菅義偉首相が国会で選出された。内閣のメンバーも決まり、いよいよ新内閣の船出である。主要閣僚は、軒並み留任したが、人事の目玉として、行政改革相には河野太郎氏が起用されている。行政改革に熱意を燃やす菅首相にとって、自分のやりたいことの実現のために、河野大臣には特に腕を奮ってほしいと期待をかけている。

思案
(画像=PIXTA)

アベノミクスの継承

9月16日に、菅義偉首相が正式に就任した。その午後には、閣僚全員が決まり、いよいよ新内閣が始動する。主要閣僚は、軒並み留任するかたちになったのは、アベノミクスの延長戦にあるという姿勢を表している。経済政策の主要メンバーも同じ人物が担うというのは、確かに安心感を与えるが、新しいことに取り組むことへの期待感の点では少し後退してしまったように思える。

組閣が明らかになった夜には、慣例により、閣僚会見が行われている。その場では、再任された麻生太郎財務大臣が「三本の矢を一層強化する」という首相からの指示を伝えた。長く続いた安倍政権のメンバーが、私たちが聞きなれたワーディングを使って話すと、どことなく安心感を持つ。そして、今後も安倍政権と同じ路線の政策が続くことを予感させられる。おそらく、財政政策は、新しい仕切り直しは行われず、これまでに決めた対策の執行状況を見ながら、景気回復の様子によって次の対策の必要性を考えていくのだろう。金融政策に対しても、大きな景気悪化が追加的に起こらなければ、政府から日銀への要請もなく、現状維持が続きそうだ。

<主要閣僚>

  • 官房長官 加藤勝信氏(新任)
  • 財務大臣 麻生太郎氏(留任)
  • 経済再生大臣 西村康稔氏(留任)
  • 経済産業大臣 梶山弘志氏(留任)
  • 行政規制改革
  • 担当大臣 河野太郎氏(新任)
  • デジタル改革
  • 担当大臣 平井卓也氏(新任)

目玉は河野太郎氏

菅首相の関心は、行政改革にあると考えられる。閣僚人事をみても、玉突きで異動した人を除くと、変わったメンバーの中では、特に河野太郎氏が行政改革・規制改革大臣に起用されたところが目立つ。河野大臣は、夜の記者会見では、定例となっている組閣後に各閣僚が行う記者会見など止めて、各省庁で大臣が会見すればよい、と発言した。前例主義には敵意を示す姿勢が垣間見れた。

河野氏は、これまでポスト安倍に名前が挙がり、これからもポスト菅となりそうな候補だから、そうした呼ばれ方に恥じないように、首相から1年間のうちにはっきり成果を示すように言われているのであろう。菅首相が強調する「役所の縦割り、既得権益、あしき前例踏襲を打破して、規制緩和を進める」というミッションにしっかりと応えることが河野大臣には求められている。まさしく菅改革を具現化する代理人(エージェント)として役割を果たすことが期待された人選である。

なお、河野大臣に比べるとインパクトは落ちるが、デジタル改革担当の平井卓也大臣も興味深いという声を聞く。アフターコロナのビジネスチャンスとしてDX(デジタル化)が口々に叫ばれる中で、平井大臣がどのような政策を示すのかも興味を持ってみていきたい。

改革願望はどこから来たのか

菅首相が、なぜ行政改革に熱意を燃やして、その意欲を前面に出すのであろうか。その理由は、多分、今までの経験から必要性を痛感するからであろう。例えば、菅首相が、今まで官房長官としてコロナ対策を指揮していたときにも、行政機構がなかなか思うように動いてくれないことに悩んでいたと考えられる。コロナ禍の下では、マスクが不足していたことは記憶に新しい。当時、菅氏は地方自治体にはマスクが備蓄されているのを知っていたので、何とかそれを放出できないかと苦心したらしい。最初は、厚生労働省を通じてマスクの放出を促したが、うまく行かなかった。自治体を動かすために、次に総務省からのチームを入れて、知事直系の部署から依頼をすると、今度は一気にマスクが出てきたというエピソードがある※。

※中央公論2020年10月号では、菅氏がインタビューに答えて、コロナ対策で直面した省庁の縦割りの壁について語っている。奇しくも、このインタビューは、菅氏の次に加藤勝信厚生労働大臣(当時)が同じような問題に答えている。両者の考え方が顕著に表れていて、今後の政策運営を考える上で参考になる。

菅首相の主要政策は、過去の横浜市議会議員時代から、総務副大臣、総務大臣、官房長官時代へ続いていく政治経験の中で問題意識が養われて、出来上がったものだと考えられる。こうした改革願望は、うまくテーマ設定さえできれば、目的と手段が合致して、菅首相の手腕が発揮できると思われる。

焦点は民意への対応

今後の焦点は、菅首相が民意に対してどう反応していくかだろう。菅首相がやりたいことと、国民の多くがやってほしいこととの間の距離感を埋めていくことだろう。実は、安倍首相はこの距離感をよく考えて行動していた。そのため、安倍首相はリアリストだと呼ばれた。すぐにやりたいことに着手するのではなく、時間をかけて憲法改正や安全保障の問題に取り組んだ。菅首相もその采配を間近に見て、多くを学んでいることと思う。

現在、多くの国民は、早期のコロナ収束を望み、経済活動の正常化を期待している。消費者はコロナ疲れをしていて、事業者はこのままの需要不足が続くと事業継続が難しくなると不安視している。従って、菅首相には、具体的に経済回復が実現できそうだという展望を描いてみせることを期待したい。これは難しい課題だと思うが、なるべく早急に行動してくれることを筆者は望む。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生