シンカー: 米国の新規失業保険申請件数が史上最高値を2回連続で更新し、金曜日に発表された3月の雇用統計は集計時点で労働市場が既に予想以上に悪化していたことを示した。外出制限や工場、店舗の閉鎖などが敷かれる中で、経済活動は前例の無い大幅縮小に直面している。コロナウイルス問題がいつまで継続するかは不透明だが、経済活動が大きく縮小した後にどの程度持ち直すことができるかが今後の焦点になるだろう。FEDをはじめとした中央銀行はすでにコロナウイルス問題に対して積極的に対応を試みてきたが、この問題に対して中央銀行ができることは限られている。危機が終息した後、経済が危機前より縮小した状態が続いてしまうか、すみやかなリバウンドにつながるかは財政政策にかかっている。

各国が緊縮に偏っていた財政スタンスを緩和方向に大幅に修正し、大胆で柔軟な経済対策を迅速に実行し、そしてそのスタンスを新型コロナウィルス問題の終息まで維持できるかに注目である。終息後の経済のリバウンドの力を維持するためには、家計の所得への不安が、ロックダウン期間の直接的な量を超えて、消費を追加的に削減することを回避しなければいけない。そのためには、家計への十分な現金給付と雇用状態を維持する企業への補助が必要だろう。そして、需要の短期的な消滅によるキャッシュフローの悪化で、企業が倒産してしまえば、雇用所得を通した需要減少だけではなく、供給減少がリバウンドの力を失わせるリスクとなるため、休業補償や流動性対策などの支援も必要だろう。新型コロナウィルス問題などによるグローバル経済への損傷が日々拡大して底割れの危機にある中で、各国の政策当局は本当に「必要な全てのことを行っている」のか試させれることになる。これ以上の政策余地はないというくらいに圧倒しなければ、国民とマーケットの心理の悪化をすぐに止めることはできないだろう。各国の政策当局が国民の生活不安に共感できるのかに注目である。国民の生活不安に対する政策当局の共感がないと感じれば、生活の底割れの危機をあまり感じない比較的安全なところにいるであろう政策当局のエリートが経済政策を左右することに対して、国民の信頼は完全に失墜してしまうだろう。行きつく先は、これまでも欧米で問題になってきたポピュリズムの更なる拡大による政治不安の深刻化だろう。

日本の場合、世論が大規模で迅速な国民一律の現金給付を求めているのに政府がそれを躊躇するような形は、かつての民主党政権が、国民が期待していた大規模なこども手当を実現できなかったことで、国民の失望と政治不信が拡大してしまった形と類似しているようにみえる。支援が受けられる層と受けられない層の分断はポピュリズム拡大のリスクとなるかもしれない。財源の制限を意識し、「ツケを将来世代に回すな」という主張がみられる。現世代と将来世代、現役世代と引退世代など、分断(負担の押し付け合いとゼロサムゲームのような結果)を前提とする政策理論は、結局のところ現代の分断を生んでしまうことになるだろう。両者の生活水準がともに向上するような分断を乗り越える政策理論をエリートがもたないのであれば、この難局で国民の信頼をつなぎとめることはできないだろう。財源を意識しすぎていることを国民にさとられてしまった不十分な経済政策への評価は上がらないとみられ、第二弾の更なる経済対策(追加的な一律給付を含む)がすぐにでも必要になるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・経済指標・クイックコメント集

●米NFP (4/3): -701k (予想-100k / 過去2か月修正分-57k)

●米失業率 (4/3): 4.4% (予想3.8% / 前回3.5%)

●米平均時給 (4/3): MoM 0.4% (予想0.2% / 前回0.3%) / YoY 3.1% (予想3.0% / 前回3.0%)

・3月の雇用統計で非農業部門の雇用者数は予想以上の大幅なマイナスとなり、失業率も3.5%から4.4%へと急上昇。
・特に娯楽、宿泊が大きく落ち込むと同時に、ヘルスケア、小売り、建設と言った業種でも減少が見られた。
・今回の結果は12日を含む週時点のため、コロナウイルスの影響が十分含まれていないと見られていたが、それを踏まえた上でも予想以上の落ち込みになっている。
・外出制限の動きが広がり、飲食店や工場なども閉鎖される中、今回の雇用統計はさらなる悪化の始まりに過ぎないだろう。
・今後、ウイルスの感染拡大が落ち着いてきた時に、ペントアップ需要を背景にリバウンドするかが焦点になる。

●米ISM非製造業指数 (4/3): 52.5 (予想43.0 / 前回57.3)

・3月のISM非製造業指数は前回からは低下したものの52.5と予想を上回った。
・内訳では、新規受注をはじめとして軒並み悪化している一方で、入荷遅延(Supplier Deliveries)は大幅に上昇した。
・先日発表されたISM製造業指数と同様に、コロナウイルスによる入荷遅延が反対に指数全体を押し上げてしまう構図になっているようだ。
・製造業と比べた際、非製造業はペントアップ需要が弱いと考えられるため、コロナ問題が落ち着いたとしても反発が遅れる可能性があるだろう。

●米新規失業保険申請件数 (4/2): 6648K (予想3763K / 前回3283K -> 3307K)

・3月28日の週、新規失業保険申請件数はコンセンサスを再び大幅に上回り、前回を2倍程度上回る結果となった。
・コロナウイルスの感染拡大が続く中、飲食や、小売りなどでレイオフの動きが増加してきているようだ。
・州別ではカリフォルニアが米国全体で最多となっており、ペンシルバニアやニューヨークが続いている。
・各州も外出制限などの措置を発表する中、今後も新規失業保険申請件数は高水準を推移する恐れがあるだろう。
・政府が企業の資金繰りをサポートし倒産を防ぐことで、経済活動が再開した際のリバウンドにつなげることができるかが重要になってくる。

