要旨

● 菅政権は既にコロナ対策として強化されている金融・財政政策の継続に加えて、成長戦略の代名詞となっている骨太方針2020の取り組みを加速する絶好の機会。新型コロナウィルス克服後も需要喚起策は最重要課題。また、アベノミクスで道半ばとなった成長戦略の中でもほとんど進まなかった労働市場改革を前進させなければならない。さらに、デジタル化をいかに海外にキャッチアップさせるかというのが「スガノミクス」の優先課題。

● スガノミクスでは、国民のコロナ感染に対する不安心理を一刻も早く軽減させることが最優先課題。ワクチンや治療薬の普及と並行して、メリハリの利いた検査・医療体制の充実や、コロナ特措法の改正等も急ぐべき。

● 感染終息後の政策対応として最も重要なのが、金融・財政政策を拙速な出口に向かわせないこと。スガノミクスではコロナ終息でデフレギャップが縮小したとしても、好循環が持続して雇用者の実質賃金が明確に拡大基調となるまでは、緊縮財政はできるだけ避けるべき。

● スガノミクスではオールジャパンでエネルギーの調達先を多様化すること等にも積極的に取り組み、天然ガス価格の抑制を通じて所得の海外流出を最小限に食い止めることにも期待したい。

● 正社員の解雇ルールの明確化やホワイトカラー・エグゼンプションのような労働市場の流動化を促し、労働生産性を上げる政策も必要。スウェーデンやデンマーク等の積極的労働市場政策を日本でも「スガノミクス」の一環として実践すれば、人手不足となりがちなデジタル関連産業に優秀な人材を送り込むことができる。コロナショックを受けた産業構造の変化に対応して迅速に労働力がシフトするだけでなく、手厚い職業訓練などで労働力のスキル向上にもつながる。労働市場が流動化すれば、企業が人材引き留めのための賃上げも期待できる。

● 行政のデジタル化は骨太2020内でも一丁目一番地の最優先課題とされていた。何よりも菅氏に期待したいのは、デジタル化を含む政府の無形資産投資拡大。そのためには、デジタル化投資が投資とみなされない財政法を大胆に見直し、無形資産を赤字国債の対象としない法改正が欠かせない。個人の電子申請利用率が国連の電子政府ランキングで最下位であることからすると、利用者目線の観点で行政デジタル化を促すべく、実効性ある取り組みが求められる。

(*)本稿はダイヤモンドオンラインへの寄稿を基に作成

課題
(画像=PIXTA)

はじめに

9月16日 に 発足した菅新政権は、「アベノミクス継承」を強調しており、さらにそれを前進させると明言している。

あくまで筆者の評価だが、アベノミクスの三本の矢のうち、一本目の矢である大胆な金融緩和については、やれることはほぼやっているが、二本目の矢である機動的な財政政策については、拙速な消費増税などにより足を引っ張っている。そして、三本目の矢である民間投資を促す成長戦略は道半ばといったところだろう。

このため、ここは既にコロナ対策として強化されている金融・財政政策の継続に加えて、成長戦略の代名詞となっている骨太方針 2020の取 り組みを加速する絶好の機会と考えるべきだろう。当面の最大の需要喚起策は安全性の高いワクチンや治療薬の普及等により新型コロナウィルスに対する国民の不安心理をいかに軽減するかになろう。しかし、新型コロナウィルス発生前も米中摩擦や消費増税の影響などにより日本経済は景気後退局面にあり、経済は正常化していなかった。こうしたことからすれば、新型コロナウィルス克服後も需要喚起策は最重要課題となろう。

また、アベノミクスの進化版となるであろう「スガノミクス」は、アベノミクスで道半ばとなった成長戦略の中でもほとんど進まなか った労働市場改革を前進させなければならない。さらに、新型コロナウィルス感染拡大によって日本はデジタル化の遅れが浮き彫りとなったが、このデジタル化をいかにキャッチアップさせるかというのが「スガノミクス」の優先的に取り組むべき政策課題といった見立てである。

最優先はコロナ対策

そもそも、なぜアベノミクスで経済が正常化まで到達しなかったのかというと、資金循環的には、不十分な労働市場改革などもあり、大きく拡大した企業の儲けが十分に投資や従業員等への配分に回らず、企業が貯蓄超過主体から脱することができなかったこ とが主因である。

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(画像=第一生命経済研究所)

しかし、そもそもアベノミクス以前に長期デフレが放置されてきたことにより、企業や家計のマインドが過度に委縮していたことが軽視されていた。そして、経済の好循環が機能する前の2014年4月に消費増税を断行したことや、結果的にすでに景気後退局面入りしていた 2019年10月にも消費増税を強行したことにより、経済の正常化を遠のかせてしまった。

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(画像=第一生命経済研究所)

こうした中、コロナショックにより日本経済のデフレギャップはリーマンショックを上回る過去最大の需要不足状態に陥ってしまったわけであるが、リーマン ショック時は金融危機が原因だったため、大規模な金融・財政政策で経済の立て直しは可能だった。しかし、コロナショックはウィルス感染が原因なため、どんなに大規模な金融・財政政策を講じても、感染拡大に対する不安心理が払しょくされない限り、需要は元に戻らない。このため、スガノミクスでは、国民のコロナ感染に対する不安心理を一刻も早く軽減させることが最優先の課題となろう。

具体的には、いかに早く日本国民全員に安全性の高いワクチンや治療薬を普及させるかが重要だが、それと並行して、予備費なども有効に活用してウィズコロナの中 でも少しでも国民の不安心理軽減に貢献するようなメリハリの利いた検査・医療体制の充実や、コロナ特措法の改正等も急ぐべきだろう。

