緊急事態宣言は、5月31日を待たずに、25日に南関東、北海道で解除されることになった。そのプラス効果は+2.1兆円と試算できる。今回、新型コロナによって生じた経済損失は、累計34.4兆円となる見通しだ。今後、安全宣言が出されれば、そこからのリバウンドが見込まれるが、当面は要警戒が呼びかけられて、リバウンドの力は限定される。早く安全宣言が出されて、総需要対策が本格化することを願う。

緊急事態宣言
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南関東と北海道を前倒し解除

政府は、5月25日に南関東(東京、神奈川、千葉、埼玉)と北海道の5都道県で緊急事態宣言を解除することを決定した。期限の5月31日を待たずに、約1週間の前倒しの解除である。筆者は、経済再開に向けて前進することを評価したい。

これら5都道県の経済規模は、実質GDPで183.0兆円(全国のウエイト34.4%、2017年度)と巨大である。約1週間の前倒しでも、経済損失は+2.1兆円の軽減となると試算される。とはいえ、4月7日~5月25日までの48日間に亘る緊急事態宣言によるダメージは甚大であり、4月6日以前からの新型コロナによる経済損失と併せて、▲34.4兆円にも及ぶとみられる。

政府が、5月14日と21日の中間評価によって、段階的に緊急事態宣言を地域別に解除したお陰で、それが行われなかった場合に比べて、経済損失は累計+8.5兆円(=7.4兆円+1.1兆円)も軽減された(図表1)。そこに今回の前倒しの解除の効果の+2.1兆円が加わって、その累計額は+10.6兆円にもなる格好だ。

第一生命経済研究所
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総需要対策はまだ打てない

緊急事態宣言が解除されたことをあまり大喜びしてはいけない。引き続き、感染リスクに備えた自粛要請をする自治体などがあるからだ。今後は、段階的に自粛要請が解除されていく見通しだ。緊急事態宣言が解除されたことは、必ずしも安全宣言が出されたことを意味しない。例えば、政府が今から思い切った需要刺激を実行できるかと言えば、そうではないだろう。まだ最悪期を過ぎただけで、感染リスクと経済再開のジレンマは継続している。

現状、安全宣言以下、緊急事態宣言以上の「要警戒」の領域にあると認識した方がよい。政府には、安全宣言を行って、感染リスクと経済再開のジレンマが終わったことを明確にすることが求められる。本格的な総需要対策は、そのジレンマが終了してから初めて実行できる。

政府は、社会経済活動の再開に向けて工程表をまとめる方針だ。その中では、許容される集会の人数を、例えば「上限100人、または収容人数の50%」という条件を付ける。そして、段階的な条件緩和を6月19日以降、7月10日以降、8月1日以降というかたちで進めていくようだ。また、その間、県をまたいだ越境移動も制限されるようだ。

こうした段階的な容認の途中の期間では、おそらく政府は需要不足に対して本格的な需要対策を打ちにくい。需要不足を埋められないという期間は、政府としても苦渋の期間でもあると思える。かなり大きな需要不足が生じているのに、感染リスクがあるので、それを警戒して経済の穴を放置せざるを得ない苦しさがある。その間は、まだ給付金を追加したり、雇用対策、資金繰り支援といった総需要維持策を強化する必要に迫られる。

リバウンドを早期に実現する

より具体的に、今後の需要回復の見通しをまとめると次のようになる。まず、緊急事態宣言による活動自粛は、▲34.4兆円の深さの谷をつくる。活動自粛は、供給制約であり、それを解除したならば、需要もすぐに回復して、実質GDPの水準はコロナ危機以前に戻れると考えてしまう。しかし、緊急事態宣言が全面解除されても、それが安全宣言とはならないので、供給の回復は限定的となる。本来、経済を全面再開すれば、過去の経験則からみると、落ち込みの約半分がリバウンドによって戻ってくる。今回は、そのリバウンドの効果が緩やかにしか表れてこないだろう(図表2)。

第一生命経済研究所
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落ち込みの半分がリバウンドによって回復しても、残り半分が回復しないのは、次のような効果による。それは、自粛をしている期間が長くなることで、企業収益と雇用は悪化するからである。供給制約をなくても需要には戻ってこないのは、そのためだ。また、ここには、消費者が感染リスクを警戒して、以前ほどの消費水準には戻さない要因も加わる。すると、こうした落ち込みは、リバウンドが終わってから、経済対策による押し上げか、もしくは経済の基本になる成長力(潜在成長率)によって穴埋めされることにならざるを得ない。需要が以前のピーク近くに戻るまでに、需要不足によって生じた過剰供給力は、企業破綻や失業増加というかたちで調整される。

