シンカー:デフレ完全脱却前で家計の体力が十分に回復していない中での消費税率引き上げの本当の問題は、その直接的な景気下押し圧力より、家計を含めた経済の体力を消耗させ、新型コロナウィルスのような予期せぬショックへの対応力を弱体化させることであったと痛感する。やはり消費税率引き上げは拙速であった。デフレ完全脱却に向けた財政拡大と金融緩和のポリシーミックスをしっかり続けていれば、既に経済の体力は十分に回復していて、家計と政府の負担はもっと小さくてすんだはずであった。新型コロナウィルス問題で覆い隠さずに反省すべきだろう。そして、その反省を活かし、財政政策の継続的な拡大で、新型コロナウィルス問題を軽減するとともに、終息後にアベノミクス2.0を稼働し、今度こそデフレ完全脱却を成し遂げるべきだろう。昨今の経済低迷は、消費税率引き上げの影響は小さく、新型コロナウィルス問題ですべて説明できるというような詭弁が広がらないことを願う。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

1-3月期の実質GDPは前期比-0.9%(年率-3.4%)となった。消費税率引き上げの影響で落ち込んだ10-12月期の前期比年率-7.3%からのリバウンドが期待された四半期であったが、暖冬と新型コロナウィルス問題で大きく下押されることになった。この2四半期で実質GDPは年率-5.4%も縮小し、2011年1-3月期と4-6月期の東日本大震災時の同-4.0%を上回る縮小の力が働いたことになる。

デフレ完全脱却前で家計の体力が十分に回復していない中での消費税率引き上げの本当の問題は、その直接的な景気下押し圧力より、家計を含めた経済の体力を消耗させ、新型コロナウィルスのような予期せぬショックへの対応力を弱体化させることであったと痛感する。やはり消費税率引き上げは拙速であった。デフレ完全脱却に向けた財政拡大と金融緩和のポリシーミックスをしっかり続けていれば、既に経済の体力は十分に回復していて、家計と政府の負担はもっと小さくてすんだはずであった。新型コロナウィルス問題で覆い隠さずに反省すべきだろう。

1-3月期の実質GDPを大きく押し下げたのは実質消費で前期比-0.7%となり、消費税率引き上げで下押された10-12月期の同-2.9%に続き、極めて弱かった。実質消費の実質GDP前期比に対する寄与度は-0.4%となった。消費税率引き上げによる家計の体力が消耗しているところに、暖冬と新型コロナウィルスの悪影響が加わった。3月にウィルス抑制のための政府の経済活動自粛要請があり、4月からは緊急事態宣言下となった。ウィルス対策や自宅での生活に必要な支出は増えたが、外出できないことでサービス支出が激減した。

1-3月期の実質設備投資は前期比-0.5%と、10-12月期の同-4.8%に続き、弱かった。新型コロナウィルス問題で海外経済との結びつきが途切れ、実質輸出は同-6.0%と弱く、生産に必要とする機械投資が止まってしまった。短期の業況感に左右されない、AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5G関連サービスなどの新たなテクノロジー・産業の革新と変化が支えとなっていることが、実質GDPと比較し、縮小幅が小さかった理由だろう。

実質民間在庫の実質GDP寄与度は0.0%と、需要の減退が在庫の増加につながったが、サプライチェーンの毀損などによる生産活動の抑制でオフセットされた。内需が弱かったことが抑制要因となるとともに、海外の生産が止まってしまったことで、実質輸入は前期比-4.9%と弱く、輸出と合わせた実質GDP前期比に対する外需の寄与度は-0.2%と小幅であった。インバウンド需要の消滅による実質輸出への下押しと、日本からの海外出国も止まったことによる実質輸入は、影響が相殺されたとみられる。

消費税率引き上げは社会保障システムの充実のためであり、持続性が高まったと考えた家計の消費は大きく落ち込まないというのが政府の建前であった。しかし、期待は外れ、体力のない家計は実質所得の減少を感じ消費を抑制し、政府は慌てた。1月にGDP比2.5%程度の財政支出をともなう大規模な経済対策を実施し、1-3月期の実質GDP成長率を支えるはずであった。しかし、新型コロナウィルス問題により公共工事を中心に経済対策の執行は滞り、政府消費と公共投資を合わせて、実質GDP前期比寄与度が0.0%となり、押し上げることはできなかった。

