要旨

● 東京都を除外して実施を前倒しするGoToトラベルの需要創出効果を試算し直すと、東京除外に加えて、東京都民を中心とした旅行マインド低下等により+0.6兆円程度と、当初の6割程度の効果しか見込めなくなる可能性がある。感染が再拡大する中で、東京を除外して前倒しで実施するのであれば、元々クーポンが発行される9月まで様子見をした方が、効果が期待できた可能性がある。

● 海外では期限付き消費減税が相次いでいる。ドイツでは全ての品目が対象となるため、感染拡大が懸念される移動を伴わなくても需要喚起の効果が期待できる。また、イギリスのように業界を絞っても、単純に税率を下げるだけのため、事務経費を抑制できる可能性が高い。仮に、日本がドイツやイギリスのように半年の期限付きで全品目軽減税率を導入すれば、財源はGoToキャンペーンの1.7兆円に7000億円を上乗せした2.4兆円程度で済み、実質GDP押上効果も1.3兆円程度が期待できることになる。

● すでに40都道府県では、県内在住者などを対象に、宿泊割引などの観光支援策を実施している。背景には、第一次補正予算で新型コロナウィルス感染症対応地方創生臨時交付金として1兆円、2次補正でさらに2兆円拡充されていることがある。新型コロナウィルスの感染状況が地域によって大きく異なることからすれば、中央政府主導による新型コロナウィルスの感染症対応では限界があり、ある程度権限を自治体に移譲することで効率的な対応が可能となる。

● 新型コロナウィルスの感染拡大抑制と経済活動再開を効率良く実施するためにも、政府は地域間の公平性を保てるような税制や地方債発行等といった制度面を通じたマクロ的政策に集中し、地域間の状況が大きく異なる施策については、可能な限り各自治体に任せるべきだろう。

接客
(画像=PIXTA)

GoToトラベル効果は4割減の可能性

観光関連産業を支援するGoToキャンペーンが7月22日から前倒しで始まった。しかし、東京都が除外されることに加えて、新型コロナウィルスも感染が拡大しているため、観光関連産業への恩恵は当初想定していたものよりも限定的にとどまる可能性が高いだろう。

実際、直近2016年時点の内閣府「県民経済計算」でも、全国の家計最終消費支出に占める東京都の割合は14.2%を占めている。そして、より重要なのは、東京都を除外したことによって、東京都民がより旅行に慎重になることを通じて、単純に東京都が除外された物理的な影響以上に旅行需要が押し下げられる可能性がある。

実際、以前に筆者が行ったGoToキャンペーンに伴う観光需要創出効果の試算ではGoToトラベルの効果だけで+0.7~+1.4兆円の中央値となる1.0兆円程度の効果を期待していた(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2020/naga20200624goto.pdf )。しかし、東京都を除外して実施を前倒しする需要創出効果を試算しなおすと、東京除外に加えて、東京都民を中心とした旅行マインド低下等により+0.6兆円程度の効果しか見込めなくなる可能性がある。

そもそも、今回の前倒しは夏休みに間に合わせたいとの意向が働いたことが推察される。しかし、今年の夏休みは学校の授業再開が遅れたことから期間が短縮されており、旅行需要は盛り上がりにくい環境にある。従って、感染が再拡大する中で、東京を除外して前倒しで実施するのであれば、元々クーポンが発行される9月まで様子見をした方が、効果が期待できた可能性があるといえよう。

GoToキャンペーンと消費減税
(画像=第一生命経済研究所)

海外は期限付き消費減税

こうした中、海外では期限付き消費減税が相次いでいる。例えばドイツでは、7月1日から半年間、付加価値税を19%から16%に引き下げ、食料品などの軽減税率を7%から5%に引き下げる。そして、これによる減税規模は200億ユーロ(約2.4兆円)となる。

一方、イギリスでは、7月15日から来年1月12日の約半年間、飲食・宿泊・娯楽業界の付加価値税率を20%から5%に引き下げる。そして、これによる減税規模は41億ポンド(約5500億円)となる。

こうした期間限定消費減税は、ドイツではすべての品目が対象となるため、感染拡大が懸念される移動を伴わなくても需要喚起の効果が期待できる。また、イギリスのように業界を絞っても、単純に税率を下げるだけのため、事務経費を抑制できる可能性が高い。

GoToキャンペーンと消費減税
(画像=第一生命経済研究所)

仮に、日本が期限付き消費減税を実施した場合の需要喚起効果に関しては、消費増税分の財源のうちどの程度が社会保障費に紐づいておらず、活用できるかである程度の目星を付けることができる。事実、2回の消費増税に伴う税収増加分約13兆円のうち、5.3兆円程度が借金返済に回っており、社会保障財政と紐づいていない。このため、年5.3 円程度の消費減税であれば、社会保障財政に影響することなく実施できる。

GoToキャンペーンと消費減税
(画像=第一生命経済研究所)

そもそも2019年10月の消費増税も「リーマン級のことがない限り消費増税を行う」としていたが、現状リーマンショック以来の不況が来る可能性が生じている。したがって、経済が正常化するまでの時限措置で全品目軽減税率を導入すること等により、消費者の負担軽減と家計の購買意欲向上を高めること等も検討に値しよう。仮に1年続いても財源が4.8兆円程度で済む全品目への軽減税率適用で、昨年10月の消費税率10%引き上げ前の8%の税率に時限措置で戻す案の方が現実的といえよ う。

一方、内閣府の最新マクロ計量モデルに基づけば、消費減税の1年目の乗数は0.56となる。これに基づけば、実際に全品目軽減税率の直接的な実質GDP押上げ効果は+2.7兆円(GDP比+0.5%)となる。

仮にドイツやイギリスのように半年の期限付きであれば、財源はGoToキャンペーンの1.7兆円に7000億円を上乗せした2.4兆円程度で済み、実質GDP押上効果も1.3兆円程度が期待できることになる。

GoToキャンペーンと消費減税
(画像=第一生命経済研究所)

求められる中央集権緩和と地方への権限移譲

これに対して、観光関連産業への効果が不十分との意見もあるかもしれないが、単純にそうとはならないだろう。なぜなら、すでに地方自治体が独自の観光支援策を実施しているからである。事実、すでに40都道府県で県内在住者などを対象に、宿泊割引などの観光支援策を実施している。この背景には、第一次補正予算で新型コロナウィルス感染症対応地方創生臨時交付金として1兆円、2次補正でさらに2兆円拡充されていることがある。

ただ、米国の経済対策と比較すると、米国では地方債市場が確立していることもあり、FRBが地方債を買い入れることで地方政府の資金繰りを支援している。これに対し、日本では流動性のある地方債市場が確立しておらず、地方自治体の地方債発行も自由度が低い。このため、地方交付税交付金に頼らざるを得ない状況となっている。

しかし、新型コロナウィルスの感染状況が地域によって大きく異なるという面で評価すれば、中央政府主導による新型コロナウィルスの感染症対応では限界があり、ある程度権限を自治体に移譲することで効率的な対応が可能となる。

したがって、新型コロナウィルスの感染拡大抑制と経済活動再開を効率良く実施するためにも、政府は地域間の公平性を保てるような税制や地方債発行等といった制度面を通じたマクロ的政策に集中し、地域間の状況が大きく異なる施策については、可能な限り各自治体に任せるべきだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