企業の成長・発展のためには、IoTやAI、ビッグデータなどのデジタルツールを活用して事業を変革し、新しい付加価値を創造するためのデジタル化の推進が求められる。デジタル化の推進には、デジタルツールを使いこなすデジタル人材が不可欠である。人材市場においてデジタル人材は不足しており、各企業はその確保と育成に苦労している。今回は、デジタル人材の確保と育成における課題、その対応方法について解説する。
デジタル人材の採用と育成の現状
企業がデジタル化を進めるにあたってはデジタル人材が必要になるが、その確保と育成が課題となっている。まず、現在のデジタル人材の採用と育成の状況について見てみよう。
デジタル人材とは?
「デジタル人材」という言葉をよく聞くようになったが、デジタル人材には今のところ明確な定義がないようだ。
似ている言葉に「IT人材」があるが、経済産業省では日本標準産業分類の「情報通信業」の中の「情報サービス業」と「インターネット附随サービス業」に分類される企業を「IT企業」としており、「IT企業及びユーザ企業の情報システム部門に所属する人材」をIT人材と定義している。
デジタル人材については、「デジタルデータに基づいて変革を行い、新しい価値を生み出すこと」を推進する人材としている企業が多いようだ。よって、デジタル人材は情報システム部門に所属する人材とは限らず、さまざま部門において必要とされていることになる。
デジタル人材確保の必要性
近年、さまざまなサービスの利用データから、消費者のニーズや行動などを分析して需要を予測する「ビッグデータ」や、モノがインターネットにつながることで情報を収集し、情報でそのモノを制御する「IoT」、それらの情報を処理して応用する人工知能「AI」などのデジタルツールを活用した新しいサービスや商品が次々に登場している。
日本企業は、デジタル化において世界に大きく遅れを取っていると言われており、さらに対応が遅れると企業の存続が脅かされることになるだろう。企業がデジタル化を進める上で最も重要なのが、各種デジタルツールを使いこなすことができるデジタル人材であり、その確保や育成が急務となっている。
転職市場におけるデジタル人材の現状
NTTデータ経営研究所が20~40代の人を対象に行ったインターネット調査によると、デジタルテクノロジーへの知見があるデジタル人材は全体の1割ほどだ。企業がデジタル人材の確保を急ぐ中で、そもそも人材の絶対数が圧倒的に不足しているのだ。当然優秀なデジタル人材は引く手あまたであり、高い報酬を用意しても転職市場で確保するのは難しい状況だ。
また、同調査によるとデジタル人材のうち転職経験者は71.6%で、非デジタル人材の56.3%に比べると高い。また、デジタル人材の30.6%は1年以内の転職意向があり、非デジタル人材の9.7%の3倍以上だ。このことから、デジタル人材の確保と併せて定着を図ることも課題であることがわかる。
デジタル人材確保の課題
デジタル人材を確保するにあたって課題となっているのは、市場におけるデジタル人材の不足だけではない。デジタル人材の転職意向が高いと述べたが、彼らは転職では報酬だけでなくスキルアップも重視している。新卒で採用した場合も、既存社員に対するデジタル教育を行う場合も、多くの企業ではデジタル人材を育成できる人がいない、育成方法がわからないといった課題がある。
デジタル人材の確保においては、まず社内でのデジタル人材の定義が明確にする必要がある。しかしながら、現在は多く企業でデジタル人材の定義がなされていない。
デジタル人材を確保・育成する方法は?
