シンカー:現在のところ、景気下押し圧力は、新型コロナウィルス抑制策にともなう経済活動の制約が原因となっている。サプライチェーンに一時的な滞りはあるものの、財とサービスの生産能力が著しく毀損したわけではない。よって、物価が落ちて、供給対比で極めて弱い需要の下支えになるのは正常な動きである。ただ、雇用所得環境が堅調でなければ、物価下落による実質所得の増加が需要を支える力が効かなくなってしまう。現在のところ、雇用所得環境は何とかもちこたえているので、物価が一時的に弱いことは実質所得を押し上げ、新型コロナウィルス問題の終息後の需要と景気の底割れを防ぐ力となるだろう。5月22日の臨時金融政策決定会合で、日銀は前回の会合で検討を表明していた、「中小企業等の資金繰り支援のための「新たな資金供給手段」の導入」を決定した。前回の決定会合で拡充した大企業と家計向けを中心とする「新型コロナウイルス感染症にかかる企業金融支援特別オペ」と合わせて、信用サイクルの防衛に日銀は全力を尽くす方針である。政府・日銀の支援を背景に、雇用所得環境の行方を左右する信用サイクルは底割れず、新型コロナウィルス問題収束後の景気の形は、底を這って回復のないL字型は回避され、景気回復がしっかり進行するだろう。景気回復が進行すれば、短期的な物価の下押しは供給と需要の相対的な位置どころによものであると考えられ、デフレの深刻化と誤解しないようにしたい。今後は、米中貿易紛争の余波も含め、グローバル生産体制のリスクの見直しと改変が進行する可能性がある。更に、危機管理の在庫手当ても含め、安定した供給体制に対するプレミアムが上昇するだろう。そうなると、供給対比での需要の強さが生まれ、物価動向はデフレよりもインフレへの方向性も持つ可能性がある。一時的な需要の弱さによる値下げに踏み切るハードルを上げ、価格弾力性を考慮した企業の価格戦略が広がるとみられる。更に、財政拡大と金融緩和のポリシーミックスの影響で、需要の回復とともに、マネーが拡大する力が強くなることで、物価上昇には加速感がでてくる可能性がある。今年の物価が弱ければ弱いほど、先行きの需要下支え効果と前年同月比の裏が出て、来年の物価上昇率は高くなりやすい。
4月のコア消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年同月比-0.2%と、3月の同+0.4%から上昇が止まり、2016年12月以来の下落に転じた。
4月に政府は新型コロナウィルス抑制のための緊急事態宣言をしている。
不要不急の外出が抑制され、経済活動には大きな下押し圧力がかかった。
結果として、不要不急とされた需要が大きく減少し、価格にも下押し圧力がかかった。
外食、被服、旅行関連などの価格が下がった。
4月のコアコア消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)も同+0.2%と、3月の同+0.6%から上昇幅が縮小し、需要の減退による物価下押し圧力が大きいことを示す。
テクニカルには、昨年10月の消費税率引き上げとともに決定した高校授業料の一部無償化が、年度初めの4月に実施されたことによる下押しもあった。
診療代や自動車保険料の改定も下押し圧力となっているようだ。
更に、原油価格急落の影響がエネルギー価格に広がっている。
コア消費者物価指数の前年同月比は、マイナスに転じた状態が来年上旬まで続くだろう。
日銀は、2%の「物価安定の目標に向けたモメンタムは、いったん損なわれている」と判断し、3・4月に金融緩和措置を強化した。
これまでモメンタムが維持されているかどうかが金融政策の判断の目安であったが、現在は新型コロナウィルス問題による景気下押し圧力と企業の資金繰りの動向へ目安は変化している。
現在のところ、景気下押し圧力は、新型コロナウィルス抑制策にともなう経済活動の制約が原因となっている。
サプライチェーンに一時的な滞りはあるものの、財とサービスの生産能力が著しく毀損したわけではない。
よって、物価が落ちて、供給対比で極めて弱い需要の下支えになるのは正常な動きである。
