綿密に準備し、あえて忘れる!?

印象を書き出し、理論を構築し、それにのっとった言葉を選び──そのうえで、直前にはそれらをすべて「忘れる」という。

「せっかく準備した内容・語句・語る順番、すべて忠実に再現したいところです。しかしそのこだわりのせいで、昔はよく失敗しました。メモを読み上げるような違和感のあるコメントになってしまいがちなのです」

その違和感の原因は、会話の流れが途切れてしまうことだ。

「コメンテーターは原則、司会者から質問が来て、それに答える形で発言します。ここで、準備通りの内容にこだわりすぎると、問いに即していない答えになり、流れがちぐはぐに。『言いたいことだけ言う人』という印象も与えてしまいます」

現在、本番で手元に置いておくのは、エッセンスを単語レベルで抜き出したシンプルなメモ1枚。

「単語だけでも書き出しておけば安心感がありますし、質問が来たとき、自分が用意していた単語に関連があれば、すぐに対応できます。こうすれば会話の流れを活かしながら、伝えたいことを自然な形で届けられます」

加えて、言いたいことを「一度に全部言わない」ことも心がけている。

「これは、番組でご一緒している石原良純さんから『最初の答えは8割にとどめるといいよ』とアドバイスをいただいたおかげです。全部言い切らずに、少し手前で止めれば司会者がさらに質問し、それに答える、という流れが作れる。たしかにそのほうが進行もスムーズになり、視聴者にも親切ですね。話者も、一人で全部言ってしまうより、知識が共有できていると確認しながら話せて安心です」

全員に好かれるコメントはつまらない

テレビという媒体は、画面の向こうの視聴者を直接見ることができない。そこで山口氏は、番組ごとに、視聴者層と同じ属性を持つ身近な誰かをイメージしているという。

「専門分野について説明をするときは、よく妹に確認します。専門外の立場で聞いてもわかりやすいか、納得感はあるか、面白く感じるか。朝のワイドショーのコメントなら、視聴者層と同世代である母の意見や感覚が参考になりますね」

対象ごとに「どのような意見が受け入れられやすいか」も併せて考える。ただし、「全員に好かれよう」とは決して思わないという。

「この意見は賛成されやすいか、抵抗を受けやすいか、視聴者の方々のイメージを描きながら考えます。最終的に、好感と抵抗感の割合がだいたい『8:2』くらいになるのがベストなバランスだと考えています。

10割の人に好かれる意見とはすなわち、無難で印象の鈍い意見です。他方、インパクトだけを狙うのも、相手の不快感のほうが先に立ってしまうでしょう」

では仮に、受け入れられにくい話をせざるを得ない場合はどうすればよいだろうか。

「よく行なうのは、話し方で調整する方法です。メッセージの軸はしっかり保ちつつ、言葉の使い方をソフトにするのです。内容がどうあれ、これだけでかなり通りがよくなります」

周囲の反応を、一度「受ける」のも手堅い方法だ。

「他の出演者の方が『それはおかしい!』と発言されたら、『そうですよね。その感覚はとてもよくわかります』と一度共感して、そこから『しかし法律上はこうなっており……』というように続けるのです。このひと言を挟めば、耳を傾けてもらいやすくなります」