新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、国内外のあらゆる業界において企業の経営がひっ迫されている。見通しの見えない状況の中、目下の資金ショートに陥り経営破綻にいたる事例も後を立たない。倒産の選択肢が迫る中、ここでは事業継続の一つの道筋である「会社売却」の選択を紹介し、今、経営者はどのような経営判断を取るべきなのかを考察する。
倒産や事業を大幅縮小した事例が相次いでいる
経営状況が厳しいのは、特定の業界や中小企業だけではない。規模の大小を問わず、多くの企業が厳しい経営状況になっている。
関連の経営破綻は28日までに105件
新型コロナウイルスの感染拡大にともない、あらゆる業界が経営難に陥っている。東京商工リサーチによれば、4月28日時点で「新型コロナウイルス」に関連する経営破たんは全国で累計105件に達している。
最も影響を受けているのは、消費者向けサービス色の強い飲食、アパレル、航空、観光事業、宿泊施設などで、この他にも、これらの産業に関連する卸、機械メーカー、部品メーカー、ITなど、裾野産業を含めたあらゆる業界に経営難の余波が生じている。
もともと国内の景気事情が、消費増税による消費者行動の縮小や、人件費増などで経営がひっ迫されていた状況にあり、コロナウイルスによる景気悪化が追い打ちをかけた構図だ。経営者は短期的な資金繰りの確保と中期的な成長戦略の見直しを同時に迫られるという、厳しい状況に立たされている。
大企業ですら厳しい状況に陥っている
影響は中小企業だけに留まらない。一部の大企業も銀行からの融資や資金調達に奔走したり、事業縮小したりするなどの手を打つ事例が相次いでいる。
・例1: オンワードが700店舗閉鎖
「23区」や「五大陸」などを展開するアパレル大手の「株式会社オンワードホールディングス」は、不採算店舗700店の閉鎖を決定した。暖冬の影響による売上の落ち込みや人件費増加などで損失を計上するなど、経営状態が悪化していた同社であったが、コロナウイルスによる影響で売上が前年比約70%落ち込み、業績立て直しに迫られた状況だ。
・例2: ANAが融資枠確保へ
国内航空トップの「ANAホールディングス株式会社」も、世界都市のロックダウンや国内の移動自粛要請にともなう旅客数の急減により、資金繰りに奔走している。金融機関から3,000億円の融資を協議しているだけでなく、政府に対して1兆円超えの支援を要請している。
ロイター通信によれば、4月の予約数はANA、JALともに国際線が約8割減、国内線は約6割減となり、2月~5月までの減収は5,000億円規模に登るという。毎月発生する莫大な維持固定費を到底賄いきれず、早急な資金繰り対策を迫られている。
資金繰りに奔走する中で、倒産かM&Aかの選択肢を考えよう
特に中小企業においては、短期的な資金繰り、運転資金の確保が喫緊の問題であるだろう。中には事業継続が困難となり、倒産の判断を迫られている経営者も少なくない。だが、自力での立て直しが困難となれば事業を閉鎖し倒産という道を選択する一方で、事業継続のために別の手段を選ぶという方法も存在する。
ここで改めて、企業が倒産した場合のその後の影響、そして、事業継続の選択肢の一つである「会社売却」がどのようなものであるかを紹介し、経営者にとって今どのような経営判断をするべきなのかを探りたい。
倒産の3つのデメリットは?
まず、倒産にいたると、次のようなデメリットが想定される。
・法人格を失い、保有資産等が全て清算される
経営破綻となり破産手続きが開始されると、会社が保有していた一切の財産が、裁判所が専任した破産管財人の元の管轄となり、換価処分がなされる。現金化された財産は、債権者等に分配されることとなる。この際、会社や社長は、換価処分の対象とする財産に対して一切口出しすることは出来ない。不動産や有価証券はもちろん、知的財産権やブランドといった無形資産も全て失ってしまうことは、大きなダメージとなる。
・連帯保証の処理が生じる
特にオーナー企業において多い事例であるが、会社が金融機関等から借り入れを行い、社長が連帯保証人となっている場合、会社が倒産したとしても連帯保証の責任は無くならない。そのため、換価処分によって金融機関からの借り入れを完済できなかった場合には、保証人である社長が弁済する義務を追うこととなる。
中小企業の多くは、金融機関から借り入れる際には社長の連帯保証を求められることが多いため、破産を選択する際には金融機関との契約関係もチェックしておく必要がある。
・個人情報に傷がつく
法人を破産させた後に、再スタートをして再び会社を興す経営者も存在するものの、一般的に金融機関は過去に破産経験のある者に再度融資を実行することは無いと言ってよい。
もちろん、破産にいたっても再起して再び経営を行うことは可能だし、サポートする制度も用意されている。しかし、特に日本においては、破産したという過去によって信用や個人のブランドが低下するということが通例であり、資金面や制度面を加味しても、非常に多くのハードルがあると思ったほうが良いであろう。
倒産の3つのメリットは?