現状と課題を踏まえて、デジタル人材を確保・育成するために企業は何を行えばいいのだろうか。事例を含めて紹介しよう。
人材を確保するための計画の立案
前述のとおり、まず社内でデジタル人材の定義や人物像を明確にする必要がある。これが明確になっていないと、人材確保と育成のゴールを決めることができないからだ。その上で、人材を確保するための計画を立案していくことになる。
採用基準の見直し、ターゲットの明確化
デジタル人材の定義が決まれば、それまでの自社の採用基準を見直す必要が生じることもあるだろう。デジタル人材の採用基準が決まったら、ターゲットを明確化し社内でその情報を共有することになる。
JR九州システムソリューションズ株式会社では、自社の「デジタル人材の育成・採用への主な取り組み」をプレスリリースで発表している。このように採用のターゲットや入社後の育成計画がはっきりと示されていると、求職者はこれを判断材料として応募企業を決めることができる。
また、物流大手のヤマトホールディングスでは、専用の「デジタル人材中途採用サイト」を立ち上げて、自社のデジタル化の考え方や取り組み、求めるデジタル人材像を紹介して、デジタル人材の中途採用に取り組んでいる。
デジタル人材を育成する仕組みや評価する制度の見直し
採用した人材の教育と既存社員のデジタル教育のそれぞれについて、育成する仕組みや育成状況を評価・判断するための基準を作る必要がある。この基準がないと、計画的な育成を進めることは難しい。デジタル人材の育成に積極的に取り組む企業では、育成の仕組みを作った上で独自の教育プログラムを作成して育成を強化している
大阪に本社を置く世界的な空調・化学製品メーカーであるダイキン工業では、大阪大学と包括連携協定を結び、社内に「ダイキン情報技術大学」を開講して、理系の新卒社員を対象に2年間通常業務を免除して、AIやIoTに関する技術を学ばせている。
多様な就業形態で人材を確保
経営環境の変化が激しい昨今では、従来の固定化された人材だけではあらゆる課題の解決が難しくなってきている。また、デジタル人材の確保が難しい状況の中では、多様な就業形態での人材確保が必要になる。デジタル人材の中にはフリーランスや業務委託、副業といった正社員ではない働き方を望む人も増えている。企業側も、フルタイムや長期雇用契約を前提とする従来の採用方法を見直す必要があるだろう。
デジタル人材を定着させるための注意点
デジタル人材は、非デジタル人材に比べて転職意向が高いというデータがある。そこで、デジタル人材の定着を目指す企業では、以下のような取り組みを行っている。
デジタル人材が活躍できる社内環境作り
デジタル人材が転職する際は、報酬だけでなくスキルアップも重視している。言い換えれば、彼らが常に活躍・成長できる仕事を与え続けることができれば、転職意向が下がる可能性があるのだ。
デジタル人材を育成する仕組みや評価制度の整備
スキルアップに関しては、デシタル人材を育成する仕組みを整備することが必要である。また、デジタル人材の採用が難しい中で、既存社員にもデシタルスキルを身につけさせることも大切だろう。職種や経験年数別に必要なスキルと知識を定めて、教育する仕組みと計画を立案しよう。また、身についたスキルの評価制度を整備することで、社員の満足度を高めることができる。
現在の職場での不満を把握して改善する
NTTデータ経営研究所の調査を見ると、育成したデジタル人材で転職意向がある人は、現職において「人材面」と「評価面」で不満を抱えている。人材面で不足していることは「尊敬できる上司」であり、評価面では「能力の高い社員の昇進」と「頻繁なフィードバック」である。
他にも「職場環境」「報酬」「組織体系」「ワークライフバランス」などの不満が考えられ、これの不満を把握して改善すれば転職意向が下がり、定着を図れるかもしれない。
ワークライフバランスに満足すると転職意向は下がる
前出のNTTデータ経営研究所の調査によると、20~40代はワークライフバランスに満足していると転職意向が下がるという。転職意向が高いデジタル人材も、働き方に満足できていると定着の可能性が高まるようだ。就業形態の多様化と併せて、社員が働きやすい環境を整える必要があるだろう。
デジタル人材の確保と育成は企業にとって喫緊の課題
経営環境が急激に変化する中で、企業でデシタル化の推進が急務となっている。そのデジタル化に必要なのが、デジタル人材の確保と育成だ。この対応が遅れると、企業の存続に関わるような危機に瀕する可能性もある。デジタル人材の確保は難しい状況にあるが、早急に課題の洗い出しと対策に取り組むべきだろう。(提供:THE OWNER)
文・THE OWNER編集部