鈴木 まゆ子
鈴木 まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター。税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

最近増えてきたキャッシュレス決済はビジネスチャンスになると言われている。しかし、中小企業経営者の中には、まだ導入に踏み出せていない方もいるに違いない。今回は、そんな経営者に向けて、キャッシュレス決済の概要やメリット、注意点についてお伝えする。

キャッシュレス決済とは?

キャッシュレス決済
(画像=Nattakorn/stock.adobe.com)

キャッシュレス決済とは、紙幣・硬貨などの現金を使わずにお金の支払・受取を行う方法だ。クレジットカードや電子マネー、口座振替などを利用する。

旧来、キャッシュレス決済ではクレジットカードやデビットカード、交通系ICカードなどの電子マネーを用いた。

最近はQRコードを提示するスマートフォン決済の登場によって幅が広がった。一見どれも同じに見えるが、決済方法や精算方法に違いがある。

違い1.決済方法

決済方法には接触IC決済、非接触IC決済、QR決済の3つがある。

接触IC決済では、磁気ストライプやICチップをレジのカードリーダーで読み込む。クレジットカードやデビットカードはこの方法を採用している。

非接触IC決済では、クレジットカードのアプリをインストールしたスマートフォンや電子マネーカードを端末にかざす。カードリーダーではなく、近距離無線で読み取る仕組みだ。

QR決済は、スマートフォンにQRコードを表示してから端末に読み取らせる。

最も手軽なのは、かざすだけで済む非接触IC決済だ。QRコード決済は、スマホの画面にコードを表示する手間がかかるので、利便性が落ちる。ただ、QR決済のシステム導入費は安いと言われているため、事業主としては悩ましい。

定番のクレジットカードも便利だが、契約の方法次第で手間がかかったり、手数料が高くなったりする。

違い2.精算方法

精算方法には前払い、即時払い、後払いの3種類がある。

前払いとは、あらかじめ決済媒体にチャージしておいた金額から支払う方法だ。電子マネーやQRコード決済の一部に採用されている。残高が不足すると決済できないが、使いすぎを防止できる。

即時払いとは、決済時に銀行口座からお金を引き落とす方法だ。デビットカードがこれに当たる。口座残高が不足すると決済できないが、決済額を後から請求されないので後日に慌てないで済む。

後払いでは先に決済を行い、定められた日に金額を支払う。クレジットカードや電子マネーなどで採用されている。

チャージの手間がいらないほか、決済時にお金がなくても支払える。ただし、うっかり使いすぎてしまう点には注意したい。

キャッシュレス決済の導入が進んだ背景

日本人は現金志向だと言われているが、キャッシュレス決済の比率は年々高まっている。この流れに拍車をかけたのはポイント還元事業(キャッシュレス・消費者還元事業)だ。

ポイント還元事業は、2019年10月の消費税増税にともなう景気刺激策の一つとして導入された。

同事業に登録・加盟した店舗で消費者がモノやサービスを購入すると、キャッシュレスシステムによってポイントが消費者に還元される。

還元されるポイントは、中小・小規模の店舗では5%、ガソリンスタンド・フランチャイズチェーン店舗では2%である。

ポイントの還元は、キャッシュレス決済に対する消費者の関心を引いた。実際、キャッシュレス決済の利用率も上昇した。

MMD研究所は、ビザ・ワールドワイド・ジャパン株式会社と共同で2019年12月に「【第1弾】2020年キャッシュレス・消費者還元事業における利用者実態調査」(調査対象:日本在住の20~69歳の男女5万人)を実施。

調査対象の約4割が「ポイント還元事業後、キャッシュレスでの支払いが増えた」と回答した。

なお、このポイント還元事業の背景には政府によるキャッシュレス比率向上化の意図がある。

2018年4月に経済産業省が公表した「キャッシュレス・ビジョン」では、大阪・関西万博が予定されている2025年に向けて、国内のキャッシュレス決済比率を40%に引き上げる目標を前倒ししている。

ポイント還元事業は2020年6月末日に終了する予定だが、今後も同様の政策を実施する可能性は十分にある。この流れにうまく乗れば事業を有利に進められるに違いない。

中小企業こそキャッシュレス決済を導入すべき3つの理由

ポイント還元以外にも、中小企業がキャッシュレス決済を導入すべき理由が3つある。

理由1.低利で融資が受けられる

キャッシュレス決済を導入すると、低利で融資を受けられる。経済産業省は2020年3月、キャッシュレス決済の導入にともなう中小企業の負担軽減のため、日本政策金融公庫による低金利融資を実施する旨を発表した。

