企業経営が軌道に乗り経営者として「次の一手をどのように進めていくのか」は社運をかけた判断となる。身の丈にあった経営をコツコツと継続して安定性を求める企業経営スタイルを貫くことも方法の一つだ。また現状に満足することなく積極的に成功した既存の事業規模を拡大する企業もあるだろう。新なかには新規事業の開拓を目指し会社のさらなる成長を追い求めることに重点をおく経営者もいる。

これらの戦略や戦術をどのように行うかは経営者判断を迫られることになるだろう。本記事では経営者が取り得る選択肢のうち新規事業の展開によって会社がどのように成長していくかをその事業の企画プロセスをみていこう。

新規事業立ち上げからの効果

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(画像=ilkercelik/Shutterstock.com)

すでにビジネスの世界で成功体験を持ち合わせている経営者といえども新規事業を立ち上げ、新たな分野に参入するのには、それなりの勇気と決断力が求められる。新規事業をスタートさせるのを後押しするため、期待できる効果にはどのようなものがあるのだろうか。ここでは3つの視点から解説していく。

  • 事業の多角化によるリスク管理
  • 会社規模の拡大
  • 時代のニーズに合わせた製品・サービスの提供

1.事業の多角化によるリスク管理

1つ目のメリットとして挙げられるのが「事業の多角化によるリスク管理」だ。例えば資産運用の際に「卵を一つの籠に盛るな」という格言がある。これは複数の資産に分散して運用することでリスクコントロールする方法だ。この考えを事業にも当てはめると足元では順調に推移する事業といえどもそれだけに会社が依存してしまう危険ということになる。

いざ不測の事態が起きた際に他にカバーできる手段がなければまたたく間に経営は立ち行かなくなるだろう。2019年12月中旬ごろから中国が端緒となった新型コロナウィルスの感染が予期せぬスピードで世界中に広がりパンデミックとなった。中国の春節の季節も重なったため中国からの訪日観光客をターゲットにした事業会社の損失は深刻だ。こうした事態でも別の事業を展開していればリスクを軽減することはできただろう。

したがってリスクコントロールの観点からも新規事業を立ち上げ事業を多角化してくことは有効な手段の一つだ。

2.会社規模の拡大

少子高齢化が進み、国内市場が縮小する中で既存製品やサービスの販売が飛ぶ鳥を落とす勢いで成長することは期待しにくい。販売促進や新規顧客の開拓をしたところで得られる果実は新規事業を軌道に乗せるものと比較すると見劣りするだろう。したがって市場が飽和状態にある中で既存事業に勢力をかけ数%の成長を追い求めるのはおすすめできない。

それよりは、新規事業を積極的に展開し企業の柱となっている既存事業と同規模まで新規事業を成長させることができれば単純計算では会社の規模が倍増することになる。会社の規模が拡大すればそれだけ社会的な信用も比例していき資金調達の際にも有利に働くことが期待できるだろう。

3.時代のニーズに合わせた製品・サービスの提供

技術革新が進む中、すさまじいスピードで世の中も変化している。昨日まで便利だった製品やサービスは時代の移り代わりとともに新しいものに淘汰されていくことも珍しくない。刻々と変化するライフスタイルの中で時代のニーズに合ったものが次々に求められる。すでに提供している自社製品やサービスを改良することで新しい時代の流れに乗ることができるケースもあるだろう。

しかし既存のサービスでは対応できくなる場合もある。そうなると新規事業で消費者の新たなニーズをくみとり時代のニーズに合わせた製品やサービス開発につなげることは、会社の生き残りをかけた選択ともなりえるのだ。

新規事業を企画するための5つのポイント

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実際にアイデアを事業に落とし込むにはどのようなことを行えば良いのだろうか。新規事業を思い立っても社内でそのアイデアに賛同が得られなければプロジェクトとして進展することもない。たとえワンマンオーナー社長だとしても従業員に丁寧に説明することで新規事業への理解を共有し事業のアイデアをともにブラッシュアップすることもできる。

そのためのツールとして企画書を有効活用することが鍵となるだろう。PowerPointなどさまざまなソフトを駆使して興味を引く企画書を作成できれば新規事業の実現性も高まる。ただ企画書作りを苦手にしているビジネスパーソンも多いのではないだろうか。そこでここでは新規事業に向けた企画書の作り方のポイントを5つ紹介する。

  • 新規事業の必要性
  • 新規事業の目的
  • 市場分析
  • 事業モデル
  • 事業計画

1.新規事業の必要性

新規事業の企画書となると前のめりになって新しい事業のアイデアから説明したくなるかもしれない。しかしまずは冷静に「なぜその事業が会社あるいは世の中にとって必要なのか」というポイントからスタートすべきであろう。いくら優れたビジネスアイデアでも時代や消費者のニーズにマッチングしていなければ新規事業として検討に値しなくなってしまう。

つまりこの新規事業の必要性をしっかりと伝えることができなければ、そのアイデアは新規事業として不要といっても過言ではない。逆にいえば必要性をしっかりと分析することができれば新規事業モデルの策定のプロセスへとスムーズに流れていく。

