今後の経済政策の課題を考えて、筆者が考える次期政権の追求すべきテーマとしたい。課題は、(1)コロナ感染の収束、(2)経済悪化からの復元、(3)成長戦略の軸づくりである。次期政権は、緒戦において成果を示すことができれば、それがその後の求心力となるだろう。

キーパーソン
(画像=PIXTA)

発足後の課題

4~6月の実質GDPが前期比年率▲27.8%も落ち込み、経済悪化が長期化するという悲観的な見方が強まっている。そうした厳しい経済環境の中で、安倍首相が辞任する発表が行われた。非常に悪いタイミングである。次の首相は、9月14日に予定されている自民党の両院議員総会での総裁選びを経て決定される。その次期首相が、今後やらなくてはいけない課題は、次の3つに集約される。

(1)コロナ感染の収束
(2)経済悪化の復元
(3)成長戦略の軸づくり

これらの課題は、時間軸でみても、(1)→(2)→(3)という順番で達成されるべきテーマとなっている。少し詳しくみると、コロナ感染は、不幸中の幸い、8月初をピークにして漸減に転じているようだ(図表)。だから、9月前半にかけて自民党総裁選の中で、感染収束はもっと進んでいく可能性がある。その一方で、いくら感染者数が減ったと言っても、冬になれば第3 波がくるという見方が強まるであろう。だから、次期政権は、第3派に備えて、しっかりとした準備をする必要がある。

次期政権の政策課題
(画像=第一生命経済研究所)

ポイントは、経済活動と感染防止の両立を極力することである。7・8月にかけては、4・5月の緊急事態宣言で極めて大きな経済の落ち込みが生じたため、緊急事態宣言を発令せず、自主的な感染防止を呼びかけるに止まった。7・8月よりも感染者数を抑えるには、①PCR検査の能力をもっと増やすること、②陽性者の居そうな地域、職種に対して、PCR検査を行って陽性者を広範囲に洗い出すこと、③同時に陽性者などを受け入れる医療体制を拡充すること、などが挙げられる。すでに、政府は冬にインフルエンザなどが増える可能性を考慮して、PCR検査を1日20万件に増やす方針を打ち出している。こうした措置に早急に取り組むことが、感染拡大を事前に封じることになる。

コロナ感染を封じることは、究極的にはワクチンの開発・普及を待たなくてはいけないかもしれない。そうだとしても、それまでの間、次期首相はコロナ対策の有効性を国民に丁寧に説明して、ワクチン普及を待っていると訴えることが適切であろう。

経済回復の道筋

2 番目の経済悪化の復元は、新しい経済政策の実施によって促進されるだろう。2020年度の第1次・第2次の補正予算では、計57.6兆円もの歳出拡大が行われている。今後、感染リスクが後退した後で、政府は需要刺激策を講じることになるだろう。

Go Toキャンペーンは何かと批判されたが、筆者は単に給付金を配るよりは経済効果としてずっとよいと考える。コロナ禍で観光需要が激減する中では、同様の刺激作を拡充することを検討してもよいはずだ。

実は、製造業については、7~9月にかけて回復が進む公算が高い。鉱工業生産指数では、7月の生産指数が前月比+8.0%も増えて、さらに8・9月の予測指数では+6.0%も増加する見通しだ。7~9月を通じて+14.5%も伸びる計算になる。こうした製造業の回復は、中国などアジアでの生産活動の回復を追い風にしていると考えられる。次期首相は、そうした前向きな変化を紹介し、アジアとの経済連携を構想することで、民間企業の期待を高めることもできるだろう。

未完の成長戦略

成長戦略は、安倍政権がやり残した政策の最大のものだと考えられる。経済界などからも要望が強いはずだ。この成長戦略は、今、危機的な状況にあるとみられる。なぜならば、インバウンド戦略がコロナ禍によって当分の間、停滞することが見込まれるからである。インバウンド戦略と密接な関係にある東京五輪も、その開催が危ぶまれている。

少し誤解のないように言うと、インバウンド戦略が当分の間低迷を余儀なくされるだろうから、成長戦略から訪日外国人の振興を外した方がよいということではない。長い目でみて、地域の観光資源を開拓しつつ、別の成長戦略を構想して補強しようという発想である。

しばしば産業のデジタル化、デジタルトランスフォーメーション(DX)が、成長戦略のひとつとして紹介されるが、まだそれほど大きな需要創出効果は期待できそうもない。産業によっては、DXが市場を縮減させることもあり得るだろう。もっと別に、成長戦略の柱になりそうなテーマを探し出すことが、次の政権の課題でもあると筆者は考える。

大切なのは緒戦の勝利

安倍政権が成功した理由を考えると、スタートダッシュの勢いが大きかったからだ。円高と株安を是正して、企業収益を下支えした。当初の三本の矢のうち、金融政策と財政政策が成功したと言われている。次の政権でも、企業や国民からの支持を得るには、スタートダッシュが大切だろう。その緒戦における成功が、政権の力量を印象づける。安倍政権では、それがマーケットへの影響のある金融政策であった。今回は、コロナ感染をうまく収束させて、第3派の準備をすることが、緒戦の勝利になっていくのではないか。

ただ、筆者が言いたいことは、緒戦だけで勝利すればよいということではない。前述の成長戦略の描き直しの部分では、時間のかかる目標を掲げる場合もあるだろう。正確に言えば、スタートダッシュから安定的な成果獲得に向けて、政策プランを橋渡しすることが大切なのだ。そうした目標を立てることが、安倍政権に替わる長期安定政権になるのではないかと期待している。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生