5月21日に政府は、緊急事態宣言の解除を大阪、京都、兵庫の3府県に行うとした。それによる経済効果は+1.1兆円と小さい。5月31日まで僅か10日間での休業緩和だからだ。コロナ危機による経済損失は累計で36.5兆円となる計算である。今後、経済を完全に正常化させる安全宣言が行われ、そのタイミングに備えた需要刺激策を検討することが望まれる。

解除
(画像=PIXTA)

関西解除で+1.1兆円

政府は、5月14日の39県の緊急事態宣言の解除に続いて、大阪・京都・兵庫の3府県を追加的に解除することを決めた。これでうまくいけば、5月31日には、残りの東京、神奈川、埼玉、千葉、そして北海道の4都道県を解除できる。4月7日から5月31日までの54日間に亘る緊急事態宣言がい よいよ終了する。

今回、解除される3府県の経済規模は、2017 年度の実質GDPでは70.2 兆円(全体のウエイトは13.2%)である。残念ながら残りの4都道県は、183.0 兆円(全体のウエイト34.4%)と、関西の3府県の約2.6倍である。

3府県の解除による経済効果は+1.1兆円(対実質GDP比+0.2%ポイント)と小さい。5月22日から31日まで10日間とごく短いこともある。すでに、新型コロナによる経済損失が33.4兆円にも積み上がっていて、3府県の解除で1.1兆円の改善があっても、東京を含む4都道県の損失が3.2兆円ほど発生しそうだ。東京などの緊急事態宣言が5月31日に全部解除されたとしても累計36.5兆円の損失になると計算される。

V時回復は描けず

仮に、5月31日にすべての地域で緊急事態宣言を解除したところで、すべての経済活動が元通りに戻るわけではない。緊急事態宣言の解除は、安全宣言とイコールではないのだ。私たちが、4月7日以前に過ごしていた世界よりも、もっと人々の行動は慎重化するだろう。自治体も、他地域からを移動を自粛する要請を続けたり、一部の飲食店の営業時間を制限する要請を続ける見通しである。

そうなると、休業から再開した事業者も、しばらくは需要回復の遅れにより業績悪化に苦しむことになる。それに対して政府は、公共事業などの需要刺激を打ち出すことを躊躇するだろう。引き続き、政府は持続化給付金のような支援を続けていく必要に迫られる。

多くの人は、緊急事態宣言の解除が経済再開の号砲であると錯覚する。政府が安全宣言のようなものを出して初めて本格的な需要刺激ができる。仮に、出口戦略というものが求められるのならば、政府の安全宣言に向けた出口戦略が必要になる。

なぜ政府は先手を打たないのか

コロナ危機に対して、筆者は政策対応を割と評価している。それでも、どうしても批判せずにはいられない点がある。それは対応の遅さである。

給付金は、企業や家計に行き渡るのが遅すぎる。雇用調整助成金、資金繰り対策は窓口事務が混雑して実行が遅れてしまう。経済政策ではないが、PCR検査は実務的な目詰まりがひどい。今回の諸対応がもっとスピーディであれば、国民の不満はもっと和らいでいただろう。

この問題点は、昔、M・フリードマンが裁量政策の失敗として、3つのタイムラグの欠点がつきまとうと指摘していたことに、ぴったりと一致する。感染リスクを認知するのが遅れる。次に、その対処の政策判断が遅れる。そして、政策の実行に時間がかかる。

あらかじめ政府が自分たちの判断が遅れることを頭に入れて先手を打っておくことが、これらのタイムラグを緩和するにはよい。例えば、総需要政策は安全宣言の前から国会で予算を通しておく。本格的な消費刺激も手前から用意しておく。

確かに、感染リスクが残っているときから、公共事業を増やそうという予算を組むのは、国民から優先順位が違うと起こられそうだ。しかし、先手を打っておくと、後から国民には感謝されるだろう。ライブ感を重視して、テレビの前で感染拡大に不安が残ることだけを問題視して政治が動くと、どうしても後手に回りやすい。

認知・判断のラグについて、医療専門家に評価を委ねると、そこには判断のところで必ず慎重化のバイアスが強く働く。経済再開は、「まだ皆慎重に行動すべきだ」という論調に足を引っ張られて遅れるだろう。今、必要なことは、いずれ安全宣言が下されて経済を全開にする時に備えて、需要刺激策を用意することだ。

逆に、緊急事態宣言を解除しても、国民に慎重化を求めるという立場から、需要刺激策の用意をしないでいると、再びタイムラグが生じて、後々国民の不満が残る。政治判断は、きちんと慎重化バイアスを頭に入れて、先手先手で行動する方が適切である。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生