(本記事は、タイラー・コーエン氏の著書『BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか』=NTT出版、2020年8月4日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

CEOの報酬が跳ね上がった理由

BIG BUSINESS 巨大企業はなぜ嫌われるのか
(画像=contrastwerkstatt/stock.adobe.com)

明快な事実を一つ指摘しておこう。アメリカ企業のCEOの報酬は、株式相場が上昇するのと足並みをそろえて増加してきた。報酬が高すぎるケースがないとは言わないが、概して、報酬が不可解に決まっていたり、不正なプロセスを経て決まっていたりはしない。アメリカの一流企業におけるCEOの報酬額は、株価と緊密に連動している。これは、報酬として自社株やストック・オプション(自社株購入権)が提供されていることの影響が大きい。

経済学者のグザビエ・ガベとオーギュスタン・ランディエは、企業の株価とCEOの報酬の関係について大規模な調査をおこなった。その研究によると、シンプルな需要と供給の関係により形づくられる報酬額の相場は、上場企業の株式時価総額平均と基本的に連動しているという。

株式時価総額が大きくなった企業は――そのような企業が増えている――C E Oを務められる人材を招くために高額の報酬を支払ってもいいと考えるようになる。その結果、おおむね、株式時価総額にほぼ比例してCEOの報酬が高くなっていく。企業が株価を上昇させるためにC E Oに高い給料を支払い、期待どおり株価が上昇すればCEOの報酬がさらに高くなる。2000〜05年、アメリカの最大手企業50社でそれぞれの会社の最高幹部3人によって保有されていた自社株式は、1社平均3100万ドル相当に達していた。

1980年から2003年の間にCEOの報酬が平均6倍に増加したことは、同じ期間にそれらの企業の株式時価総額が平均6倍に増加した結果と考えていいだろう。ガベとランディエがのちにジュリアン・ソバーニャと共同でおこなった研究によれば、業績が厳しい時期にはCEOの報酬額も下がっている。株式時価総額の減少にほぼ比例して、報酬も減少しているのだ。そのような時期には、取締役会がCEOの昇給案を突っぱねたり、提案に疑問を呈したりする傾向が強まる。

CEOの報酬は、右肩上がりに上昇するだけではない。システムのなかに、チェック機能が組み込まれているのだ。なかでも、最も強力にチェック機能を果たしているのが株式市場だろう。

ところで、アメリカの成功しているCEOほど、ほかのCEOたちの高額報酬を手厳しく批判する人たちはいない。「ほかのCEO」が高額報酬に値しないと考えるCEOの多さには、本当に驚かされる。この現象は、一部のトップアスリートがほかの一流選手を口汚くののしる様子を思い出させる。

プロバスケットボールのロサンゼルス・レイカーズでセンタープレーヤーとして活躍したカリーム・アブドゥル=ジャバーは私のインタビューのなかで、ジャンプシュートを多用するダラス・マーベリックスのフォワード、ダーク・ノビツキーを「ばかの一つ覚え」と酷評したことがある。この類いの辛辣な言葉のやり取りは、殿堂入り選手や殿堂入り確実な選手同士、あるいはなんらかの点でライバル関係にある選手同士の間で珍しくない。最近も、チャールズ・バークレーとレブロン・ジェームズがののしりの言葉を浴びせ合った。

そうした批判が正しい場合もある。たとえば、ボストン・セルティックスのラリー・バードが献身的なディフェンスをしなかったり、横方向の動きが不得意だったりしたことは否定できない。その点、CEOの報酬は株価との連動性が強いため、ほかのCEOの報酬が高すぎるという批判は、個別のケースはともかく、一般論としては正当でないと言えそうだ。

プロバスケットボール界を参考に、ビジネス界のCEOの報酬について考えてみよう。NBA(北米プロバスケットリーグ)の歴史を振り返ると、傑出した成績を挙げるチームにはほぼ例外なく、リーグ有数の(しかもキャリアの最盛期の)プレーヤーが少なくとも1人いて、チームを牽引している。ビル・ラッセル、マジック・ジョンソン、ラリー・バード、マイケル・ジョーダン、レブロン・ジェームズ、ステフィン・カリーなどがそうした役割を果たしてきた。

NBAのチームが超一流選手に莫大な報酬を支払う大きな理由はここにある。このレベルの選手はなかなか獲得できないし、適切な環境でプレーできればチームに計り知れない恩恵をもたらすと期待できる。

ビッグスター(もしくは将来のビッグスター候補)に大枚をはたくことがつねに功を奏するという保証はない。ニューヨーク・ニックスは莫大な金を投じてカーメロ・アンソニーを獲得したが、チームの成績は精彩を欠き、大きな見返りなしにアンソニーをオクラホマシティ・サンダーに放出する羽目になった。アンソニーは、成績に見合わない高給を受け取っていたと言えるだろう(ただし、すべてを1人の責任と考えるべきではない。ほかの選手や監督、ゼネラルマネージャーにも責任はある)。

