が持てないからだ。そうであるなら、まずはA課長との接し方を変えよう。

意識的に明るく元気に挨拶し、話しかけよう。でも、意見は忌憚なく言おう。それから、今の仕事に興味が持てるように、関連のある本を読んで、同僚のB君とCさんを飲みに誘って、ざっくばらんに仕事の話を聞いてみよう」。こんなふうに考えることができます。そうなると、メンタルがやられるといった事態も避けられるでしょう。

デカルトは著書『方法序説』の中で「私は旅に出て、思考の実験をして、ある境地に達した。それで、不安と後悔から一生、脱却できた」といったことを綴っています。「不安と後悔から一生、脱却できた」とは、すごい境地です。将来に対する不安も、過去に対する後悔も、いっさいないというのですから。

これはデカルトだから達することのできた境地と見ることもできますが、彼はその境地に至ることができた理由や方法を自身の著作で子細に記しています。その著作がまさに『方法序説』で、この本を味読し、のみならず、実践すると、現代日本に生きる私たちも、不安や後悔から抜け出すことは不可能ではないと思えます。

「西のデカルト、東の武蔵」──吟味・工夫・鍛錬

デカルトは400年ほど前に活躍した人物です。ほぼ同時期に活躍した日本人で、私が真っ先に思いつくのは、宮本武蔵です。というのも、この2人、かなり似ているのです。「西のデカルト、東の武蔵」と呼びたいほどです。

剣客だった武蔵はもちろんですが、彼のみならず、デカルトも「武士」という感じがします。どういうことかというと、2人とも「迷いがない」のです。孔子の『論語』には「四十にして惑まどわず」の言葉が載っていますが、ビジネスパーソンに限らず、現代の日本人は40どころか、50、60になっても、惑っている人が多いかもしれません。

しかし、デカルトにも武蔵にも、その思考と実践に惑いや迷いはありません。思考 が非常にすっきりしていて、すべてを見渡しています。たとえば、武蔵は著書『独行道』で〈我事において後悔せず〉と記しています。『五輪書』では、ただ斬ると知れ、といったような記述も見られます。

よくよく吟味すべし、よくよく工夫すべし、よくよく鍛錬すべし──こうした言葉も、『五輪書』にはしばしば登場します。

「吟味」「工夫」「鍛錬」。これらはまさに言うは易く行なうは難しで、言葉としては「吟味いたします」とか「工夫してみます」などと言う人は珍しくないでしょうが、仕事などにおいて日頃から、本当に吟味(内容や品質などを念入りに調べること)したり、工夫(いろいろ考えて、よい方法を生み出すこと)したりしている人はどれほどいるでしょうか。決して多くないのではないでしょうか。「鍛錬」もまたしかりで、修行や訓練を重ねて、日々、精進している人はそうそういないような気がします。

「吟味」「工夫」「鍛錬」はいわば『五輪書』における、あるいは宮本武蔵の思考と実践における「3点セット」です。

デカルトもこの3点セットを用いて、自らの思考を深め、判断力という刀、あるいは技を磨いていきました。

武蔵は『五輪書』で、刀の持ち方や構え、間合いなどを具体的に記していて、『五輪書』は剣術の技術論にもなっています。「五輪」の「空くうの巻」は悟りの境地の域で、『五輪書』は剣術と悟りの極意書といえます。

一方、デカルトの『方法序説』も、やはり一種の極意書といえるでしょう。理性を正しく導いて、真理を探求するには、こういう方法がありますよと、『方法序説』では詳しく述べています。

と同時に、『方法序説』をはじめとするデカルトの本は「思考の極意書」ともいえ、彼の本に書かれてあることを会得すれば、霧が晴れるように、視界がすっきりして、仕事をする上でも、迷いやためらいが大幅に減少するのを実感するでしょう。

そもそも「哲学は仕事に役立つ」

「そもそも、哲学など役に立たない」と考えている人もいますが、そんなことは決してありません。

哲学を学ぶと、世界の見え方がガラリと変わることがあります。日常の通勤の風景、旅先での景色、政治や経済のニュースのとらえ方、絵画、音楽、スポーツの見え方、仕事への向き合い方などがガラリと変わる。哲学を学ぶと、そうしたことがしばしば起こります。

哲学を学んだことで、ものの見方、さらには、自分の精神が変化するのです。哲学には、私たちの世界観を変えるほどの大きな力があるということです。

哲学というより、これは一種の倫理学ですが、「日本資本主義の父」と評される渋沢栄一は論語の倫理と経営とが根幹で結びついていることを身をもって示しました。渋沢の経営哲学は、著書『論語と算盤』に明らかです。

哲学についてもっと直接的にいえば、かつての政財界のリーダーは戦前の旧制高校(現在の大学教養課程に相当)時代に哲学書もよく読みました。「デカンショ」と呼ばれたデカルト、カント、ショーペンハウエルは必読書で、ほかにもニーチェやドストエフスキーなどの本もよく読まれました。『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』などで知られるドストエフスキーは小説家ではありますが、彼の文学には、哲学的な思想も多分に含まれています。

哲学を学んだ戦前のエリート層が哲学者になったかというと、そういう人はごく少数で、多くの人は経済の道に進みました。

しかし、学生時代に哲学書を読みふけり、寮生たちと激しい議論を交わした経験は、彼らの血肉になりました。思考や精神力などが鍛えられ、日本経済の発展に大きく寄与することになったのです。

仕事に使えるデカルト思考 「武器としての哲学」が身につく
齋藤孝(さいとう・たかし)
1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。テレビ、ラジオ、講演等、多方面で活躍。著書に『声に出して読みたい日本語』(草思社文庫、毎日出版文化賞特別賞受賞)、『身体感覚を取り戻す』(NHKブックス、新潮学芸賞受賞)、『大人の語彙力ノート』(SBクリエイティブ)、『座右のゲーテ』『座右のニーチェ』(以上、光文社新書)、『使う哲学』(ベスト新書)、『他人に振り回されない自信の作り方』(PHPエディターズ・グループ)など多数。著書累計発行部数は、1000万部を超える。

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