水害
(画像=PIXTA)

要旨

● 日照時間も含めた家計消費関数を推計すると、7-9月期の日照時間が▲10%減少することにより同時期の実質家計消費を▲0.6%程度押し下げる関係がある。仮に今年7-9月期の日照時間が梅雨明けの遅れた2003年並となれば、家計消費(除く持ち家の帰属家賃)▲0.5兆円(▲0.9%)の押し下げを通じて、同時期の実質GDPが▲0.3兆円(▲0.2%)押し下げられることになる。更に、梅雨明けが認定されなかった93年並となれば、家計消費▲1.1兆円(▲1.8%)の押し下げを通じて、同時期の実質GDPを▲0.7兆円(▲0.5%)押し下げると推計される。

● 更に心配されるのが消費者心理の悪化。2008年末はリーマンショックに伴う円高・株安に雇用環境の悪化が重なり、全国の消費者心理が低下した。また93年には、景気動向指数が改善したことを根拠に政府が6月に景気底入れを宣言したが、円高やエルニーニョ現象が引き起こした日照不足等の悪影響により、景気底入れ宣言を取り下げざるを得なくなった。今回は、感染再拡大に加え、水害や日照不足が重なったことを考えれば、今年7-9月期の経済成長率は消費者心理の低迷によって下押しされる可能性は無視できない。

● 農業生産額と気温の間には、7-9月期の気温が1℃下がる毎にその年の農業生産額が▲2.5%減少するという関係が見られる。農業生産額が直近の2018年で5.7兆円であることを用いれば、7-9月期の気温が1℃下がる毎にその年の農業生産額は2.5%×5.7兆円=▲1,416億円減少することになる。

● 今後の消費動向を見通す上では、感染再拡大に加えて、農作物の不作を通じた影響が秋口以降にボディーブローのように効いてくることには注意が必要。

過去の日照不足の影響

今夏は6月下旬から、全国的に日照不足が続いている。農作物の生育にも遅れが出ており、今後も日照不足が続けば、景気への影響も拡大すると懸念する声も出ている。

2000年代以降で最も夏の平均気温が低くなったのは2003年であり、この年7-9月期の家計調査(総務省)における実質消費支出は前年比で▲1.4%の落ち込みを示した。更に梅雨明け自体がはっきりしなかった1993年は39年ぶりの冷夏となり、夏物商材の売れ行きが落ち込んだ。また、大雨や日照不足もあり、稲作を中心に農作物に被害が出たことで、翌年にかけてコメ不足に陥った。

実際、93年の景気回復初期局面においては、年前半の経済指標が改善したこと等を根拠に、株価は3月以降堅調に推移していたが、円高や冷夏に伴う経済指標の悪化が確認されはじめたこと等も影響し、6~7月と9月以降の株価が軟調に推移したという経緯がある。このように、冷夏が株式市場に及ぼす影響にも十分注意が必要だろう。

そこで本稿では、過去の夏場の経済データと気象データとの関係から、個人消費を通じて日本経済に及ぼす影響を試算する。

日照不足が及ぼす経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)

GoToや農作物に打撃

夏の低温や日照の少なさといった天候不順は、主に以下の3経路を通じて個人消費の下押し要因として働く。

第一に、季節性の高い商品の売れ行きが落ち込み、いわゆる夏物商戦に悪影響を与える。具体的には、夏場に需要が盛り上がるビールやエアコン、夏物衣料などの売れ行きが鈍る。梅雨明けの遅れが最も深刻だった93年を例にとれば、大手5社のビール出荷量は、7月が前年同月比▲5.1%、8月が同▲5.7%と2ヶ月連続で減少している。また、エアコンの国内出荷台数も、7月が前年同月比▲16.8%、8月は同▲92.7%と大幅な減少となっている。更には、衣料品の販売額も7月が前年同月比▲7.9%、8月が同▲2.4%と落ち込んだ。

第二に、夏の行楽客の人出が減少する。このため、GoToキャンペーンに期待していたレジャー関連産業は打撃を受けることとなろう。実際、93年を例にとれば、93年夏の大手旅行8社の国内旅行取扱高は、7月が前年同月比▲6.0%、8月が同▲4.6%とマイナスになった。

第三に、農作物の生育を阻害し、冷害をもたらすことが想定される。農作物が不作となれば、農家世帯の所得減を通じて、個人消費にもマイナスの影響を及ぼす。実際、93年は天候不順の影響により農作物に甚大な被害が発生し、米の作況指数は全国平均で74と戦後最低を記録した。この結果、93年度の農業所得は前年度比▲9.7%と大きく減少し、93年の農業の実質国内総生産は前年比▲11.5%と2桁減を記録している。

