ZUU onlineでは新連載として特集「プロに聴く、Withコロナでの資産運用」というテーマで金融・経済・不動産などの投資の専門家にインタビューを実施している。第2回は、日本M&Aアドバイザー協会代表理事・会長を務める大原達朗氏に6月26日、新型コロナウイルス感染が広がる情勢下でのM&A市場の動向や今後の戦略について聴いた。
最近のM&A業界で有望な業種は中食やマンション・ビル管理
日本M&Aアドバイザー協会 代表理事の大原達朗氏は、Zoomインタビューで、新型コロナ情勢を背景に、最近のM&A市場で人気がある業種に、中食やマンション・ビル管理などを挙げた。
同氏は、「飲食業界は、店舗型が壊滅状態になり、中食で惣菜のテイクアウトや配達を行うところを買収したい会社が多い。店舗で売れないので、一部店舗を改装してテイクアウトやデリバリーの拠点にするところも出ている」と説明した。
またコロナの影響を受けていない業種として、「マンションのビル管理などは、大きな影響を受けておらず、淡々と普通に動いている。相手と直接面談ができず、現地訪問が簡単にできないので進捗は少し遅いが、コロナ下においても数字が変わらないビジネスはどの会社も欲しい」と述べた。
もっとも、「本当に良い案件はそうそう表に出てこない。仲介業者に来る前に業界内で売買されている」と指摘。「特に若い人が中心のIT系が多い。昔は工場に設備投資しないと会社が大きくならなかったが、今はそういう会社は少ない。マザーズ市場などに上場して資金調達をしても、資金用途があまりなく、勢いで買収をしてしまうことも多い」と述べた。
上場で結果が出た例に、ゲーム会社グリーやM&Aキャピタルパートナーズを挙げ、「グリーは、上場直後にその資金を活用し、テレビ広告を打って知名度が上がり、一気に顧客・ユーザーを増やした。M&Aキャピタルパートナーズも上場して資金調達し、老舗M&A仲介・助言会社レコフを買った。ノウハウを取り込めるし、人事交流もできる。資金を寝かせていることと比較すれば、チャレンジングな使い方」と述べた。
M&Aの成功例
大原氏は、「一流の経営者であれば、自分のビジネスに近いところを伸ばしていける。超一流の天才は、全く関係ないビジネスを買ってもうまくいくこともある。それを複数回以上やっている日本の経営者は、ソフトバンクグループの孫正義氏以外にいない」と指摘。JTや日本電産などは同業・周辺業務の会社を買収していることに言及し、「10〜20年にわたり、3〜5件以上の買収をコンスタントに成功させている一流経営者は、突拍子もないところに資金を出していない。また自分たちで買収相手をピックアップできる」とも語った。
M&A市場動向
M&A市場の動向に関しては、「100億円、1000億円、兆円単位の超大型案件には大きな変化ない。一方、売買金額2桁億円(10億円)単位のディールは、日本M&Aセンター、M&Aキャピタルパートナーズなどが頑張っているので増えている。ジャスダックやマザーズなど新興市場の会社が非上場会社を買収するケースが多い。もっとも件数が増えているので成功へのハードルは高くなっている」と分析。「成功者が少ないので、特定の買い手候補ですでに買収して結果を残しているところに案件が集中してくる傾向にある。その場合、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)を全面的には使わず、自社のリソースもフル活用している」と述べた。
日本国内で昨年1年間に4088件のM&Aが成約したが、半分の約2000件は資本提携で支配権の移動を伴っていない。一方、支配権の移動を伴う(過半数の議決権の移動を伴う)M&A取引は半分にとどまった。
同氏は、「支配権の移動を伴わない資本提携が増えており、これからも増えていく。これはリスク分散だと思う。いきなり50%超の株式を取得して、経営していくのは、買い手にとっても非常にリスクが大きい」と説明。一部提携から始め、「うまくいかなかったら買い戻し条項を付けておいて買い戻しても良いし、うまくいけば、初めから条件を設定しておいて買い増ししても良い」と勧める。
しかし仲介・助言会社(アドバイザリー)は、売買金額に応じてフィーをもらうため、段階取得の提案をあまりしない。同氏は、「10億円で100%のバリュエーションがある会社を、10%から慎重にやった方が良いと言ったら、アドバイザリーフィーが10分の1になってしまう」と指摘。「投資銀行やアドバイザリーのバリュエーションは信用するなとよく言われている。高く売ってナンボの料金体系でやっているので当たり前で悪い訳ではない。利用者側が賢くなり、うまく使っていく形でないといけない」と強調した。