この融資制度では、キャッシュレス決済に対応するための運転資金を貸し出す。

卸売業・小売業・サービス業・飲食業を営む中小事業者を対象とし、限度額は2.5億円、基準利率は0.4%としている。

資金繰りが心配な事業者でも、キャッシュレス決済を導入しやすくなるだろう。

理由2.業務を効率化できる

キャッシュレス決済の導入によって業務を効率化できる。現金決済だと、次のような事務作業に時間がかかる。

・レジの入力内容と実際の現金有高の確認
・盗難防止対策
・銀行への預入や引出
・お釣り用の硬貨や紙幣の用意

その他、現金決済にともない売上伝票や領収書、レシートから記帳する作業もある。領収書やレシートをカメラで撮影して自動的に記帳する会計ソフトもあるが、撮影に手間がかかってしまう。

キャッシュレス決済にすれば、決済データがアプリなどに記録され、そのまま会計ソフトにデータを転送できる。

結果、事務作業にかかる時間が一気に短縮される。さらに、盗難防止対策も不要になるため、セキュリティにかかるコストも削減できる。

理由3.集客力を向上できる

キャッシュレス決済によって集客力も向上できる。ポイント還元事業でキャッシュレス決済の普及が進んだのは確かだが、実はそれ以前からも活用は増えている。

内閣府による「2017年度国民経済計算年報」のデータを確認してみよう。民間最終消費支出のうち、クレジットカード・デビットカード・電子マネーによるキャッシュレス支払額の割合は、2008年の時点で11.9%に過ぎなかった。

しかし、2015年は18.2%、2017年は21.3%であり、割合が急増している。QRコード決済という選択肢が増えた点も踏まえると、今後もキャッシュレス決済の割合は増えていくだろう。

決済の多様化に対応できれば消費者にも対応できる。つまり、集客力の向上が見込める。

同じサービスでも、決済手段を選べるほうが消費者にとって便利だ。些細だが、小さな工夫が売上につながる。

キャッシュレス決済を導入する際の注意点

キャッシュレス決済にはデメリットもあり、次の点に注意したい。

注意点1.資金繰りの圧迫

キャッシュレス決済に変えると、その分入金が遅くなり、手数料も割り引かれる。一方、支払を迫られるので、資金繰りが苦しくなってしまう。

事実、キャッシュレス推進協議会が2020年1月に発表した調査によれば、約1,100店舗のうち2割程度が「入金サイクルの変化により資金繰りに困った」と回答している。

こういった事態に対応できるよう、先述の融資制度を活用したり、支払サイクルを調整したりするなどの工夫が必要だろう。

注意点2.さらなるコストの発生

キャッシュレス決済を導入するのに、導入・運営コストがかかる。業態によっては、レジや経理に関する新システムの導入やリニューアルが必要となるかもしれない。

運営には決済にともなう手数料やセキュリティ費用などのランニングコストもかかる。自社の現状を踏まえつつ、事前に導入コストを把握しておくべきだろう。

注意点3.システムダウンで機能しなくなる

キャッシュレス決済はインターネットを基盤にしているため、災害による物理的な破損やシステム障害が発生すると機能しなくなる。

実際、2018年の北海道地震の時は、停電によりキャッシュレス決済が全く使えなくなった。事業者は万が一に備え、現金決済の余地を残しておいたほうが無難だ。

キャッシュレス決済の可能性

以上、中小企業におけるキャッシュレス決済の意義とメリット・デメリットをお伝えした。さらに注目したいのが、昨今の状況変化によるキャッシュレス決済の可能性だ。

2020年、新型コロナウィルスによる被害が拡大して以降、感染防止の観点から外出を控えて家にこもる人が急増した。

家にいても生活にともなう消費は避けられない。結果、モノやサービスを購入する「巣ごもり消費」が増えた。家から一歩も外に出ないと、受け渡しが必要な現金決済は難しい。

こういった状況にもクレジットカードなどのキャッシュレス決済であれば対処できる。

巣ごもり消費だけでなくリモートワークの増加も踏まえると、キャッシュレス決済の需要はますます高まるだろう。

経済の冷え込みが懸念されているが、状況変化は新たな商機も生み出す。「面倒だな」の一言で片づけず、キャッシュレス決済の導入を検討し、自社の新たなビジネスチャンスを模索してほしい。(提供:THE OWNER

文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)