日照時間一割減で個人消費▲0.6%減

では、過去の日照時間の変化が家計消費全体にどのような影響を及ぼしたのだろうか。そこで、国民経済計算を用いて7-9月期の実質家計消費の前年比と東京・大阪平均の日照時間の前年差の関係を見ると、両者の関係は驚くほど連動性があり、7-9月期は日照時間が低下したときに実質家計消費が減少するケースが多いことがわかる。従って、単純な家計消費と日照時間の関係だけを見れば、日照不足は家計消費全体にとっては押し下げ要因として作用することが示唆される。

ただ、家計消費は所得や過去の消費などの要因にも大きく左右される。そこで、国民経済計算のデータを用いて気象要因も含んだ7-9月期の家計消費関数を推計すると、7-9月期の日照時間が同時期の実質家計消費に統計的に有意な影響を及ぼす関係が認められる。そして、過去の関係からすれば、7-9月期の日照時間が▲10%減少すると、同時期の家計消費支出(除く持ち家の帰属家賃)が▲0.6%程度押し下げられる計算になる。

日照不足が及ぼす経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)

実質消費関数の推計結果

7-9月期:推計期間:1995-2018、決定係数:0.350、D.W:2.142 ( )はt値
⊿Log(実質家計消費)=0.004+0.365*⊿Log(実質可処分所得)+0.062*⊿Log(日照時間)
          (1.488)(1.935)             (2.600)

感染再拡大も重なった悪影響には要注意

従って、この関係を用いて今年7-9月期の日照時間が93年および2003年と同程度となった場合の影響を試算すれば、全国平均の日照時間が平年比でそれぞれ▲28.8%、▲13.9%減少することにより、今年7-9月期の家計消費(除く持ち家の帰属家賃)はそれぞれ前年に比べて▲1.0兆円(▲1.8%)、▲0.5兆円(▲0.9%)程度押し下げられることになる。

ただし、家計消費が減少すれば、同時に輸入の減少等ももたらす。このため、こうした影響も考慮し、最終的に日照不足が実質GDPに及ぼす影響を試算すれば、93年並となった場合は▲0.7兆円(▲0.5%)、2003 年並となった場合は▲0.3 兆円(▲0.2%)ほど実質GDPを押し下げることになる。このように、日照不足の影響は経済全体で見ても無視できないものといえる。

日照不足が及ぼす経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)

更に心配されるのが消費者心理の悪化だ。というのも、足元の状況は2008年末に酷似している。当時の消費者態度指数を見ると、リーマンショックで雇用環境が急速に悪化し、全国の消費者心理が低下した。また93年には、景気動向指数の一致DIが改善したことを根拠に政府が6月に景気底入れを宣言したが、円高やエルニーニョ現象が引き起こした長雨・冷夏等の悪影響により、景気底入れ宣言を取り下げざるを得なくなったという経緯がある。

直近4-6月期には、コロナショックに伴う緊急事態宣言発動等により消費者心理は大きく悪化した。ここに今回は、経済活動再開に伴う感染再拡大に加えて日照不足が重なった。こうしたことを考えれば、今年7-9月期の経済成長率は消費者心理の低迷によって下押しされる可能性は無視できない。景気の先行きをめぐっては個人消費の動向も不透明要因として浮上しており、コロナの感染状況やマーケットの動向と合わせて慎重に見極める必要がある。

日照不足が及ぼす経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)

農作物を通じた影響にも要注意

また、日照不足は農作物の生育を阻害して冷害ももたらす。実際、93年は冷夏の影響により農作物に甚大な被害が発生し、とりわけ米の作況指数は全国平均で74(平年作=100)と戦後最低を記録した。この結果、93年度の農業所得は前年度比▲9.7%と大きく減少し、93年の農業の実質国内総生産は前年比▲10.8%と2桁減を記録している。 このように、冷夏は農業生産の減少を通じても実質GDPのマイナス要因となる。そこで、7-9月期の気温の前年差とその年の名目農業生産額の前年比の関係から、夏場の気温が農業生産に及ぼす影響を試算してみた。これによれば、農業生産額と気温の間には、7-9月期の気温が1℃下がる毎にその年の農業生産額が▲2.5%減少するという関係が見られる。農業生産額が直近の2018年で5.7兆円であることを用いれば、7-9月期の気温が1℃下がる毎にその年の農業生産額は▲2.5%×5.7兆円=▲1,416億円減少することになる。

需要面から見ると、 日照不足による不作で野菜や果物の卸売価格が高騰することで、景気に悪影響を及ぼしかねない。特に、生活必需的な食品価格の高騰は苦しい家計を更に圧迫する要因となる。更に食品価格の高騰は、食料品や外食産業、食品を販売する小売業などの投入価格の上昇を通じて企業収益を圧迫する要因にもなる。 今後の日照不足の影響を見通す上では、夏物商品消費の不振に加えて、農作物の不作を通じた影響が秋口以降にボディーブローのように効いてくることには注意が必要であろう。

このように、今後の気象次第では、経済活動再開で最悪期を脱しつつある日本経済に思わぬダメージが及ぶ可能性も否定できないといえよう。(提供:第一生命経済研究所

日照不足が及ぼす経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