特に海外案件などに触れ、「海外の買収金額は全く想定がつかないので、ゴールドマン・サックスなど投資銀行にバリュエーションを出してくれというと、結構、市場価格で決めている。新興国などの市場価格は、高いに決まっている。専門家に頼むのは良いが、PER(株価収益率)30〜40倍といった高額なバリュエーションで決めて買収したら、よほどのことがなければうまくいく訳がない。良く分からないで失敗して、次やりたくないと萎縮している経営者が多い」と語った。
その上で、「日本人は専門家に丸投げしたい面があるが、専門家でも、ヤブ医者、とんでも弁護士、粉飾に加担する会計士、脱税指南する税理士などがいる。丸投げするのではなく、自分たちでもう少し情報を集めて、勉強すれば、成功の確度は上がると思う。M&Aの仕組み、考え方、基本をもう少し学習した方が良い」と述べた。
M&Aの報酬金額についても、「ほとんどレーマン方式(取引金額・移動した資産価格に応じて報酬料率が逓減)を使ってはいるが、レーマン方式にかけるものが各社バラバラだ。2億円で株式譲渡を成立させた場合、普通だれが考えても2億円×5%でフィーを払えば良いと思うはずだが、東証1部上場の中堅M&Aアドバイザリー会社は、買った会社の時価資産・純資産ではなく、バランスシートの総資産に5%をかけて取る。メーカーであれば、借り入れがあり、設備もあるので、総資産は20億円あってもおかしくなく、フィーは無茶苦茶高い」と述べた。
「しかし、優良な売り物が少ない今のマーケットを考えると、きちんとした売り物を提供しているフィーだと考えれば、理屈は通っている」としながらも、「買収する方が初めから織り込んで買収しているのか疑問。買収金額が高くなる傾向にあり、フィーも高いので、総投資額が当然上がってくる。確かに安定的に稼げる会社で一定のシナジーがあるとしても、投資としてどうかとの議論がなされているのか」と懸念を示した。
ライザップのM&Aを例に挙げて、「ライザップに行けば、買ってくれるというノリで、多くのFAは皆、買ってもらったと思う。しかし、負ののれんをかなり計上したことからも、その買収基準は厳しかったはずだ。買い叩いた金額でディールとしては悪くなかったものの、買った後に、どう経営するのか明確に分からず、数多く買収した面があると思う。同様に1、2件やって火傷し失敗した人は世の中にごまんといる」と述べた。
中小・零細企業のM&Aの問題点
一方、中小・零細企業などのM&Aに関しては課題が多いようだ。現在、親族内承継が減少している中、事業承継問題を解決しなければいけないと、中小企業庁が昨年3月31日に中小M&Aガイドラインを発表。アドバイザリーフィーなど報酬の取られ方に注意、FAに頼んだだけでなく他の専門家にも聞いて意思決定した方が良い、契約を結ぶ際に第3者のアドバイス(セカンドオピニオン)を取れるような契約にするよう提案している。
大原氏は、中小・零細企業のM&Aはマッチングがあまりうまく行っていないと指摘。投資した分を回収して余りある成果が出たかという意味では、ほとんど失敗しているとの見方を示した。
同氏は、「会社としてはうまくやってはいるが、例えば50億円で買収して年間1000万円しか利益が出ていないなら、投資としては失敗。外から見る失敗は、潰れることだが、潰れてはいないけれど、そんな金額で買収してどうなるのという事例は多い」と述べた。
親族内承継ができないことは、選択肢はM&Aで売却する第3者承継か、廃業しかない状況だ。事業承継問題を抱える会社の大半が、中小・零細企業。同氏は、「従業員が10人未満のような企業でオーナー依存が大きい。日本経済でみても産業全体で成長しているところはほとんどない中、零細企業は、右肩下がりの業績のところが大半。それを引き取ってうまく経営できる人材はあまりいない」と述べた。
さらに売却・譲渡しようとしている対象会社の経営管理が非常に甘いことに言及し、「第3者に売却するとは夢にも思わず、何十年も経営してきたと思う。金融機関から資金を借りなければいけない、許認可を維持しなければいけないので、中小・零細企業は粉飾決算をしているところが多い。自分でどういう粉飾決算しているのかも明確に把握していない会社を買収するには、テクニックと経営力がいる。それだけの経営力がある方は、まだ少ない。中小・零細M&Aを手掛けているところは、少しずつ増えているが、株式譲渡がなかなかできないと言っている。買収であれば、簿外債務リスクが当然あるが、オーナー経営者が把握していない。本人たちが知らない簿外債務を第3者がチェックするのは難易度が高くてできない」と語った。
もっとも、過去の債務は一切引き継がないスキームで契約をして事業譲渡すれば、簿外債務のリスクは切り離せるため、後はバリュエーションの問題とも言う。「中小・零細案件は50件以上扱っているが、当初の希望金額で売れたところはほとんどない。交渉・デューデリジェンスの結果をみて、実際に売却する時には金額が相当落ちているケースが多い」と述べた。