2.新規事業の目的

事業の必要性がきちんと説明できたたら次に求められるのは、「その新規事業によって何を達成したいのか」という目的を明確にすることである。例えば以下のような目的が考えられるだろう。

  • 新規顧客層の開拓
  • 事業の多角化
  • 企業イメージの刷新
  • ライバル社との競合を仕掛ける

新規事業のゴールをイメージ付けしアイデアとして共有することに成功すれば多くの同僚を巻き込んだうえで経営陣からの新規事業への承認獲得にも一歩前進となる。

3.市場分析

新規事業の必要性と目的の項目は、どちらかといえば大きな風呂敷を広げながらビジョンを語って新規事業に引き込むような項目である。しかしビジネスの世界では、夢物語だけでリスクを冒してまで新規事業に投資することはできない。そのためしっかりとしたデータを提示したうえで事業の確実性をアピールすることが必要だ。

具体的なデータとしては「市場規模」「顧客層」「競合他社の動向」「マーケットのトレンド」などをより明確な数値で示すことができれば新規事業に説得力が増す。「リスクを冒してまで参入するほど収益のある市場が潜在するのか」「自社がアプローチできていない顧客層に訴求できるのか」といった点を中心に分析を推進していくことが必要だ。

4.事業モデル

「どのような事業モデルを描くのか」という点の説明も重要だ。新規事業の主体となる自社を中心にして顧客、取引先などステークホルダーとの関連性を図表で示しながら「どのようにビジネスが回っていくのか」をイメージ付けることが鍵となる。図表の策定段階では、「ステークホルダーに抜け落としがないか」「省略できるポイントがないか」など頭の体操もかねて整理することができる。

5.事業計画

最後に「新規事業をどのようなスケジュールで進めていくのか」について具体的な工程を説明に付け加える。新規事業のスケジュールは大きく2つに分類できるだろう。一つは、世の中のトレンドに合わせた新規事業を展開する場合、迅速に事業を進めていち早く需要を取り組むことが期待される。したがって事業計画のスケジュールに無駄なくスピーディーな工程を示さなければならない。

もう一つは、潜在的な需要を予測しながら新規事業を進めていく場合である。このケースでは、今後予想されるイベントのスケジュールや社会構造の変化などをデータで示すことが必要だ。それぞれのタイミングに合わせて新規事業を導入していくことが示せれば事業の有効性をアピールすることにつながる。

経営者が新規事業の見極めるために重視したい3つのポイント

経営者は、従業員から新規事業の計画が提案された際、最終的なGoサインを出すのかどうかの判断を迫られる。その際に注意しておきたいポイントは以下の3つである。

  • リスク分析
  • 事業の確実性
  • 会社の理念との方向性

1.リスク分析

新規事業の企画案に含まれる事業の必要性や市場分析から経営者として新規事業に潜むリスクを見分けなければならない。新規事業の開発には当然リスクが伴う。しかしそのリスクを最小限にとどめるとともにリスクの許容範囲をあらかじめ設定しておくこと必要だ。許容範囲をしっかりと設定しておくことで仮に事業が回らなかったときに潔い撤退を決断するのに役立つだろう。

2.事業の確実性

リスク分析と合わせて事業の確実性も経営者として押さえなければならないポイントである。事業のスケジュールや資金繰り、既存ビジネスとの兼ね合いなどさまざまな角度から事業の確実性を見極めなければならない。アイデアは優れていてもスピーディーに事業を展開できなければ事業の確実性は低下してしまい資金繰りが回らなければ新しいチャレンジも水の泡となる。

また新規事業へ執着するあまり既存のコア事業に悪影響を及ぼすようでは本末転倒だ。経営者はこれらの点に配慮しながら事業の確実性を慎重に判断していくことになる。

3.会社の理念との方向性

新規事業の立ち上げによって会社の成長を期待するのは当然のことである。一方成長にとらわれるあまり本来の会社の理念からかけ離れてしまい経営が傾くパターンも少なくない。例えば社会の持続可能性を重視し近江商人の売り手よし買い手よし世間よし……といった「三方よし」のような経営理念を掲げていたとしよう。

それにもかからず新規事業がこうした方針を度外視し自社の利益だけを追求するものであれば注意が必要だ。経営者として本来の会社のあるべき姿と新規事業の方向性が合致しているのかを見極めなければならない。

新規事業の戦略を練るための2パターン

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実際に新規事業を立ち上げるにはどのような戦略で挑むことが必要だろうか。すでにノウハウを有する分野で勝負していくことも戦略の一つだ。一方でまったく新しい領域に足を踏み入れていくことも視野に入れておく必要があるだろう。ここではそれぞれの2パターンをみていこう。

  • 自社のノウハウをいかした新規事業
  • ノウハウのない新規事業

1.自社のノウハウをいかした新規事業

すでに特定の分野で事業主としてマーケットにおける信頼を獲得しいているケースでは、そのノウハウを新たな事業で活かすことができる。具体例として挙げられるのが富士フイルムの化粧品事業だ。富士フイルムはいわずと知れたカメラ・フィルムのリーディングカンパニーである。その会社が2006年ヘルスケア事業を拡大するために化粧品事業に参入し主力製品ブランドの「ASTALIFT」を誕生させた。

