シンカー: 昨年の今頃は、米国のイールドカーブの長短逆転が将来の悲観論を織り込んでいるため、自己実現的に景気後退に陥るという見方が多かった。実際にはファンダメンタルズは堅調で、実質成長率に対する長期期待(g)の低下は若干でしかなかった。一方、長期実質金利(r)は極度に低下していたため、金融市場から実体経済にまだ緩和効果が働く状態であった。長期実質金利はディスカウントファクターとして、株価のバリュエーションに影響を及ぼす。長期実質金利の低下はバリュエーションを押し上げる。gの低下に対して、rの低下の方が著しく大きく、g-rがかなり強かったことが、株価を史上最高値に押し上げたと考えられる。今回、新型コロナウィルス問題による経済活動の縮小で、実質成長率に対する期待(g)は大きく剥落し、g-rが弱くなることで、株価がが大きく押し下げられた。一方、FEDが大規模な金融緩和に転じたことと、安全資産としての米国債が買われ、長期実質金利(r)はまたマイナスに戻った。期待インフレ率は低下してきたが、政府とFEDの果敢な政策対応で、デフレ期待に陥るところまで弱くなっていないことが支えとなっている。結果として、g-rは回復し、株価のリバウンドにつながってきたのだと思われる。gの計測は難しいが、イールドカーブの形状で先行きの期待をある程度捉えることができるだろう。2年10年金利差を過去の平均(1997年から)で標準化し、10年実質金利を過去の平均を標準化したものとの差が、g-rの近似値と考えられる。昨年はイールドカーブの長短逆転により年初にはマイナスとなり引き締めの力が働いたが、後半には長期実質金利の低下により0程度に戻り、大きなマイナスとなった1990年代後半や2000年代半ばのような引き締めの形とはなっていなかったことが、株価上昇を支えたとみられる。今年は、新型コロナウィルス問題があるが、果敢な金融緩和政策の効果もあり、若干のプラスに戻ってきている。新型コロナウィルス問題により短期的に景気には深刻なダメージがあるが、長期の資産価値を反映する株価が比較的堅調である理由かもしれない。株価の大きな下落のリスクとして、新型コロナウィルス問題の長期化で、長期成長期待が低下したり、デフレ期待が実質長期金利を押し上げてしまうことだろう。一方、2021年に向けて景気がV字型回復していく場合は、シクリカル株へのローテーションに後押しされて株価には一段のアップサイドポテンシャルが見込める。

米国緩和度合い

米国緩和度合い
(画像=Bloomberg, SG)

グローバル・レポートの要約

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

●グローバル・ストラテジー(5/8):米国PEGレシオが過去最高に…EPS長期予測の急低下が背景

我々は、金融・財政におけるイデオロギー革命の最中にいる。鼻血が出るような(異常な)株式バリュエーションは、新しいイデオロギーが示される可能性があるという信念に支えられているに過ぎない。一方で、現実と期待のギャップが広がりつつある。筆者には、寝床で最後に読む仕事に関係する記事が効いてくる。実際にも筆者は昨夜、MMTの提唱者として最も有名な1人であるステファニー・ケルトン氏(STEPHANIE KELTON)のインタビュー記事(FT紙…リンク先)を読んだ後にMMTの夢を見た。(前後するが)筆者はその夜の最後(FT紙記事の後、眠る直前)に、MMTに対する賛否を併記した記事も読んだ(賛成:ケルトン氏、反対:エドワード・チャンセラー氏…リンク先)。その後に筆者の夢の中では、米国でヘリコプターマネーが、(ヘリコプターではなく長い貨物列車に乗った)ケルトン氏によってまかれていた。だがそれは非常に縁起の悪い夢だった。というのも、筆者が好きな映画である「ドクトル・ジバコ」でストレルニコフ(赤軍の将軍)が利用していた装甲列車に非常に似ていたからだ。映画通の方はご存じのように、ストレルニコフは最初は理想主義的な共産党員だったが、ロシア革命の後は最も野蛮な反革命共産党統制委員の1人となり、装甲列車でソビエト連邦内を周って反乱を潰していく。筆者には、就寝前には(以前のように)ココアを飲みながら好きな作家であるマリアン・キーズ(参照)の本を読むべきなのだろう、としか考えられない。

●アセット・アロケーション(5/11): S&P 500と景気回復の形状

L、U、V、W、R-SQUARED、スウッシュ(ナイキのロゴマーク)ETC…。現在、2021年の景気回復が取り得る形状を表現するために様々な文字や像が用いられている。問題は、回復の形状が米国株にどのような影響を与えるかである。弊社はS&P 500指数が2020年下期に3,100?3,500のレンジで推移するとみている一方、市場は現在、U字型回復シナリオに沿った値動きを見せている。

・異なる回復形状ごとのS&P 500の水準を推計:ここでは弊社の株式リスクプレミアム分析の枠組みを使用する。

・V字型回復シナリオでは一段のアップサイドポテンシャル:S&P 500は現在2,840ポイントに位置しており、2021年のV字型回復の場合は、回復の軌道という点での確度の向上とシクリカル株へのローテーションに後押しされて同指数に一段のアップサイドポテンシャルが見込める。

・依然続く不透明感が:オプション市場から洞察すると、市場はS&P 500が68%の確率で年末まで2,100?3,500の広いレンジで推移するとみている。このレンジは、L字型回復を除き、本稿で検証する回復の潜在的形状を網羅する。これは景気回復の形状(業績リセッションの深さ、コロナウイルス第2波のリスク)とワクチンの治験/開発に関して市場がいかにまだ判断しかねているかを反映しており、ディフェンシブ株と債券代替株(BOND PROXIES)がこれほど好調なパフォーマンスを見せているのはそのためである。