デメリットが多いと思われがちな倒産だが、経営者にとっては、倒産することで得られるメリットも存在する。
・債権者からの取り立てへの対応が不要となる
破産申請を行った後は、全ての対応が破産管財人に一任される。取引先からの連絡や債権者からの取り立てなどに対して、社長個人がやりとりする必要がなくなる。これは、想像以上に心理的負担が軽減されるポイントだろう。
・負債が消滅して資金繰りの悩みから解放される
事業継続を検討し続けている限り、日々の資金繰りの悩みから逃れることはできない。破産によって負債が消滅することで、毎月の支払いをやりくりするために常に資金調達の道を模索するストレスが解消されることも、経営者にとってはメリットであり、未来のことについて考える時間を多少なりとも得ることができるであろう。
・状況を長期化させない
事業継続が立ち行かなくなった理由は様々だが、倒産に追い込まれる多くの場合において、「1、2ヶ月の資金繰りを乗り越えた後に、事業が回復し成長軌道に乗れる見通しは低い」というのが通例ではないだろうか。一時的な支払いのために会社の負債を増やし、債権者の負担を大きくしてしまうよりは、現状において倒産を選び、債権者に対する迷惑を極力減らす方が、お互いにとって楽になるという状況も有りうるのだ。
会社売却 (M&A) のデメリット
倒産という選択肢を加味しつつ、それでも事業をなんとか継続していきたいという場合には、会社売却 (M&A) という手段が一つの有効な策と言える。会社売却のデメリットを先に紹介したい。
・経営権を失うことが多く、自由が効かなくなる
たいていの場合、会社売却を行うことで全ての経営権を買い手に取得され、売り手側の経営者はこれまでのように自由に経営を行うことができなくなる。自分の意思で自由に経営を担ってきた経営者にとっては、仕事のやり方や価値観と合わずに、M&A後に十分な実力を発揮できずジレンマを感じてしまうということが有りうるだろう。
もちろん、これについては買い手側企業との交渉によって、M&A後の経営について十分な議論と理解の一致を得ていれば、回避することが可能だ。
・通常よりも安値で会社を売らざるを得ない
経営難の会社は、その収益力や将来性がどうしても低く見積もられてしまい、企業価値としても高値がつくことはほぼ無いと言ってよい。債務超過の状態であれば「1円譲渡」というケースも多く存在する。想定よりも相当低い金額で会社を売却するのかどうか、金額に目をつぶり事業継続を選ぶのかどうかという、会社売却における優先条件を事前に決めておくことが重要だ。
・買い手を探すのに時間がかかるため、時間との戦いになる
M&Aの行動開始から成約にいたるまで、平均で6ヵ月、早くても2~3ヵ月かかるのが通常である。時間的にも体力的にも大きなリソースを取られてしまうため、経営難の状況下でM&Aの交渉を進めるのは相当な覚悟を必要とすることも、想定しておかなければならない。
会社売却 (M&A) のメリット
会社売却を行うことで、次のようなメリットが存在する。
・事業を継続できる
会社売却を行い買い手側企業の下で事業継続が図れるということは、これまで育ててきた会社や事業の保有する資産やブランドを維持することができるという事である。経営者にとっては、これは大きな魅力であろう。
・従業員の雇用を守ることができる
さらに、経営者の悩みの常である「従業員の雇用を維持することができる」という点も見逃せない。会社売却の際にも従業員の不安をどう解消するかという問題は発生するものの、倒産と比較すれば、雇用を守るという使命を果たせることは、経営者としては大きい。
・第二のスタートとして、新たな環境で事業成長に向けて取り組める
会社売却後には、買い手側企業と連携し、資産や人材、リソースを上手に活用することで、事業をより大きく成長させていくことが可能だ。自社だけの力では、資金的な問題や人材リソース的な限界から成し遂げることができなかったことに投資が可能となるため、加速度的に事業が伸びてゆくケースも多い。これは、M&Aの醍醐味の一つと言えるだろう。
どちらを選ぶべきかは、専門家に相談を
以上の通り、倒産や会社売却のそれぞれの特長を見てきたものの、実際の経営の現場においては、経営者の会社に対する思い入れや、従業員との関係など、心理面も含めた微妙な判断を迫られる事となる。倒産と会社売却のどちらの選択であっても、会社ごとの置かれた状況や個別事情においてメリットデメリットは異なるため、何を優先し、逆に何を切り捨てるべきなのかを判断するためにもまずは弁護士や税理士に相談することをお薦めしたい。
とはいえ、無理に自力での事業継続を望み、資金繰りに奔走して短期間だけの延命措置を図るのは、会社も経営者も疲弊するだけだ。戦略設計とともに、法制度を上手に活用し十分な選択肢を持った上で、冷静な判断を願いたい。(提供:THE OWNER)
文・森 琢麻(M&Aコンサルタント/MBA)