カメラ会社と化粧品の組み合わせに驚いた消費者もいたが実際には同社が長年写真分野で培った先進技術を化粧品に応用したというわけである。競争の激しい化粧品業界にあって新規参入のハードルは決して低いものではない。しかしカメラ事業から得た高い信頼は、化粧品事業を展開する際にもブランド力としいて追い風となった。

事業内容は従来のものとはまったく異なるものであったが独自技術の駆使によって人々の生活向上に寄与するという同社の企業理念にも合致した新規事業の展開に成功した。

2.ノウハウのない新規事業

「餅は餅屋」といわれるようにノウハウのない事業に新規で参入していくのは生やさしいことではない。ノウハウのない分野においては、自社で1から事業を展開していくパターンとM&Aによって他社のノウハウを活用するパターンに大きく分かれるだろう。

・1から事業展開していくパターン(無印良品の例)
前者の例としては無印良品を展開する良品計画による飲食業界への新規参入が挙げられる。雑貨や衣類を中心とした小売業だった無印良品の店舗にカフェが併設され路面店のカフェも登場した。さらには生鮮食品を取り扱う食の専門店、日替わり弁当と食品事業を新たな収益源にまで成長させている。

・M&Aで他社を活用したパターン(大和ハウス工業の例)
後者の自社ノウハウのない異業種にM&Aで進出する際は、最大のメリットとして事業展開の時間短縮とリスクの削減が期待できる。例えば総合不動産ディベロッパーの大和ハウス工業は、2018年4月に決済サービスを提供していたベンチャー企業のロイヤルゲートを買収・合併した。ロイヤルゲートは店舗などで使用される決済端末PAYGATEを展開。

大和ハウスがM&Aによって同社のグループが開発する商業施設のテナントにロイヤルゲートの決済端末を導入することで相乗効果が生まれた。新規事業の開発資金が豊富な大手企業といえども自前で1から事業を立ち上げるよりM&Aを効果的に活用している。

したがってノウハウのない異業種への新規事業参入を検討する際は、「自社で1から立ち上げてもスピーディーに展開できるか」「既存の需要を素早く取り込むためにはM&Aの手法が有効か」を適切に判断することが重要だ。

新規事業における課題と解決策

実際に新規事業案が固まったところで直面する課題の一つは資金調達だ。金融機関からの融資を得ずに自己資金で新規事業に投資することも可能ではある。しかし目まぐるしく変化するビジネスの世界において限定された資金だけでは新規事業によってもたらされる果実が最大限に得られず機会の損失となるリスクさえあることも忘れてはいけない。

したがって融資を受けることを検討するのが賢明であろう。すでに自社のコアビジネスで実績を残していれば創業時と比較すると新規事業に対する融資は受けやすくなる傾向がある。そのためまずは会社としての信用を積み上げることが日ごろから求められる。また金融機関の中には新規事業を対象とした融資を提供しているケースもあるため活用したいところだ。

例えば日本政策金融公庫では「中小企業経営力強化資金」として新規事業の開拓により市場を創出する場合に融資を実施している。これ以外にも取引先の金融機関に新規事業に特化した融資サービスの有無を確認するとよいだろう。事業計画や資金調達がうまくいったとしても必ずしも新規事業が成功を収めるとは限らない。

例えばユニクロを展開するファーストリテイリングは、いまや世界的なファッションブランドに成長した。しかし新規事業を巡っては苦い経験もあるのだ。2002年には、ユニクロ以外のビジネスの柱として野菜事業に参入したもののわずか1年半余りで事業からの撤退を決断した。ユニクロで培った製造小売業(SPA)を野菜事業に活用して新たな収益事業として育てようとしたが赤字を垂れ流し短命に終わった。

世界的に成長したファーストリテイリングでさえも新規事業を成功させるのには失敗した経験がある。一方、潔く撤退する判断をしてコアビジネスに影響を与えなかった点は、経営者としては教訓にしたいところだ。

経営者の資質が問われる新規事業の企画

新規事業を検討する背景にはさまざまな理由があるだろう。新たな分野を開拓して会社を成長させるというのも一理である。その企画にあたっては、「新規事業の目的など必要な項目がしっかりと抑えられているか」「経営者としては、新規事業が会社の理念に即しているか」などをきちんと見極めることが必要だ。

一方、現状の事業がうまく回っているため、あえて新規事業に参入するリスクを取りたくない経営者もいるだろう。しかしビジネスの世界はまさに一寸先は闇であり明日の状況は誰にも予測できないことを肝に銘じなければいけない。事業が多角的に展開されていれば一つの事業が失敗しても他の事業で補うこともできる。事業を多角的に運営する観点からも新規事業を企画することは検討に値するだろう。(提供:THE OWNER

文・奥田隆志(ビジネスライター)