・チャンスの扉を開く:2003年と2009年の回復局面とは異なり、足元の株価上昇は主にデュレーション・コールを通じてディフェンシブ/テックセクターに牽引されている。従って、市場がシクリカル株へのローテーションを通じてV字型回復シナリオを織り込み始めた場合は一段のアップサイドが生じる可能性がある。これは市場がバリュー/グロースの議論に再注目することにもつながる可能性がある。

・S&P 500は2020年下期に3,100?3,500のレンジで推移すると予想:このレンジは、コロナウイルスの感染が2Qにピークに達し、段階的で秩序あるロックダウン解除が2021年のV字型回復への道を開くという弊社の基本シナリオから導出されている。市場は現在、U字型回復シナリオに沿った値動きを見せている。弊社はNASDAQ 100よりもS&P 500とS&P 400 MIDCAPSを選好する。

アセット・アロケーション(5/12): ヘッジファンドはボラティリティの嵐をどう乗りこなしているのか

ヘッジファンドは本当に高ボラティリティ環境から恩恵を受けるのか?:金融・財政面での寛大なサポートにもかかわらず、資産価格のボラティリティは比較的高止まりしている。これは主に、ロックダウン期間の経済的影響と米中関係悪化への懸念が要因である。ヘッジファンドは機敏でリスク受容的な投資家として知られるため、良くも悪くも高ボラティリティ環境へのエクスポージャーが特に大きいと考えられている。本稿では、ヘッジファンドがボラティリティの嵐をどう乗りこなしているのかを検証し、ヘッジファンドのみならずボラティリティに対してどうポジションを取るべきかに関する弊社の最良の洞察へのリンクを提供する。

●欧州経済(5/7): ドイツ憲法裁の判断、ECBの動きを制限する可能性がある

ドイツ憲法裁判所は本日(5日)、ECBの国債買入れに冷水を浴びせるような判断を下した。ドイツ憲法裁が、(EU司法裁と直接対立する形で)ECBのPSPP(公的セクター買入れプログラム)は比例性の原則に反すると宣言してECBの比例性評価を要求したことで、ボールは再びECBとドイツ政府の手に戻った。後者(ドイツ政府)またはブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)がPSPPを過去に利用したことが問題視されるとは、弊社には考えづらい。だがECBがPSPPやPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)の延長を決定すれば(決定しても)、抵抗が強まるか、ドイツ連邦銀行が参加しない可能性が明らかに高くなった(本日5日の決定はPEPPには関連していないが、憲法裁の主張はPEPPに反対するものだとみられる)。これは特に、発行者/発行制限や出資比率制限が大きく変化した場合に適用される。このためECBが揺れ動く政治家をECBが抑える力は、ますます限定的になったとみられる。不安定な国が圧力を受けた場合に債務の共通化やESMプログラムの可能性が高まるかどうかは、引続き見守る必要がある。だが、大規模な財政移転を可能にするには条約変更が必要になるとみられ、その場合は国家主権も一部移転することになる。ドイツ連邦銀行とドイツ政府は、比例性評価を実施するように(その後ドイツ連邦銀行はPSPPへの参加を停止することが必要になる)ECBを説得するために3カ月の猶予がある。ECBがこれを実施する必要があるかどうかは不明確だ。ECBが、自身は独立した存在で、答えを示す相手はEU司法裁だけだと主張する可能性があるからだ。一方で、ドイツ連邦銀行の買入れ分をカバーするように他の中央銀行に要請すれば、こうした憲法問題を悪化させるだけになるだろう。

●英国経済(5/11): BoEのシナリオ…GDPは急減した後に回復する

BOE(イングランド銀行)の金融政策レポートは、新型コロナウイルス禍の英国経済への影響についてシナリオを図示していた。それによると、英国のGDPは2020年の第1四半期(Q1)に 前期比3%、Q2も同25%減少した後、年後半には回復を示す。これにより、2020年通年では14%減少するが、2021年には15%増加する。失業率はQ2の9%がピークとなりその後急低下する。インフレ率は2020年末までにゼロに低下した後、2022年までにはBOE目標の2%へ回復する(というシナリオをBOEは示している)。

●債券市場(5/11):国債発行ラッシュ

米財務省は国債の四半期定例入札を控えた会合で衝撃と畏怖を与えた。世界の債券市場では、経済指標の悪化と債務の急増が価格動向を支配することになろう。金融政策で短期債利回りが低水準に抑え込まれた米欧市場では、長期セクターのスティープニング・ポジションを選好する。ユーロ圏の中核国に対して非中核国を引き続きオーバーウエートする。マイナス金利を「試してみる価値はない」とは、米リッチモンド連銀のバーキン総裁の言葉だが、我々も同感である。

●債券市場(5/4):手っ取り早い解決策はない

各国はロックダウン(都市封鎖)を段階的に緩和しようと準備を進めているが、経済的なダメージの度合いを示すハードデータはまだ発表が始まったばかりだ。2020年第3四半期からの全般的な景気回復がコンセンサスであり、希望でもある。しかし、ロックダウンの解除は危険を伴う。感染拡大の第2波が起こり得るのか、それがいつ、どのように襲ってくるのかは、誰にもわからない。長期的なリスク認識が高まりつつある。中央銀行は政策総動員で支援を提供する決意を固めている。このため、我々はデュレーション・ロングの投資判断を堅持している。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司