拙速出口回避

そして、感染終息後の政策対応として最も重要なのが、金融・財政政策 を 拙速な出口に向かわせないことである。日本経済がこれまで経済の正常化を実現できなかった最大の要因が、経済が完全に正常化する前に金融・財政政策の出口に向かってしまったことである。アベノミクスでも、先述の通り、経済の好循環が機能し始める前に消費増税と公共事業削減を行い、せっかくの金融緩和の効果を相殺してしまった。このため、 スガノミクスではコロナ終息でデフレギャップが縮小したとしても、好循環が持続して雇用者の実質賃金が明確に拡大基調となるまでは、緊縮財政はでき るだけ避けるべきであろう。

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(画像=第一生命経済研究所)

なお、需要刺激という側面では、所得の海外流出を防ぐことも 重要だ 。この点では、アベノミクス以前に言われていた産業の六重苦の中に「高い電気料金」という も のがあった。しかし、その電気料金 に 大きく 作用 す る 天然ガス価格を日米欧で比較すると、日本では東日本大震災後に 高値で長期契約してしまった影響もあり、アベノミクス以降も高止まりしている。これに対し、シェール革命で国内調達できる米国は低水準であることに加え、輸入にも依存している欧州でもだぶついた米国のシェールを大量に輸入して貯蔵すること等により、近年急激に価格を下げている。従って、スガノミクスではオールジャパンでエネルギーの調達先を多様化すること等にも積極的に取り組み、天然ガス価格の抑制を通じて所得の海外流出を最小限に食い止めることにも期待したい。

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抜本的労働市場改革に踏み込め

一方、経済正常化後を考えれば、労働市場改革も重要である。日本の人口動態を考えれば、特に2020年代後半以降の人口減少は相当厳しく、経済成長も非常に厳しくなることからすると、労働市場改革は構造改革の中で最も重要と言える。

実際に足元で、本当は働きたいが何がしかの理由で求職活動をしていない、いわゆる就業希望の非労働力人口が 2020年4-6月期時点で300万人以上存在している。そして、その理由の内訳をみると、「適当な仕事がありそうにない」と回答する女性が最も多く、続いて「出産・育児のため」とする女性が多い。こ れを考えると、就業のミスマッチ解消や出産・育児等の対応が引き続き喫緊の課題と言えよう。

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また、コロナ終息後は女性 や シニアだけではなく、外国人の活躍も重要と考えられる。しかし、こうした女性・シニア・外国人の就業をこれまで阻害してきた最大の要因が日本特有の雇用慣行であり、同じ会社に長く勤めるほど恩恵が受けやすい就業構造を変えていくことが必要であろう。これが変わらない限り、なかなか労働市場の流動化は難しい状況だと思われる。

象徴的なのが、正社員の賃金構造が年功序列となっていることであり、これを打破す べく一刻も早く踏み込む必要があるのが、産業の六重苦の一角を担ってきた厳しい労働規制の中でも、正社員の解雇ルールの明確化やホワイトカラー・エグゼンプションのような労働市場の流動化を促し、労働生産性を上げる政策である。

参考にしたいのが、スウェーデンやデンマーク等の積極的労働市場政策である。スウェーデンやデンマーク等の労働市場 は 流動的であ る ため、積極的に従業員を採用できる。一方、政府が失業者に様々な就業支援をすることで、失業しても学び直して前職より条件のいい仕事に就くことが普通に行われている。

これを日 本でも「スガノミクス」の一環として実践すれば、人手不足となりがちなデジタル関連産業に優秀な人材を送り込むことができる。コロナショックを受けた産業構造の変化に対応して迅速に労働力がシフトする効果が見込めるだけでなく、手厚い職業訓練などで労働力のスキル向上にもつながる。こうして労働市場が流動化すれば、企業が人材引き留めのため の 賃上げも期待できる。

デジタル庁は新しい話ではない

こうした労働市場改革は、菅氏が重視するデジタル化にも関係しよう。民間のデジタル化を進めるには、行政のデジタル化を進めることが欠かせない。菅氏はアベノミクス継承を基本にIT推進や省庁の縦割り排除等を掲げるが、行政のデジタル化は骨太2020でも一丁目一番地の最優先課題とされていた。特に、官邸に司令塔機能を作り、今後一年間を集中改革期間として、マイナンバー制度の抜本改革や地方自治体のシステム標準化に取り組むとされているが、スガノミクスではその具体的な成果が問われよう。

何よりも菅氏に期待したいのは、 デジタル 化にかかわるソフトウェアや研究開発投資など の無形資産投資拡大である。政府のデジタル化を含む無形資産投資を国際比較すると、日本は無形資産の割合が低く、建設投資がほとんどを占めている。したがって、政府の無形資産投資を拡大するには、デジタル化投資が投資とみなされない財政法を大胆に見直し、無形資産を赤字国債の対象としない法改正が欠かせない (詳細は弊社の星野副主任エコノミスト執筆レポート http://group.dai-ichi- life.co.jp/dlri/pdf/macro/2020/hoshi200713.pdf )参照 。

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一方、日本政府は2000年代から様々な計画を立て、電子政府に取り組んできた。日本は電子政府の取り組みに無策との批判もあるが、国連の電子政府ランキングでも上位に食い込んでいる。しかし、個人の電子申請利用率が最下位であることからすると、利用者目線の観点で行政デジタル化を促すべく、実効性ある取り組みが求められる。(提供:第一生命経済研究所

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