バブル崩壊から今に至るまで、日本企業は「選択と集中」と「持たざる経営」を進めてきた。その結果、どうなったか。

「法人企業統計調査年報」によると、ここ5年以上、日本企業全体の経常利益は安定して増勢基調であり、2016年には75兆円と、バブル期の倍近い水準に達した。一方で、売上高はこの30年間ほとんど横ばい。1989年以降を見ても、日本全体で1300兆~1600兆円のレンジ内を上下していて、直近の数字も1400兆円強にとどまっている。

日本企業は利益を伸ばすことには成功したが、新たな事業創造ができず、売上のトップラインを伸ばすことができずにいる。それに加えてのコロナショック、である。

これから成長を目指す企業には、「選択と集中」に対する正しいと戦略の軌道修正が必要ではないだろうか。昨年、『持たざる経営の虚実』(日本経済新聞出版社)を出版したフロンティア・マネジメント代表取締役の松岡真宏氏に、成長を目指す日本企業が目指すべき道について4回に渡って寄稿してもらった。

1回目は、日本企業が金科玉条のように掲げる「選択と集中」の誤解の歴史についてだ。

松岡真宏(まつおか・まさひろ)氏
東京大学経済学部卒。バークレイズ証券、UBS証券などで流通業界の証券アナリストとして活動。2003年に産業再生機構に入社し、カネボウとダイエーの再生計画を担当する。2007年よりフロンティア・マネジメント代表取締役。近著に『時間資本主義の時代 あなたの時間価値はどこまで高められるか?』(日本経済新聞出版社)がある。

1990年代後半に始まった「選択と集中」誤解の歴史

成長企業のための「多角化経営」のすすめ#1
(画像=PixHound/Shutterstock, ZUU online)

日本で「選択と集中」という言葉が一般化したのはいつ頃だろうか。今では、当たり前のように使われているこの言葉が広く紹介されるようになったのは、1990年代後半からだ。

1981~2001年の20年にわたり、ゼネラル・エレクトリック(GE)のCEOに君臨したカリスマ経営者、ジャック・ウェルチの著書が、1990年代後半に日本でベストセラーとなり、一気に広まったのだ。

だが、意外かもしれないが、ウェルチは「GEの全ての事業は、将来的にその分野における業界ナンバーワンかナンバーツーになるものだけにする必要がある」という考え方を述べたに過ぎず、多角化を否定するものでも、リストラを推進するものでもなかった。この時から「選択と集中」に対する誤った解釈の歴史が始まってしまったのだ。

背景には、日本の経済情勢があった。90年代後半、山一證券や日本長期信用銀行など、日本を代表する大手金融機関の経営破たんが相次いだ。その結果、金融機関各社は自らのバランスシート圧縮を迫られ、日本において一般的に使用されてきた事業会社同士での企業間信用(金融機関を介さない手法)も同様に圧縮を余儀なくされた。

こうした惨状を目の当たりにした日本の各事業会社は、バブル時に膨らませたバランスシートを圧縮する必要に迫られた。そんな折に紹介されたウェルチの言葉は、日本の経営者にとって“福音”となり、大ブームとなったわけだ。

「選択と集中」が失策を大転換するための“免罪符”に

もう一つ。「選択と集中」という言葉は、日本の経営者にとって、過去の拡大戦略の失策を大幅に転換するための“免罪符”的な役割も果たした。

不採算事業を切り捨てるのは過去を否定することになり、多くの日本企業にとっては決して容易なことではない。そこで日本の経営者たちは、「選択と集中」という言葉が広がったことを好機と捉え、過去をゼロクリアにさせるための免罪符として使ったのだ。

さらに言えば、「選択と集中」の“誤訳”に囚われた少なくない日本の経営者たちは、経済発展に必要不可欠な「アニマルスピリット」(必ずしも合理的には説明できない不確実で主観的な心理)を体内から捨て去り、リスクテイクという行動規範まで捨ててしまった。

確かに「選択と集中」という名の下に、多角化の否定や本業への特化は、一部の日本企業にとって必要な戦略だった。そのおかげで生き延びられた日本企業も少なくない。しかし、このようにマイナス面も大きかったのだ。

ミクロの視点で見た「選択と集中」2つの問題点

だが、「選択と集中」にはミクロの視点で見ても大きくいって二つの問題がある。