ただ、雇用所得環境が堅調でなければ、物価下落による実質所得の増加が需要を支える力が効かなくなってしまう。
現在のところ、雇用所得環境は何とかもちこたえているので、物価が一時的に弱いことは実質所得を押し上げ、新型コロナウィルス問題の終息後の需要と景気の底割れを防ぐ力となるだろう。
日銀短観中小企業貸出態度DIが表す信用サイクルは、雇用の拡大を牽引するサービス業などの動向を表し、失業率に明確に先行するため、政府・日銀の政策で腰折れを防止することが重要である。
日銀は、「当面の優先課題は、企業金融面での十分な資金繰り支援により、企業倒産を防ぎ、雇用を守ることである」と判断しているようだ。
そして、信用サイクルが堅調さを維持できることを前提に、「コロナウイルス感染症が収束すれば、経済は改善していき、物価上昇に向けた動きが先々戻ってくると考えられる」と予想しているようだ。
5月22日の臨時金融政策決定会合で、日銀は前回の会合で検討を表明していた、「中小企業等の資金繰り支援のための「新たな資金供給手段」の導入」を決定した。
それ以外の資産買入方針などは変更はなく、現状維持が決定された。
新たな資金供給手段では、新型コロナウイルス感染に対する経済対策として信用保証協会による保証の認定を受けた融資やそれに条件面で準ずる一先当たり1000億円までの融資などを対象とし、その残高を限度とした無利子の資金供給が行われる。
今までの民間債務を担保とした金融支援特別オペやCP・社債買入と合わせ、日銀は新型コロナウィルス対策として総枠約75兆円の資金繰り支援の行うことになる。
今回の資金供給制度では担保条件の拡大は行われなかったが、共通担保すべてが受け入れられるようだ。
前回の金融視線特別オペでは民間債務が担保として認められていたが、今回の資金供給制度では共通担保をすべて受け入れることになり、民間金融機関の国債を含む担保需要の拡大につながる可能性があるだろう。
ただ、日銀当座預金を担保として国債を借り、それを担保として資金供給を受ければ、担保需要の影響は限定的だろう。
また、新しい資金供給制度の利用残高に相当する額は+0.1%の付利が適用され、利用残高の2倍の金額をマクロ加算残高(0%付利適用残高)に加算した。
また対象先を系統会員金融機関などにも広げることで効果の拡大と金融システムへの負担軽減を図ったとみられる。
前回の決定会合で拡充した大企業と家計向けを中心とする「新型コロナウイルス感染症にかかる企業金融支援特別オペ」と合わせて、信用サイクルの防衛に日銀は全力を尽くす方針である。
政府・日銀の支援を背景に、雇用所得環境の先行きを左右する信用サイクルは底割れず、新型コロナウィルス問題収束後の景気の形は、底を這って回復のないL字型は回避され、景気回復がしっかり進行するだろう。
景気回復が進行すれば、短期的な物価の下押しは供給と需要の相対的な位置どころによものであると考えられ、デフレの深刻化と誤解しないようにしたい。
今後は、米中貿易紛争の余波も含め、グローバル生産体制のリスクの見直しと改変が進行する可能性がある。
更に、危機管理の在庫手当ても含め、安定した供給体制に対するプレミアムが上昇するだろう。
そうなると、供給対比での需要の強さが生まれ、物価動向はデフレよりもインフレへの方向性も持つ可能性がある。
一時的な需要の弱さによる値下げに踏み切るハードルを上げ、価格弾力性を考慮した企業の価格戦略が広がるとみられる。
更に、財政拡大と金融緩和のポリシーミックスの影響で、需要の回復とともに、マネーが拡大する力が強くなることで、物価上昇には加速感がでてくる可能性がある。
今年の物価が弱ければ弱いほど、先行きの需要下支え効果と前年同月比の裏が出て、来年の物価上昇率は高くなりやすい。
コア消費者物価指数の前年同月比が明確に上昇に転じるのは来年半ばになってしまうだろうが、財政拡大と東京オリンピックの実施による需要の高まりを経て、来年末には1%程度まで上昇幅が拡大している可能性があろう。
図)信用サイクルと失業率
図)コアCPIとコアコアCPIの前年比
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司