東京都などでは、新規感染者数が減少してきた。全国各地の人口比での感染者数の割合は、東京都が特に高い。南関東では、経済再開は遅れそうだ。日本における緊急事態宣言の自粛は、人と人との接触を極力抑えるというレジームのようだ。これが段階的に緩まると、密集という条件も認められていくことになろう。密集の条件が緩まらないと、困窮する業種におけるV字回復は望めない。従って、当面、経済刺激が効かず、困窮業種の支援を続けることになるだろう。
政新規感染者数の趨勢的減少
安倍首相が5月4日に緊急事態宣言を5月31日まで延長することを決めた。そのとき、13の特定警戒都道府県を指定して、人と人との接触を極力8割削減するとした。代わりに、34の県は、感染阻止と経済活動の両立を段階的に模索することとなった。そして、5月14日には、中間評価を行って、可能であれば5月末を待たずに緊急事態宣言を解除することも示唆された(中間評価は5月21日にも行われる予定)。
この緊急事態宣言の解除条件は、まずは新規感染者数が大きく減少し、その傾向が続くことである。東京都では5月初に160人前後の新規発生が2日間あって、その後は趨勢的な減少が続いている(図表1)。データには確率的変動がつきものなので割り引かなくてはいけないが、この推移は明らかに趨勢的な減少である。4月17日のピーク(201人)から24日間(5月11日)減少している。これは、ピーク時近辺の感染者が再生産されなくなっていることを意味しているのだろう。
地域別のばらつき
次に、都道府県別の現在感染者数(ストック・ベース)に注目すると、47都道府県のうち感染者数が0~20人未満は20、20~50人未満は12、50~100人未満は3、100人以上は12となっている(5月11日時点)。
興味深いのは、人口10万人に占める感染者数の分布である。全国平均では、人口10万人に対して5.27人がコロナ感染の患者数となっている。都道府県別には、東京都が18.09人、富山県が12.07人、石川県が11.42人、北海道が8.57人、大阪府が7.41人となっている(図表2)。全国平均の5.27人を超えているのは6地域である。つまり、東京都の感染率の高さが全体を引っ張っているということだ。
このデータからは、13の特定警戒地域がすべて感染者の割合が高いとは限らないことがわかる。愛知県、岐阜県、茨城県はそれほど高くない。特定警戒地域の見直しは、地域ごとに見直す方がよいと考えられる。
また、東京都は特に感染者の人数も多いが、全国におけるシェアを計算すると、全体の38%(=2,518/6,646人)を占めている。南関東でも、その割合は54%(=3,726/6,646人)と高い。おそらく、南関東における特定警戒地域の指定解除は遅れるであろう。そして、南関東での経済再開も他地域よりも遅れて、外出自粛が長引くことであろう。
米国の例との比較
すでに、各国では経済再開に向けた取り組みに舵を切っている。細かくみると、経済再開に熱心な政治的リーダーもいれば、慎重なリーダーもいる。再開の条件として、感染者数の減少は、どの国でもほぼ一致している。先進国を中心に新規感染者が増加しなくなってきたことが経済再開に軸足が移っている背景である。
反面、検査拡充や患者受け入れなど医療体制の整備を挙げていると、どうしても経済再開への転換はそれに縛られる。体制整備には時間がかかるからだ。医療体制の整備が完全ではないまま、どこまで経済再開を進めるかというバランスは、政治判断に任せるしかない。
経済再開の考え方として参考になるのは、トランプ大統領が4月16日に挙げた3段階での経済再生の指針である。何を可能にして、何を制限しながら経済再開を行うのか、について考えるときの格好の材料だと思える。
(1)フェーズ1では、ソーシャル・ディスタンスを保つという前提で経済活動を認めている。個人には不要不急の外出を回避。レストランなど飲食店、映画館、スポーツジムは再開できる。仕事は在宅を基本として10人以上の集まりは控える。
(2)フェーズ2では、最大50人までの集まりを認める。ここでは学校や保育施設は再開できる。バーの営業も再開。旅行もできる。人の移動が認められる。テレワークは奨励される。
(3)フェーズ3は、職場で無制限に活動できる。人員配置の制限はない。介護施設や病院への訪問も再開。個人は、混雑したところを避けて行動。
日本における緊急事態宣言の下でのレジームは、「人と人との接触を極力避ける」というものだった。「最低7割、極力8割」と言われ、仕事は出勤を制限されて、テレワークを行うことになった。休業要請に従って閉鎖している店舗も増えた。これで経済活動は大きく落ち込むことになったとみられる。それに対して、フェーズ1に移行するだけでかなり経済活動は改善できる。
しかし、それでも密集を避けるために、企業活動はまだ大きな制約を受ける。「10人以上の集まりが禁止」ということであれば、通勤電車に乗るのも難しい。職場での出勤率も100%からは遠いだろう。通勤は、時差出勤をして、職場でも出勤人数を制限しなくてはいけないと考えられる。こうした制約は、大都市ほど大きいとみられる。
フェーズ2は、学校再開が大きい。それによって人と人との接触の条件はかなり緩まることになる。交通機関でも密集を認めなくてはいけない。経済は再開に向けて制限が緩くはなるが、感染阻止の対応は甘くならざるを得ない。フェーズ2に移行するのは、東京都は難しい。大都市以外の方が比較的容易だろう。
日本の当局者からすれば、まずは期間を定めて、フェーズ1 に移行する地域を増やし、それからフェーズ2に段階移行するということになろう。筆者は、その際にハードルになりそうなのは、次の3つの条件だとみている。
①「人と人との接触を制限しない」ことを認めること
②条件付きで密集を認めること。
通勤・通学、職場内での人の集まりについては許容。飲食店や イベント、集会は制限。
③あらゆる活動で密集を認めること。
が起こらないかどうかを見極めるという手続きになる。筆者は、政府がバランスのとれた政治的な判断をして、「人と人との接触を制限する」という条件を緩和していくと強く期待している。
経済再開と経済刺激
感染阻止と経済活動の間には、どうしても両立できない部分はある。特に、飲食店、ホテル、旅行代理店、航空会社、百貨店などの特に困窮している業種を救済するには、感染阻止の制限を大胆にゆるめなくてはいけなくなるだろう。ここはジレンマである。
政府は、感染拡大が止まった時点でV字回復に転じるための経済対策を用意するとしていた。しかし、経済再開が段階的にならざるを得なくなると、V字回復はしにくくなる。これをどう考えるのかは大問題である。
困窮する業種が復活するためには、密集の条件を緩和して、宴会やイベント・集会、団体旅行を解禁する必要があると考えられる。ホテルや百貨店に恩恵が十分に及ぶための条件緩和を考えると、具体的に何ができるかは回答を描くことがかなり難しい。
国民人当たり10万円の給付金が、たとえ行き渡ったとしても、これらの業界には恩恵が伝わりにくいだろう。政府は、旅行クーポン券などを通じて支援するとしていたが、それでも需要は戻って来にくい。
そう考えると、段階的な感染阻止の条件の緩和、つまり段階的な経済再開では、困窮する業界に対して、何らかの支援を継続していかなくてはいけないということになるだろう。こうしたジレンマについては、まだ十分に検討されてはいないが、今後は大問題になってくると筆者はみている。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生