そもそも、どうしてそんなに高額の報酬が支払われることになったのか。アンソニーがチーム運営会社の株主や取締役会を騙したのか。もちろん、そんなことはない。アンソニーが希少な才能をもっていて、それが莫大な価値を生み出す可能性があると判断されたからこそ、高額の報酬が支払われたのだ。移籍後の成績と不釣り合いなくらい報酬が跳ね上がったのは、同様の契約がしばしば好ましい結果をもたらし、巨額の利益を生むからだ。

トップクラスのCEOにも同じことが言える。優秀なCEOは大きな価値を生むが、そのような人材を確保することは難しい。そのため、CEOの報酬が高騰し、一部の企業はビジネス版のカーメロ・アンソニーのような人物に巨額の報酬を支払う羽目になる。これは、CEOを務められる人材が貴重かつ希少であり、しかも、企業の取締役会も含めて人は誰もが判断ミスを犯すために起きる事態と考えるべきだ。システムそのものに道徳上の欠陥があるわけではないのだ。

この点は、CEOの高額報酬を批判する人たちには理解しづらいかもしれない。批判派は、現状のシステムが全般として好ましい結果をもたらしていることに目を向けず、CEOが十分な成果を挙げていないケースしか見えていない。確かに、報酬にふさわしい成果を挙げられていないCEOもいるが、実際には、成功した新興企業の創業者など、成果に比べて報酬が安すぎるCEOもいる。

業績に対して報酬が高すぎるCEOのことは、カーメロ・アンソニーのようなものだと思えばいい。そのような人物に高い報酬が支払われるのは、どの企業も世界レベルの傑出した人材を欲しがっていて、そうした人材を確保することが非常に難しいからだ。この場合、採用後の成績と不釣り合いな高額報酬が支払われるケースが出てくることは避けられない。

バスケットボールの花形選手と企業のCEOを重ね合わせた議論をもう少し続けよう。アメリカの株式相場が1926年以降に上昇した分はすべて、株価が最も大きく上昇した上位4%の企業によって実現した。このデータは、経営の質がいかに重要かを浮き彫りにするものと言えるだろう。もちろん、これらの企業が成功した理由は、リーダーの資質がすべてではない。しかし、CEOの能力を含むさまざまな好材料が作用し合うことで、好ましい結果が生まれるのだ。

別の研究では(こちらの研究のほうが主観的なものにとどまることは否めないが)、大企業の取締役113人に意識調査をおこなった。この調査で、自社のCEOを務められる知識と専門技能の持ち主が世界に何人いると思うかと尋ねたところ、回答は平均4人だった。この数字にどのくらい信憑性があるかはともかく、真に優秀なCEOがきわめて少ないことは間違いなさそうだ。非常に大きな価値を生み出す可能性のある資源が非常に希少だとすれば、その資源を獲得するためのコストが高くなることは避けられない。

今日のCEOに求められるスキル

今日の(少なくともアメリカの大企業の)CEOは、昔のような意味で「事業を運営する」スキルをもっているだけでは務まらない。石油の採掘や家具の製造など、自社の中核的なビジネスを運営できるだけでは足りなくなっている。金融市場の重要性が高まったことで、CEOは金融に精通し、金融取引のノウハウをもっていることが求められるようになったのだ。

たとえば、大手石油会社は原油市場やデリバティブ市場での存在感を増している。それに伴い、石油会社のCEOは、テキサスの油田について詳しいだけでは十分でない時代になった。石油会社と関わろうとする人たちは、その会社が金融取引や投機で大損しないと安心できるように、CEOが金融市場に関してしっかりした知識をもっていることを求めはじめている。

CEOには、政府の規制に対処したり、広報を上手におこなったりするスキルも、昔より必要とされるようになった。メディアの監視が厳しくなったため、些細なPR上の失態が大きな損害を生む可能性があるからだ。また、会社が人種差別や性差別、同性愛者差別をおこなっているという評判が立ったときは、CEOなどのリーダーがただちに対応しなくてはならない。今日、大企業のCEOは、ソーシャルメディアやテレビ、記者会見、時には議会証言、(連邦政府、州政府、郡や地方自治体レベルの)規制当局や議員の説得など、さまざまな局面で有効なコミュニケーション能力をもっている必要がある。当然ながら、日々の事業運営ができて、しかもこれらの新しい役割も果たせる人材を確保するのは難しい。

ビジネスがかつてなくグローバル化し、サプライチェーンが多くの国にまたがるようになったことの影響も見落とせない。たとえば、アップルのiPhone の部品製造や組み立ては、アメリカ、韓国、タイ、マレーシア、フィリピン、台湾、インド、中国など、多くの国でおこなわれている。

