古尾谷 裕昭
古尾谷 裕昭(ふるおや・ひろおき)
ベンチャーサポート相続税理士法人(相続サポートセンター)代表税理士。昭和50年生まれ、東京浅草出身。税理士・司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社が在籍しているベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を率いている。相続税の申告のみならず、相続登記、相続争い、事業承継(M&A)、遺言書作成、民事信託、資料収集から不動産売却や財産コンサルティングまで様々な業務に対応している。年間の相続税申告1,000件超(令和1年度実績1,247件)であり、国内最大級の資産税チームを築き上げた。

M&Aで会社を売却した株主にとって、翌年の確定申告で支払う税金は最大の関心事だろう。今回は、株主に課される税金の計算方法や株式売却の手続き、株主が節税するときの注意点を説明する。会社売却を検討している経営者はぜひ参考にしてほしい。

会社をM&Aで売却するとき株主に課される税金

会社売却
(画像=Feodora/stock.adobe.com)

M&Aによって会社を高額で売却すれば、株主には多額の税金が課される。ここでは、会社売却した株主に課される税金と確定申告について説明したい。

会社を株式譲渡で売却するときに課される税金

個人株主がM&Aで非上場会社の株式を売却したとしよう。利益が発生した場合は、譲渡所得として申告分離課税となる。株式等に係る譲渡所得等の金額は以下のように計算される。

株式等に係る譲渡所得等の金額 = 総収入金額(M&Aの売却価格)-必要経費(取得費+委託手数料等)

税率は所得税が15%、住民税が5%である。令和19年までは、復興特別所得税として、各年分の基準所得税額の2.1%を所得税と併せて申告・納付する。

なお、非上場株式の売却益は、他の非上場株式の売却で売却損を出している場合に相殺できる。いわゆる税務上の損益通算だ。

ただし、上場株式の売却損とは相殺できない。よって、M&Aで多額の売却益を計上した株主は、個人の証券口座で運用する上場有価証券から売却損を計上しても、それらを相殺できない。

会社をM&Aで売却する株主から節税手法についてよく質問されるが、基本的にはない。

売却損が発生した場合には損失がなかったとみなされるため、給与所得や事業所得などの課税所得と相殺できない。

当然だが、上場株式の売却益と相殺することもできない。申告分離課税によって損益通算できないからだ。損益通算できるのは、他の非上場株式の売却で売却益が出ている場合のみである。

会社をM&Aで売却した株主の確定申告

M&A直後に株主が所得税の確定申告を行う際には、株式譲渡契約書と業務委託契約書が必要だ。株式譲渡契約書でM&Aによる会社売却を証明し、業務委託契約書で経費を証明する。

M&A後に役員の引継ぎ期間を長めに設定したことで、会社売却と同時に役員退職金を受け取らない場合がある。しかし、役員退職金の確定申告は将来の退職時に必要となる。

M&Aで所有するすべての株式を売却するのではなく、株式を分割して売却する場合にも、複数年度にわたって確定申告は必要になる。

また、同じM&Aで株式を売却した株主が複数いる場合、全員が各自の責任で確定申告を行う。

社長が株式売却の条件交渉を取りまとめた場合でも、社長が確定申告まで取りまとめることはできない。

会社をM&Aで売却するときに株主が行う手続き

M&Aで会社を売却する際、売り手は買い手に株式を譲り渡して株主の地位を移転させるため、会社法上の手続きが必要となる。具体的な手続きの流れは以下の通りだ。

株主の手続き.1会社に株式譲渡承認を請求

売り手の株主が所有する株式を売却しようとするとき、会社に対して株式譲渡を承認するように請求する。

株主譲渡承認請求書などに、売却する株式の種類と数、売却する相手方などを記載する。承認しない場合には他の売却先を指定してから会社へ提出する。

現実的には株主が会社の代表者であるため、会社と話し合う必要はない。当然、株主が自ら代表者として承認することになる。

株主の手続き2.取締役が株主総会を招集

取締役は、株主から譲渡承認請求を受けたときは、株主総会を開催する。

取締役会を設置しない会社では株主総会を開催する前提として、取締役の過半数の一致で株主総会の招集を決定する。

現実的に株主とその関係者が取締役のほとんどを占めているため、招集手続きに手間はかからない。株主が自ら代表者として株主総会を開催する。

株主総会の開催が決定したら、各株主へ招集通知を送ることが会社法で規定されている。招集通知は、原則として株主総会の日の2週間前までに発しなければならない。

取締役会を設置していない会社では1週間前までに通知しなければならないが、書面ではなく口頭や電話でも可能である。それゆえ、招集通知を書面で発送するケースはほとんどない。