●米ISM製造業 (4/1): 49.1 (予想44.5 / 前回50.1)

・3月のISM製造業景況感指数は下落したものの、コンセンサスほどは落ち込まなかった。
・新規受注は7.6ポイント低下して42.2と11年ぶりの低水準となり、他の項目も軒並み下落。
・仕入価格もコロナウイルスによる需要の低下と、産油国の減産合意頓挫による原油価格の急落をうけて大きく下落した。
・入荷遅延(SUPPLIER DELIVERIES)は上昇しており、通常は生産が需要に追い付いていない状況を示しているが、今回はサプライチェーンの機能不全を反映しているとみられる。
・入荷遅延によって総合指数の落ち込みが抑えられたが、指数が示している以上に現状は悪化している可能性が高い。

●米コンファレンスボード消費者信頼感指数 (3/30): 120.0 (予想110.0 / 前回130.7 -> 132.6)・現況: 167.7 (前回165.1 -> 169.3)・期待: 88.2 (前回107.8 -> 108.1)

・3月のコンファレンスボード消費者信頼感指数は2011年以来の低下を記録し、120となったがコンセンサスは上回った。
・期待が大幅に低下しており、コロナウイルス感染拡大による収入減やレイオフの増加などに対する悲観を強めているようだ。
・提出締め切りは3月19日となっているが、それよりも早い段階で提出した回答者も含まれているため、次回の調査ではさらに悪化する可能性がある。

●米新規失業保険申請件数 (3/27): 3283K (予想1700K / 前回281K→282K)

・3月21の週、新規失業保険申請件数はコンセンサスを大きく上回って3283Kと過去最多の増加を記録。
・コロナウイルスへの対応として、操業の停止、雇用削減を進める企業が増えており、特に小売りや飲食業などが影響を受けている。
・州別には、ペンシルバニア、カリフォルニア、テキサスなどで申請件数の大幅な増加がみられた。
・雇用状態の悪化により消費活動が大きく落ち込むことが予想されるが、次週以降も非常に多い申請件数が出る可能性があるだろう。

●仏MARKIT製造業PMI (3/24): 42.9 (予想40.6 / 前回49.8)・サービス業PMI (MAR): 29.0 (予想40.0 / 前回52.5)・総合PMI (MAR): 30.2 (予想38.1 / 前回52.0)

●独MARKIT製造業PMI (3/24): 45.7 (予想39.9 / 前回48.0)・サービス業PMI (MAR): 34.5 (予想43.0 / 前回52.5)・総合PMI (MAR): 37.2 (予想41.0 / 前回50.7)

●ユーロ圏MARKIT製造業PMI(3/24) 44.8 (予想39.0 / 前回49.2)・サービス業PMI (MAR): 28.4 (予想39.5 / 前回52.6)・総合PMI (MAR): 31.4 (予想38.8 / 前回51.6)

・3月のドイツ・フランス・ユーロ圏PMIは大きく下落。製造業PMIは予想よりも下落幅が小さかった一方で、サービス業PMIは予想以上に悪化した。
・ウイルスのさらなる感染拡大と、対策のために移動制限などの措置が取られ始めたことで企業活動が大きく阻害された。
・特にサービス業のうち、旅行や外食といった顧客と対面する業種が今回最も大きく影響を受けているようだ。
・いまだコロナウイルスが終息する兆しは見えず、景況感への下押し圧力が4月に入っても続くのは必至だろう。

グローバル・政治/金融政策・クイックコメント集

●新型コロナウイルス危機とユーロ圏国債の格付け(4/1)

市場では、コロナウイルスの影響を受けて財政拡大に迫られている政府が格付け見直しを受けるリスクが注目されている。すでにイタリアなどの周辺国の格付けは投資適格の下限にあり、特にファンダメンタルズの弱さも加えてイタリア格下げをめぐる観測が強まれば、イタリア国債のへの圧力が高まる可能性が高い。今回の新型コロナウイルス危機を受けたリスクオフの強まりに加え、ラガルド総裁の“WE ARE NOT HERE TO CLOSE SPREADS”発言もあってイタリア国債利回りは急激に上昇、一時10年対独スプレッドは280BP程度と、2月中頃までの130BP程度の水準から著しく拡大した。ECBは今回の危機へに対してPEPPを導入するなど対応を急いでおり、PEPP発表後にスプレッドは一時期と比較すると落ち着いてきたようだ。ECBはPSPPの対象となる要件を投資適格(BBB以上)としてきたため、ギリシャ国債は対象から除外されていたが、新たに導入されたPEPPではギリシャ国債も対象となっている。もし仮にイタリア国債が格下げを受けた場合であっても、PEPPがバックストップとなることが期待できるかもしれない。

●FITCHが英国格付けをAA-に引き下げ(3/30)

3月27日、FITCHが英国の格付けをAA(NEGATIVE)からAA-(NEGATIVE)へと引き下げた。見直しの理由として、コロナウイルス感染拡大への対処にともなう財政の悪化を挙げている。また、コロナウイルスによる短期的ではあるものの深刻な経済への影響や、BREXIT後のEUとの通商関係をめぐる不透明感が継続していることも言及された。同様にコロナウイルスの影響を受けて財政拡大に迫られている政府は、格付け見直しを受けるリスクがあるかもしれない。EUではサブプライムローンショック・欧州債務危機の後、格付け会社への依存を減らすとともに、透明性を高めるよう求めてきたが、このような動きが再び注目される可能性がある。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司