高額の料金を払えば、優秀な人が来てくれるが、大抵は高い料金を出したくない、情報の価値が分かっていない人も多く、変な仲介会社につかまり、「売れないか、非常に悪い条件で売買をせざるを得ない」とも言う。
新型コロナ情勢下でのM&A事情
新型コロナ感染が拡大する現在は、良い機会ではないという。「情勢は悪い。統計上は成約件数が4〜5月に減っている。対前年比で2割程度しか減っていないが、大型案件がほとんどなくなった。ファンドも4〜5月は投資の意思決定を凍結し決められない。4〜5月に最終的に契約した会社は、昨年末・年初から交渉しているところだと思う。遠隔でやりながら最後の詰めを頑張ってやってディール成立までこぎつけたところは結構ある。ただ4〜5月に新規案件が止まっているはずなので、成約し始める7、8、9月には大きく毀損し、数が減ってくると思う」と見込む。
「今、業績がかなり悪化しているので、買収のチャンスではある」としながらも、「買い手に相当な能力がないとできない。傷んでいる会社・飲食店などは死ぬほどある。場所が良くコロナ前はかなり稼いでいた会社はあるが、状況が戻った時、本当に客を入れられる、実績のある、力のある、自信のある会社がどれだけあるかという問題」と語った。
さらに「もともと借り入れがかなりあるはずなので、借り入れを引き継いでも大丈夫という会社は問題ないが、これだけ負債があったら無理という状況になると、債務整理・再生業務をできるかも問題」と言う。
今後、民事再生法申請などにより破産し、債務を法的整理され、スポンサーとして入る案件は増える見通し。ただ、「今、悪いビジネスを良くするには、ノウハウを知っている同業会社でないと難しい」という。
しかし「アドバイザリーは、同業はビジネスのことを良く分かっているため、デューデリジェンスが厳しく、高く売れなので嫌がる。アドバイザリーは、異業種の方がその業界のビジネスを良く分からないので、デューデリジェンス・バリュエーションが甘く、高く売れることが多いので、異業種に持って行きたがる」と説明した。
法的整理を待つより、M&Aの方が時間やライバルを踏まえると有効な手段との見方も示す。「良いビジネスで債務さえ整理すれば、買収したいところが多くある場合、そう簡単に勝てない。法的整理は、入札になり、裁判所が関わってくるので1番良い条件か、あとで引き継ぎできる会社なのかを見られる。その会社をどうしても買収したいと考えた場合、結構、難しい」と述べた。
今後のM&A業界の成長戦略
大原氏は、「会社を買収した後に、どういうビジネスができるか、具体的にイメージさえできていれば、誰かが助けてくれる」と指摘。「買い手の社長の頭の中に、うちの技術を使って何かできるのではないか、営業先が被っていないので、商品を営業先に売れるのではないか、具体的な絵があれば、企画担当やコンサルティングに頼んで事業計画を詰めさせることができる」と述べた。
さらに景気低迷下でのM&Aには、独特の嗅覚が必要とも言う。「中期的3−5年内にはコロナウイルス問題は解消すると思うが、今後、どんな環境変化が起きるか分からない。今は割安だから買おうという判断ができる人がいるか。業界の知識や経験が全くない人には判断できないと思う。30〜40年の経験があり、コロナ問題は初めてでも、良い時も悪い時も問題を乗り越え生き残っている会社は、独特の勘がある。あるいは仮に失敗しても、ひっくり返らないだけの体力のある会社」と述べた。
特に会社が大きくなると、財務、人事・労務、経営管理の部分などを改善しやすいという。「経営管理はある程度形が決まっている。財務に関しても、借入金利が非上場会社は非常に高い。今でも3.5−4%ぐらいで運転資金を借りている会社がある。これを信用力がある上場会社が買ったら0%台で借りられるので確実に支払い利息が下がる。買収して良くなる余地はいくらでもある」と言う。
M&A仲介・助言会社では、日本M&Aアドバイザー協会に属する約170社の会員企業の他に、バトンズ、日本M&Aセンター、森・濱田松本法律事務所、トーマツなどがある。それぞれ特色があり、対象が異なり、内容も違うため、調査して合ったところの講座を受け、関係を作れば、いざディールとなった時に相談に乗ってくれると推奨する。
最後に、大原氏は、「人の会社を買う、自分の会社を売るのは大きい仕事。そこに数十万円の初期投資しないのは信じられない」と指摘。「リスクゼロはあり得ない。リスクは絶対にある。あとはリスクとの比較で、買ったらこれだけ得だとのイメージがなければ、うまくいかない。買収するのであれば、今より遥かにうちが経営した方が良くなる、改善できることが具体的にイメージできなければ意味がない。その程度の力がないと難しい。顧客開拓には時間がかかり、力のある会社であれば、買収の意義はある」と述べた。