株主の手続き3.株主総会で株式の譲渡を承認

会社は譲渡承認の請求を受けたとき、2週間以内に株主総会で承認するか否かの普通決議を行う。

株式譲渡承認が決定したら、会社は承認の可否を株主に通知しなければならない。2週間経っても通知しない場合は、請求が承諾されたとみなされる。

株主の手続き4.株主が株式譲渡契約を締結

会社によって株式譲渡が承認されたら、売り手と買い手の株主がM&Aの最終契約書である株式譲渡契約を締結する。

株式譲渡契約書を書面で作成し、売り手と買い手がそれぞれ記名・押印する。法律上の定めがないため、印鑑は認印でも構わないが、実印を使用するのが望ましい。

売り手は個人であるが、買い手は法人であるケースが多いので、買い手は代表者印を押すことになる。

株主の手続き5.会社に株主名簿の書き換えを請求

株式の売り手と買い手が共同で、会社に対して株主名簿の書換請求を行う。

自己が株主であることを会社や第三者に証明するためには、会社の株主名簿に株主として自分の氏名などが記載されていなければならない。

それゆえ、株主の名義を売り手から買い手に変更するように、株主名簿の書き換えを会社に請求する手続きが必要となる。

株主名簿の書き換えの請求を受けたら、会社は書き換えに応じなければならない。譲渡承認請求とは違って、会社は否認できない仕組みである。

株主名簿の様式は決まっていないため、会社の実情に合わせて作成すればよい。作成は司法書士に依頼すればよいだろう。

株主の手続き6.会社に株主名簿記載事項証明書を請求

買い手は新しい株主となるが、会社の株主名簿に自分の氏名や住所などが正しく記載されているか確かめなくてはならない。そこで、会社に株主名簿記載事項証明書の発行を請求する。

株主名簿記載事項証明書の発行は、買い手の株主が単独で請求できる。請求を受けた会社は、株主名簿を書き換えた証拠として株主名簿記載事項証明書を発行・交付する。

買い手の株主は買収した会社の株主になったことを確認でき、M&Aも完了する

会社をM&Aで売却するときに株主が注意すべきポイント

会社をM&Aで売却する際、さまざまなテクニックを活用して税負担の軽減が行われる。代表例として、株式の転売について注意点を説明したい。

M&Aでは、一般的に売り手の株主と買い手の株主が純然たる第三者の関係にあり、株式の売却価格を時価として会社の売却が行われる。時価は基本的にM&Aの交渉を通じて決められる。

しかし、M&Aの実行前に大株主が少数株主から株式を買い集めるケースがある。株式を買った時期や株式を取得したタイミングによっては問題視されるので注意したい。

たとえば、少数株主Aから大株主Bが株式を取得し、それを買い手Cに転売するケースを考えてみたい。少数株主Aから大株主Bへの売却と大株主Bから買い手Cへの売却は、同日あるいは短期間に行われることが多いだろう。

その場合、少数株主Aから大株主Bへの売却価格と大株主Bから買い手Cへの売却価格が大幅に異なると、大株主Bが転売によって大儲けする。

当事者が株式の転売をあらかじめ知っていたら、大株主Bに贈与税が課される可能性がある。

本来、少数株主Aが買い手Cに譲渡すればよい。そのため、大株主Bを介在させなければならない理由について説明責任を負う。

株主が会社に自己株式を売却するメリットとデメリット

発行会社に対する株式の売却は、厳密な意味で会社自体を売却する取引ではない。

しかし、会社を売却する前段階として所有する株式数を減らし、対象会社から剰余金の分配を受けることを目的に使われるケースが多い。

既存株主が株式を手放すと同時に、新しい株主が第三者割当増資を引き受ける会社売却のスキームは有名である。

【自己株式を売却するメリット】

発行会社に株式を売却すれば、既存株主の持株比率を減少させ、他の既存株主の持株割合を相対的に高められる。

既存株主が法人であれば、分配された剰余金は受取配当金という収益となる。

法人株主は受取配当金の益金不算入を通じて、ほぼ無税で対象会社の剰余金を吸い上げられる。これは会社売却において株主が採りうる重要な節税策の一つだ。

【自己株式を売却するデメリット】

発行会社の分配可能額の範囲でしか自己株式を取得できない。自己株式の取得時は株主総会の特別決議も必要である。

また、特定株主を対象に会社が自己株式取得の手続きを行う場合、特定株主以外の株主に対してもその旨を通知する。

つまり、全株主に対して自己株式取得の機会を与えなくてはならない。自己株式取得に関する株主総会の特別決議による承認が必要となる。

会社売却などでお困りの方は専門家に相談を

会社売却を考え始めたら、まずはインターネットなどを活用して知識を仕入れよう。基本的な知識を最初に身につけておけば、具体的に相談する相手を探す際に、良い業者・悪い業者の判断もつきやすくなる。

スピード感や手厚いサポートを重視するなら、M&A仲介業者への相談がいいだろう。会社売却においては、専門家の力を借りることは不可欠だ。自学自習だけで、弁護士や税理士などの専門家を取りまとめ、M&Aを進めていくことは不可能に近い。契約書の雛形などを活用して形だけ実行しても、あとで訴訟トラブルに発展するケースもある。

M&A仲介業者に支払う報酬は決して安くはないので、出費を惜しむ気持ちが生まれるかもしれないが、会社の出口戦略である売却は、それだけ経営において重要な位置づけだといえる。今後数十年に渡って不安を抱えて暮らすリスクを考えたら、必要経費と割り切る精神も必要だ。

実績豊富なM&A業者は、最新の法律やスキームを熟知しているうえ、会社売却のノウハウの蓄積がある。M&Aでは、買い手候補先との条件交渉や、従業員への説明、取引先への説明など、法務的・税務的手続き以外の手続きも慎重に進めていく必要がある。

こういったすべてのプロセスで相談できるM&A業者の担当者は、力強い味方になるだろう。また、失敗事例などを聞くことで、自社の売却で想定されるリスクに早いうちから備えられる。

プロの力を借りることで、会社売却が成功すれば、自分にとっても社員にとっても望ましい結果を引き寄せられるはずだ。(提供:THE OWNER

文・古尾谷 裕昭(税理士)