会社売却を検討する上で、自分の会社の価値に対してどれほどの売却価格がつくのか気になる経営者は多いだろう。今回は、会社の売却価格を決める3つの計算方法を紹介するとともに、高く売却するためのステップを具体的に解説する。会社売却を検討中の経営者は、ぜひ参考にしてほしい。
会社売却を考える経営者が増えている理由
事業承継の手段としては親族内承継が一般的ではあるが、最近では子どもが承継を望まないケースもあり、会社売却を決断する経営者も少なからず存在する。
株式会社レコフデータの調査によると、2019年の日本のM&A件数は4,088件だ。30年前の1989年は645件だったことから、およそ6.3倍もM&Aの件数が増加したことがわかる。
また、中小企業庁が「企業活動基本調査」をもとにまとめたデータによると、M&A増加の背景には買収ニーズの増加も関係している。新規事業への参入やシェアを拡大する時に、新設法人を立ち上げるよりも会社を買収した方がリスクを低く抑えられるのだ。
会社売却を考えている経営者は、買収側の会社にとってのメリットを意識することも大切だ。
会社の売却価格はどのようにして決まるのか?
会社売却を考え始めた経営者は、自分の会社の買収価格がどのように算出されるのか疑問に思うのではないだろうか?
会社の売却価格は、「会社の評価額」と「プレミアム」によって決まる。
「会社の評価額」については、複数の計算方法の中から最適なものを選び、ルールに従って計算することになる。具体的な計算方法については、次の章で紹介する。
「プレミアム」は、営業権と表現されることもある。プレミアムに実態や明確なルールはなく、買い手側の会社が感じる「付加価値」と受け止めてもらえるといいだろう。
付加価値としては、事業の将来性や他にはない技術力、優れた人材などがあり、買い手側の会社が「どうしてもこの会社を買収したい」と思えば、高額な買収プレミアムを提示してもM&Aは成立する。
会社の売却価格というと、専門的な計算式で明確に算出できると考えている経営者もいるかもしれないが、実際には、会社を売る側と買う側の需要と供給で決まると考えておくのが正しい。
会社の売却価格を決める代表的な3つの計算方法
会社の評価額を計算する代表的な方法としては、「コストアプローチ」「インカムアプローチ」「マーケットアプローチ」の3つがある。それぞれについて紹介する。
会社の売却価格の計算方法1:コストアプローチ
コストアプローチは、会社の純資産の価値を基準に売却価格を評価するため、「純資産方式」とも呼ばれている。
会社の決算書には、財務状況がひと目で分かる「貸借対照表」がある。貸借対照表は、左側の「資産」、右上の「負債」、右下の「純資産」で構成されており、コストアプローチは、貸借対照表上の「純資産」を会社の評価額とする計算方法だ。
貸借対照表の中で「資産」に該当するものは、現預金や不動産、機械、車両、有価証券などで、「負債」とは借入金のことだ。「純資産」は、「資産」から「負債」を差し引いた金額であるため、会社の売却評価額としてイメージ的にも妥当だと感じる経営者も多いだろう。
決算書の貸借対照表は、会計上の計算ルールに従って作成されているため、厳密に計算するには時価に置き換える必要がある。具体的には、不動産や有価証券などを時価に変換して貸借対照表を作り直し、時価純資産を求めることで、会社の評価額とする。
自社の決算書から簡単に計算できるだろうが、実際の会社売却においては、買収側の会社と時価評価の方法に関してトラブルになることもある。コストアプローチで会社の売却価格を評価する場合は、税理士や公認会計士などの専門家に確認してもらうことが望ましい。
会社の売却価格の計算方法2:インカムアプローチ
インカムアプローチとは、事業計画を作成して、将来の価値をもとに会社を評価する計算方法だ。中でもDCF法(割引キャッシュフロー法)が一般的だ。
DCF法では、まず事業計画を立て、会社が将来生み出すキャッシュフローの予測を作成する。その後、一定の割引率を掛けて、将来に渡って得られる利益を現在価値に置き換える。
事業計画をもとに会社の評価額を決めるため、M&Aを実施することによるメリットを感じやすいのがこの計算方法の優れた点だ。ただし、あくまで事業計画は未来予想に基づいて作成されるものであり、前提条件によって評価額が大きく変わってしまうこともある。
売却側の企業と買収側の企業とで、事業計画の認識をすり合わせておくことが大切だ。
会社の売却価格の計算方法3:マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは、自社と似た業種の上場企業を参考にして、会社の評価額を求める計算方法であり、類似会社批准法や類似業種批准法といった評価法がある。
まず、参考とする類似業種の上場企業の財務指標を選び、自社の財務指標と比較する。その上で、上場企業の株式の評価額をもとに、同じ比率になるよう計算する。たとえば、財務指標が3分の1なら、株式の評価額も3分の1にすればいい。
