先行きが見えず、不安が渦巻いている生きにくい世の中。仕事でもプライベートでも、誰もがさまざまなストレスに日々直面しています。そのまま放っておけば、健康を害し、身体も心もボロボロに。うつ、引きこもり、ハラスメント、自殺などの問題も減ることがありません。どうすればこのストレスを少しでも軽減させ、逃れることができるのでしょうか。個人や企業、社会や国がそれに向けて取り組みを進めていますが、経営者が自分の会社の社員たちのためにできることは何があるのでしょうか。ストレス・マネジメントの専門家、舟木彩乃さんにうかがいました。

舟木彩乃
舟木彩乃(ふなき あやの)
ストレス・マネジメント研究者。ヒューマン・ケア科学博士。千葉県出身。10年以上にわたってカウンセラーとしてのべ8000人以上、コンサルタントとして100社を超える企業の相談に対応。一般企業の人事部、国会議員秘書などを経て、2015年に筑波大学大学院に入学。2017年に修士課程修了、2020年に博士課程修了。2017年には「文理シナジー学会学術奨励賞」受賞。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館新書)がある。

ストレスの原因の9割は「人間関係」

ストレス・マネジメント
(画像=fizkes/Shutterstock.com)

「人は生きている限り、人間関係、健康、金銭問題、自分の容姿や能力へのコンプレックスなどの悩みの種を抱えていて、それが尽きることはありません」(舟木彩乃さん)

ストレス・マネジメント研究家の舟木彩乃さんには、元々多かった不安や生きづらさを抱えきれなくなった人からの相談が、最近、特に増えてきているそうです。ストレスに耐えきれなくなっている人々が、少しでも生きやすくなるには、どうしたらいいのでしょうか。

「ストレスの9割は『人間関係』が原因、という統計もあります。職場で言えば上司と部下の対立ですが、その原因になっている相手を自分の思い通りにしようとしても、なかなかうまくいきません。解決への早道は、他人を変えようとか、相手との関係性を変えようとするのではなく、自分の意識や物事の捉え方を変えることです」

これは決して、自分に非があったり間違っていると認めることではなく、あくまで自分の「意識」「捉え方」「視点」を変えるだけ。それで相手との関係が変わり、ストレスの原因が消えることはなくても、重さが変わって自分でコントロールできるようになるのだそうです。

『首尾一貫感覚』であなたはストレスに強くなる

「そのように自分の『意識』『捉え方』『視点』などを変えるためのヒントとなるのが『首尾一貫感覚』なのです」

耳慣れない言葉ですが、心理学や医療社会学ではよく知られたストレス対処力のこと。「いま目の前にあることだけでなく、過去や未来、自分以外の周辺の世界をより広く俯瞰した場合に、全体として整っている状態」を意味します。そして、この感覚が高い人ほどストレスに強い、ということがわかってきました。これは大きく3つの感覚からできています。

把握可能感

自分の置かれている状況や今後の展開はだいたい「想定の範囲内」で、想定外のことが起こっても自分はそれを把握できると感じること

処理可能感

自分に降りかかるストレスや障害にも周囲を巻き込みながらなんとか乗り切れると感じること

有意味感

自分の人生や自身に起こるどんなことにもすべて意味があり、問題を挑戦と感じること

「大事なのは『首尾一貫感覚』は先天的なものではなく、後天的に高められる感覚だということ。何か問題に直面したときには、その原因をこれで説明できますし、何より、困難に立ち向かうモチベーションが高まります」。

仕事が多いのにパフォーマンスが上がる人の秘密

「首尾一貫感覚」は、個人のメンタルを強くする感覚ですが、企業や組織に対しても共通する感覚だそう。企業において3つの感覚の中でも重要なのは「有意味感」。

「仕事量が多く、求められる仕事のレベルが高いとストレスも強くなりますが、それにもかかわらずパフォーマンスが上がる人がいます。調べていくと、そうした人は仕事量が多くても、自分の裁量に任されている範囲が大きいことがわかりました」

仕事を任されていて、自分がやることに意味を感じている状態。これはまさに「有意味感」そのものです。

「ここに、経営者にしかできないことがあります。社員のストレスを軽減させていくには、会社全体の仕事の中で、その社員がいまやっている仕事がどんな意味を持っているかをきちんと言葉で伝えることが大切です。ただあたたかく見守っているだけではわかりません」

仕事に対する意味、期待されるレベル、裁量を任された範囲が明確になれば、目指す目標も決まり、やりがいも生まれます。仕事量が多く、求められる仕事のレベルも高いためにストレスが増えたとしても、むしろ自分が成長するチャンス、挑戦と捉えることができて、パフォーマンスが上がります。まさに、自分がこの会社にいる「意味」を感じられるようになるのです。

「それを実現するためにも、経営者は社員との面談を重ねて、一人一人の仕事に対する意見や感じているストレス、将来のキャリアをどう考えているかなどをヒアリングして把握することが必要です。その上で部下を信じて仕事を任せ、チャンスを与えましょう。『有意味感』は経営者がサポートできる部分が最も多い感覚ですが、同時に人としての器の大きさも問われることになります」

企業として目指す社会的意義を、経営者がスローガン、ビジョンとして決定、社員全員で共有することも、会社に対する一人一人の有意味感を上げる効果があります。

「スキルや人脈が不足している社員には、企業の資源や人脈、先輩社員のスキルを提供する。これは『処理可能感』を高めます。頑張った社員にはそれに見合った評価を与える。公平で明確な評価制度は『把握可能感』を高めます。何より社員は、自分が会社からどれだけ大事にされているか、この会社にいる『有意味感』があるかどうかを、しっかり見ているのです」

社員のストレスを軽減、解消していくことは、必ず業績アップにつながります。経営者としてできること、経営者にしかできないことを、ぜひ、考えてみてください。(提供:THE OWNER

文・藤井真也