(本記事は、タイラー・コーエン氏の著書『BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか』=NTT出版、2020年8月4日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

独占が深刻な産業はどこだ

BIG BUSINESS 巨大企業はなぜ嫌われるのか
(画像=nick-aldi/stock.adobe.com)

小売業と製造業では独占の弊害が生まれておらず、むしろ好ましい状況が出現しているとすれば、独占が本当に問題を生んでいるのはどの産業なのか。

今日のアメリカには、いくつかのスーパースター企業が存在する。グーグル、フェイスブック、アマゾン、ウォルマート、アップル、エクソンモービル、AT&T、それに大手自動車メーカー、医療保険大手のユナイテッドヘルス、ドラッグストアチェーン大手のCVSなどがそうだ。

旧来の市場独占の理論によっては、これらの企業を正しく理解できない場合が多い。今日のスーパースター企業は、現状維持を志向せず、つねに市場の動向を注視し、イノベーションの手を緩めることなく、新旧の多様な商品を提供している。これらの企業は、ほかの企業から学び、ほかの企業の成果を土台にビジネスを成功させることが得意だ。専門的に言えば、無形の資本を非常に低コストで獲得できている。具体的には、情報テクノロジーを活用するスキルや健全な企業文化が強みになっているのだ。そのおかげで、高い価格で商品やサービスを販売しなくても大きな利益を得られているケースが多い。

しかも、新規参入を目指す企業がそうした専門知識や企業文化を模倣するのは難しい。高度な「学習する組織」であるスーパースター企業の成功の方程式はきわめて複雑なものであり、それを模倣するには、優秀な人材を見いだし、採用し、育成し、つなぎとめるためのスキルが必要となる。ほかの企業は、個々の商品をコピーすることはできても、こうしたスキルを手軽に学ぶことはできない。今日のスーパースター企業は、ビジネスの人間的な要素を究めているのである。

いま必要なのは、スーパースター企業をもっと増やすことだ。現実には、利益を増やすためのイノベーションと人材育成に力を入れず、手をこまねいて状況が悪化するのに任せている企業があまりに多い。そのような企業は、企業として取るべき行動を怠っていると言わざるをえない。

携帯通信サービス

携帯通信サービスに関しては、政府が市場への新規参入をもっと促すことが望ましい。現状ではベライゾンとAT&Tが二大勢力で、ほかにTモバイルとスプリントがサービスを提供している。これらの企業はあからさまな談合には手を染めていないとしても、しばしば足並みをそろえて比較的高い料金を設定し、消費者の負担により比較的高水準の利益率を確保している。

今後は競争が自然に拡大し、携帯電話の通信料金はもっと下がるだろう。しかし、2011年に司法省がAT&TとTモバイルの合併を阻止したときのように、独占禁止当局による監視をもっと強めてもいいのかもしれない。また、政府が保有する電波周波数帯域をもっと民間に売却すべきだ。それが実現すれば、携帯通信で活用できる周波数帯域が増えて料金が下がることが期待できる。

地域レベルでは、迷惑施設や不快施設が近隣に建設されることを嫌う「NIMBY(Not In MyBack Yard =うちの裏庭にはやめてくれ)」の心理を反映した規制を緩和し、携帯電話の基地局を建設しやすくすることも有効だろう。この方策には新規参入を促す効果がある。

携帯通信事業者の名誉のために言うと、問題の一因はアメリカの国土の広さにもある。国中を結ぶネットワークを整備するには、莫大なコストがかかり、それが料金に跳ね返っている面もあるのだ。それでも、アメリカの携帯通信料金はもっと安くできるし、安くなるべきだろう。

実は、このところ通信料金は大幅に下がっている。2016年4月から翌年4月までの1年間に、通信料金は12・9%安くなった。これは、価格競争が激化したことと、使い放題のデータ通信プランが普及したことの結果だ。この傾向が今後も続くかはわからないが、アメリカの経済環境を考えると通信料金が高くても仕方がないと決めつけるべきではない。今後も、通信事業者がもっとユーザーに有利なプランを打ち出す可能性は高い。もちろん、それは競争に勝つためだ。

航空業界

市場集中が進んでいるように見える分野をもう一つ挙げるなら、それは航空業界だ。2005年には9社あった大手の民間旅客航空会社は、17年には4社に減ってしまった。

これだけ聞くと、ぞっとするほど独占が進んだように感じるかもしれない。しかし、話はそれほど単純でない。独占が起きていることを示す典型的な目印は、生産高が減少することだ。その点、アメリカ国内の民間旅客航空の総飛行距離は着実に増加している。航空料金も、インフレ調整済みの数字で見ればおおむね安くなった。その一因は、小規模な格安航空会社が市場の片隅に続々と登場し、大手航空会社も料金の引き下げを余儀なくされたことにある。

航空市場全体の市場集中度の数字にばかり注目していると、現実を見誤る。航空路線ごとに見ると、市場集中度が上昇しているようにはまったく見えない。もしアメリカの航空市場に問題があるとすれば、それは中小都市で多くの航空路線が廃止されていることだ。しかし、これは独占が原因ではない。その路線を維持することが航空会社にとって割に合わなくなったのだ。

アメリカの航空市場における大きな問題の一つは、法律の規定により外国航空会社が国内便を運航できないことだ。その法律を廃止すれば、競争が活性化し、航空料金の相場が下がるだろう。