よく用いられるのは、「EBITDA(イービットディーエー)」という財務指標だ。利払前税引前償却前営業利益といわれ、税引き前利益に支払利息や減価償却費を加えて計算することが多い。
マーケットアプローチは、コストアプローチやインカムアプローチと比べて、意図的に操作することが難しい計算方法だ。そのため、売却側と買収側の会社双方で納得感が得られやすいというメリットがあるが、売却額の参考となる類似業種の上場企業を探し出すことが困難な場合も少なくない。
会社を高く売却するには?売却価格を上げる3つのステップ
会社を売却するなら、できるだけ価値を高めて売却したいと考える経営者は多いだろう。そのためには、自社の価値をきちんと分析し、買収候補先にプレミアムを伝える努力が不可欠だ。
ここでは、会社売却においてプレミアムをのせるための方法を、M&Aのステージに応じて3つのステップで紹介する。
ステップ1:自社の強みを分析
M&Aで売却価格を上げるためのプレミアムをのせるには、まず客観的な視点で自社の強みを分析しよう。会社売却で評価される強みには、以下のようなさまざまなものがある。
特殊な技術力
情報やノウハウ
経験豊富な従業員
意欲的な会社風土
取引先との強いつながり
リピーター顧客の存在
経営者の視点だけでは気づけない意外な強みが隠されているケースもあるので、一人で考えるだけでなく、従業員や顧客、取引先、家族の意見なども参考にしよう。ただし、会社売却を検討中であることが相手に露見しないような配慮が必要である。
競合他社やベンチマーク指標との比較表を作成したり地域におけるシェアを計算することも、客観的な自社分析として効果的だ。こうした分析データは、M&A仲介業者や買収側の会社にも、具体的なプレミアムとしてアピールできる材料にもなる。
ステップ2:売却のシナジー効果に注目
自社の強みの分析が終了して、買収候補となる会社が現れたら、次はシナジー効果に注目したい。
M&Aにおけるシナジー効果とは、異なる事業が結び付くことで、新たな価値を生み出して利益が大幅に伸びるなど、企業価値の足し算以上の効果を生む事だ。シナジー効果をうまく見出してアピールできれば、買収側の会社は直接的なメリットを感じられるため、M&Aに乗り気になることが多い。必然的に、売却価格の交渉も有利な状態で進められるだろう。
シナジー効果を見出すには、買収候補先の会社情報の把握が必須であると同時に、M&A後の事業展開を想定しなければならない。経営者としての眼力や経営感覚を問われる部分でもあるが、売却側と買収側の双方にとってメリットがあるので、積極的に取り組んで欲しい。
ステップ3:買い手との価格交渉
最終的に、買収候補先の会社と価格交渉をすることになるが、買収候補先と最初に顔を合わせる「トップ面談」では、価格の話はしない方がいい。まずはお互いの情報を出し合って、理解を深める場であると捉えよう。お互いの事業にかける想いを語ったり、M&Aにおいて期待されるシナジー効果について話し合おう。
お互いがM&Aに同意して基本合意を結んだら、本格的な売却条件のすり合わせに入る。相手が買収に魅力を感じてM&Aに乗り気なら、プレミアムをのせた高めの価格設定でもM&Aが成立する。逆に相手が他の会社も候補先として視野に入れているなら、あまりに高い売却価格設定では、交渉が難航することもある。
民間のM&A支援サービスを活用するなど、専門家と相談しながら価格交渉を進めていくことも大切だ。売却価格交渉のポイントは、相手にとってのメリットをアピールすることであり、自分の会社を卑下する必要は無いが、逆に過度にアピールしても相手の気持ちが離れていくことがある。
「これだけの価値がある、だから当然この価格設定で考えている」という堂々と振る舞うことも、買収候補者にとっての価格の納得感にもつながるのだ。
会社売却を成功させて悠々自適の生活を送る
会社売却は一人で全てを行う事は困難なので、専門家の手を借りながら進めていくことが大切だ。それと同時に、専門家に任せにするのではなく、自分でもM&Aに関する知識を身につけ、専門家の進め方をチェックする必要がある。
会社売却は簡単ではないが、うまく会社を売却できれば、まとまった資金を手に入れて悠々自適のセカンドライフを送れるだろう。
事業が順調な時はプレミアムをのせやすく、想定以上に高額な報酬で会社売却が成立することもある。逆に売上や利益が減少し始めると、買収候補先は慎重にならざるを得ない。
事業が順調なうちに会社売却を決断するのは勇気がいるが、「今が売り時だ」というタイミングを自分なりに見極めて速やかに行動に移すことが、納得のいく会社売却を行う秘訣といえるだろう。
売却についてはまずM&Aの仲介業者に相談してみるのがよいだろう。(提供:THE OWNER)
文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)