日本経済研究センター「ESPフォーキャスト調査」(2020年5月)を使って、2020年7-9月、10-12月の2四半期でどのくらいのリバウンドが見込めるかを計算してみた。1-3月、4-6月の落ち込み幅に対して、2四半期の回復ペースがどのくらいかという計算は、半分(56.4%)であった。すると、筆者の計算では、リバウンドによって、▲34.4兆円のうち▲19.4兆円は半年程度で戻るが、残りの▲15.0兆円分は残ってデフレ圧力になると考えられる。

今後の焦点は、いつになれば、政府が総需要対策に動けるかという点である。筆者は、その基礎になるのが、コロナ感染に対する安全宣言を政府が行うことだと考えている。当面、二次感染リスクという話題は、勢いを増すだろう。それを頭に入れた上で、政府がどこまで経済再開とのバランスを取れるかがポイントになる。

五輪のチャンスとリスク

IOC委員会は、2020年10月までに来年夏の東京五輪開催の可否を判断するとしている。このニュースは、今まで東京の感染リスクに慎重だった人を経済再開に向けて前向きにさせる効果があると予想される。以前、3月24日に五輪延期が決まったときには、その直後にロックダウンの可能性に言及して、週末の外出自粛を要請するように様変わりしたことが思い出される。

そうした過去の経緯を思い出すと、五輪の開催が念頭に置かれると今度は再び活動正常化に向けて、急速に舵を切り始める可能性もある。東京の経済などの正常化が五輪開催の条件になると思われるから、なるべく早急に正常化を目指そうとする力学が働くのだろう。

では、どのくらいまで正常化に時間がかかりそうなのだろうか。ひとつの目安として中国を考えると、約2か月半くらいはかかりそうだ。中国の場合、3月10日に武漢で「感染拡大の勢いは基本的に抑え込んだ」と宣言してから、約2か月半後に全人代の開催に漕ぎ着けた。日本で5月25日に緊急事態宣言を全面解除してから2か月後は8月上旬になる。そうなると、日本で全国的な行事が開催されるのは、8月上旬以降ということになろうか。

感染リスクは、世界的に収まっていないことも気になる。現在、感染拡大は、新興国で続いている。日本は、海外からの入国者に2週間の自宅待機を要請している。こうした措置がなくなることが、ひとつの正常化の条件になるだろう。

しかし、大規模な外国人観光客の受け入れが早急にできるかどうかは疑問である。例えば、入国する外国人に対して、感染リスクに対処するためにPCR検査をするという条件がつきそうだと言われる。そうした体制はすぐに整備できるのだろうか。仮に、入国した外国人から感染が起こったときには、政府に対する批判は以前よりも大きなものになるだろう。訪日外国人の受け入れを柔軟にすることは、かなり大きなリスクである。五輪開催のためには、こうした対応を含めて、検査・医療体制の拡充が課題になる。

V字回復を目指す対策

経済再開は、段階的かつ慎重なかたちで進めるべきだという意見は合理的に聞こえる。問題は、それをどうルール化するかである。おそらく、ルール化すると、皆を納得させるためにかなりゆっくりとした解除計画になってしまう。例えば、新規感染者のピークが4月上旬だったのに対して、緊急事態宣言の解除は5月25日(ピークアウトから7週間後)で、全面解除は3か月くらい(13週間)の様子見は必要という具合に慎重化するのではないだろうか。

言葉で「二次感染リスクが心配だ」と言われるが、それを具体的な計画にどう織り込むかは極めて難しい。政府の立てた計画を「慎重さが足りない」と言って批判するのは簡単だが、具体的に計画を実行するのは難しい。安易に政府を批判して、政府を慎重姿勢にさせることはあまり良いとは思えない。結果的に、経済再開が遅れたときにダメージを負うのは事業者であり、回り回って国民につけが回ってくる。

今後の経済は、V字回復は描きにくく、後遺症も大きいだろう。そうした打撃を極力少なくするには、経済政策が実行されるタイミングを早くすることが肝要である。そのため、タイムラグを考えて、総需要対策を事前に用意しておく必要がある。例えば、公共事業の積み増しや、旅行クーポン券、飲食・宴会サポート券の支給である。

また、民間企業や経済団体も消費刺激を通じて、飲食・宿泊業、小売業などの支援を行うことが望まれる。すでに、いくつかの企業がマスクなど医療用具・機器の生産に協力している。民間企業が宴会を積極的に開くことは、これと同じ意味がある。政府だけに頼らずに、民間でできることは民間でもやる精神が大切である。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生