政府の緊急事態宣言により経済活動が止まった状態がしばらく続く。5月中旬からの順次解除と、7月からの経済活動再開によるリバウンドをしっかり織り込んでも、4-6月期の実質GDPも前期比年率で-10%を超える大きな縮小になるとみられる。

4月にはGDP比7.5%の追加経済対策が決まり、日銀も無制限な国債買入れを含む金融緩和でポリシーミックスの形が整った。しかし、非常事態宣言下で経済活動が止まる中、家計と企業の体力は限界にきているようだ。雇用・所得環境の破壊が大きく進行すれば、新型コロナウィルス問題が終息した後の景気回復は極めて緩慢なものとなってしまうリスクとなる。家計と企業の更なる支援とウィルス問題終息後のV字回復促進を目的に、年末までに複数の追加経済対策(合計GDP比2%程度)を実施するだろう。

4-6月期に新型コロナウィルス問題の終息にめどがつけば、7-9月期には実質GDPは前期比年率+8%程度のリバウンドとなるとみられる。しかし、10-12月期のリバウンドの継続を織り込んでも、2020年の実質GDP成長率は-3%程度と極めて弱く、一時的に需給ギャップ(需要不足)が開くことになるだろう。

資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。日本の場合は企業の貯蓄率はまだプラスである中で、財政政策の拡大は不十分で、ネットの資金需要が消滅してしまっており、リフレサイクルが弱いことが、デフレ完全脱却への動きを妨げていた。財政政策を拡大しないと、ネットの資金需要は復活できない。

新型コロナウィルス問題に対処するために、財政政策は拡大に転じ、追加国債発行は大幅に増加している。日銀は「上限を設けず必要な金額」の国債買入れを行う方針を明確にし、ポリシーミックスの強化をより意識させるようにした。2011年の東日本大震災からの復興で財政支出が拡大し、ネットの資金需要が一時的に復活していたところに、2013年に異次元の金融緩和が行われ、アベノミクス1.0として強力な景気押し上げ効果が生まれた。アベノミクスの枠組みで行われた財政政策は不十分で、復興の支出が逓減する部分を一時的に補うだけであった。その後、消費税率引き上げを含む財政緊縮でネットの資金需要がまた消滅し、アベノミクス1.0は終焉してしまった。

今回は、新型コロナウィルス問題に対処する財政拡大でネットの資金需要がまた復活し、日銀が現行緩和政策を変更しなくても維持しているだけでそれをマネタイズする形は整い、ポリシーミックスとして追加的金融緩和効果が大きくなり、アベノミクス2.0が始動する可能性がある。新型コロナウィルス問題終息後の景気回復力を強くし、デフレ完全脱却への元のパスに戻る力になるだろう。年前半でウィルス問題が終息に向かえば、年後半の成長率はペントアップ需要を含めて強くリバウンドするだろう。堅調な雇用所得環境に支えられ、新商品・サービスの投入もあり、消費は回復していくだろう。企業の設備投資サイクルも堅調さを取り戻すだろう。原油安と需給ギャップが開いたことによる物価下落が、実質所得を支えるだろう。

グローバルな景気回復下で、オリンピックが開催される2021年の実質GDP成長率は+3%程度にV字回復し、一時的な需給ギャップ(需要不足)は閉じるだろう。やはり消費税率引き上げは拙速であった。そして、その反省を活かし、財政政策の継続的な拡大で、新型コロナウィルス問題を軽減するとともに、終息後にアベノミクス2.0を稼働し、今度こそデフレ完全脱却を成し遂げるべきだろう。昨今の経済低迷は、消費税率引き上げの影響は小さく、新型コロナウィルス問題ですべて説明できるというような詭弁が広がらないことを願う。

表)GDPの結果

GDPの結果
(画像=内閣府、SG)

図)ネットの資金需要

ネットの資金需要
(画像=日銀、内閣府、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司