このように、独占やそれに近い状態が生まれているとしても、政府の規制がその原因であるケースが少なくない。外国航空会社の参入を認めれば、イノベーションによりコストが下がり、その結果として中小都市に就航する便が増える可能性もある。

住宅・教育サービス

本章では、独占の弊害が生じている分野として、病院、携帯通信、ケーブルテレビを挙げ、これらの分野で政策を改めれば状況を改善できることも指摘した。ほかには、どのような分野で独占が悪影響を生んでいるのだろう。

それを知るためには、典型的な世帯の家計について考えてみるのも一つの方法だ。娯楽、情報、大半の一般小売商品、家電製品といった支出項目に関しては、価格は明らかに下落し、商品やサービスの選択肢も増えている。では、どの支出項目に問題があるのか。そして、その問題は独占企業による市場支配とどのような関係があるのか。医療費に問題があることは間違いない。この点はすでに述べたとおりだ。

それ以外では、家賃などの住宅費にも問題がある。しかし、これは主として独占の問題ではない。売り手が1社もしくは数社しかないという状況ではないからだ。売りに出されている住宅や借り主を求めている賃貸住宅はいくらでもある。つまり、私たちは独占企業に法外な金額を支払わされてはいない。

私たちは、競争が存在する市場で法外な金額を支払わされているのである。その原因は、市場に大きな制約があることだ。法律により建築が制限されている地域は、住宅相場が大きく上昇する。それが経済と社会に及ぼす悪影響も大きい。

こうした問題を生む主たる原因は、地域の住宅所有者たちが前出のNIMBY的な発想により建築規制を望むことにある。大企業が悪いわけではない。アメリカの主要都市と郊外住宅地は、家賃の安い大型集合住宅をもっと建設しやすくすべきだ。サンフランシスコやオークランド、ボストン、ニューヨークといった都市には、新しい集合住宅を建てる余地がまだたっぷりある。

住宅費に次いで問題があるのは、高等教育費だ。ここ数十年間で、高等教育の学費は目を見張るほど上昇している。この状況も経済と社会に大きな悪影響を及ぼしているが、それを論じることは本書の守備範囲外だ。

いずれにせよ、これも独占の問題ではない。アメリカに大学はたくさん存在するし、大学間の競争は熾烈を極めている。なかには、アイビーリーグ(東部の名門私立大学8校)などの一流大学が共謀して門戸を狭めているのではないかと疑っている人もいるかもしれない。実際、トップレベルの学生しか奨学金の対象にしていないとの理由で、裁判で一流大学の独占禁止法違反が認定されたこともある。

このような問題はあるにしても、アメリカの一般世帯にとって大学の学費が高すぎるという状況に関して、一流大学に責任はない。大半の若者はそもそもそのような大学に進学しない、というより出願すらしない。ほとんどの世帯が学費の問題を感じるのは、中レベルの大学や大規模な州立大学だ。

しかし、州立大学ではたいてい、手厚い補助金が投入されていて、教育にかかるコストに比較すれば学費は低く抑えられている。学費が高いと思う人は、補助金の削減や教育コストの増大に文句を言うべきであり、独占を問題にするのは筋違いだ。ほとんどの州立大学は、教育の質を考えれば市場価格より安い料金で教育を提供している(州内に主要な州立大学が一つしかないという不満はあるかもしれない。だが、唯一の供給者がたとえば相場の半分の価格で商品やサービスを提供していれば、その状況は独占とは呼べない)。

コミュニティカレッジ(公立の2年制大学)の学費も、(少なくとも物価全般が上昇していることと学費の減免制度を利用できることを考慮に入れれば)ほぼ変わっていない。というより、補助金の類いをすべて計算に入れると、コミュニティカレッジの学費は1992年以降、実質ベースでは安くなっている。

一方、幼稚園から高校までの教育には、独占の問題が存在すると言えるかもしれない。しかし、それは民間企業の責任ではない。いまの状況を生んだのは、政府のルールと政策上の選択だ。

ここまでの話をまとめると、企業の行動が原因で独占が生まれているケースは非常に少ない。もちろん、問題がある場合は是正すべきだ。経済の多くの領域で市場集中が強まりつつある状況にまったく問題がないとは、私も思っていない。しかし、ほとんどの分野ではかなりの競争がおこなわれていて、消費者は多くの選択肢を得ている。

端的に言えば、独占の問題を指摘する主張はたいてい誇張されている。消費者はほとんど実害を被っておらず、競争も活発なのだ。

BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか
タイラー・コーエン(Tyler CowenPh.D.)
米国ジョージ・メイソン大学経済学教授・同大学マルカタスセンター所長。1962年生まれ。ハーバード大学経済学博士号取得。「世界に最も影響を与える経済学者の一人」(英エコノミスト誌)。人気経済学ブログ「Marginal Revolution」、オンライン経済学教育サイト「MRUniversity」を運営するなど、最も発信力のある経済学者として知られる。著書に全米ベストセラー『大停滞』、『大格差』『大分断』(以上NTT出版)、『フレーミング』(日経BP社)など。

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『BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか』シリーズ
  1. CEOの報酬は高すぎるのか
  2. 独占企業の力が強まりすぎている?
  3. ウォール街は何の役に立っているのか
  4. 政府は大企業にコントロールされている?
  5. 大企業が嫌われる理由