アップルが成し遂げた重要なイノベーションの多くは、iPhone の基盤を成すテクノロジーに関わるものではない。それらのテクノロジーのかなりの部分は、すでに存在していた。アップルの最大のイノベーション、それはこのようなサプライチェーンを構築して維持するための新しいアイデアだった。そのために、当時のトップであるスティーブ・ジョブズとティム・クックは、貿易や対外直接投資、そしてグローバル経済全般について膨大な知識を学ぶ必要があった。しかも、ビジネスをおこなう国ごとに、その国特有の制度上・規制上の障害を乗り越えなくてはならなかった。

CEOは、そうした知識を最初からすべてもっている必要はない。重要なのは、どのような問いを発すべきか、その問いに対する回答をどのような文脈に位置づけるべきかを理解できることだ。それができるためには、グローバル経済をよく知っていなくてはならない。それも、気が遠くなるくらい膨大な量の知識が求められる。昔と違って、CEOはほかの国について、そしてビジネスをおこなうグローバルな環境や文化的環境について深く理解しておく必要があるのだ。これは簡単なことではない。

もう一つ見逃せない潮流がある。アメリカの大企業は、ほぼすべてがテクノロジー企業の性格をもつようになった。たとえば、農業関連の企業も、ドローン(小型無人飛行機)を飛ばして畑を監視したり、素材を購入するために企業向けオンラインオークションを利用したり、ゲノム解析など、高度な情報テクノロジーを駆使した研究開発に注力したりするようになった。これらの企業はトウモロコシや大豆を栽培するだけでなく、情報テクノロジーのど真ん中に位置しているのである。

今日、ウォルト・ディズニー社の経営者は、優れた脚本を見つけ、人気俳優を起用するだけでは十分でない。高度なテクノロジーを活用してアニメ映画にCGを駆使したり、最先端のイノベーションを実現したりできる企業を築く必要がある。そのために、トップレベルのプログラマーを確保するスキルも求められる。これは、昔のハリウッドではあまり必要とされなかったスキルだ。

大企業のCEOは、こうしたことに加えて、CEOたちが昔からやってきた仕事もしなくてはならない。社員のやる気を喚起したり、社内でロールモデルの役割を果たしたり、企業文化を確立して社内に広めたり、自社の財務状況を把握したり、取締役会に予算案と事業計画を示したりすることも重要な役割だ。

CEOは、古代の大哲学者と似たところがある。勤労、消費、投資、情報発信、政治への働きかけなど、森羅万象について幅広い知識が必要とされるからだ。確かに、CEOほど「哲学的」な仕事はない。新しい思考を生み出して、ものごとの本質を理解する能力に関して、トップレベルのCEOは今日の世界で指折りの存在だ。

CEOに最も求められるスキルは、特定の企業に特化したスキルよりも、多くの企業のマネジメントに共通するスキルになった。そのような変化は、有能なCEOの争奪戦を激化させる作用をもつ。企業全般に共通するスキルが重視されればされるほど、順送り人事による内部昇格が減り、社外の人材がCEOに登用されるケースが増えるからだ。しかも、CEOが移籍しやすくなるため、CEOの入れ替わりも頻繁になる。

それはデータにもあらわれている。CEOが外部から登用される割合は、1970年代には14・9%にすぎなかったが、1990年代末には26・5%に上昇した。この時期、CEOの報酬は大幅に増加している。

CEOにどのようなスキルが必要とされるかは、個々の企業や業種、具体的な環境によって異なるが、ビジネス界の頂点で成功することを目指すなら、誰もが備えておくべきスキルがあるのだ。データによれば、そうしたスキルの持ち主が得る見返りは大きい。

たとえば、ほかの条件がすべて同じだとすると、会社を移籍してCEOに就任した場合に得られる報酬が高いのは、メディアの評判がよく、一流大学を卒業していて、いわゆる出世コースを歩んできた人物だ。このような観点でCEOを10区分にランク分けすると、その区分が一つ上がるごとに報酬額が約5%、金額にして約28万ドル増えるという。

BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか
タイラー・コーエン(Tyler CowenPh.D.)
米国ジョージ・メイソン大学経済学教授・同大学マルカタスセンター所長。1962年生まれ。ハーバード大学経済学博士号取得。「世界に最も影響を与える経済学者の一人」(英エコノミスト誌)。人気経済学ブログ「Marginal Revolution」、オンライン経済学教育サイト「MRUniversity」を運営するなど、最も発信力のある経済学者として知られる。著書に全米ベストセラー『大停滞』、『大格差』『大分断』(以上NTT出版)、『フレーミング』(日経BP社)など。

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『BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか』シリーズ
  1. CEOの報酬は高すぎるのか
  2. 独占企業の力が強まりすぎている?
  3. ウォール街は何の役に立っているのか
  4. 政府は大企業にコントロールされている?
  5. 大企業が嫌われる理由